#なんのはなしですか【長編小説】第七話(ミル湖と迷子)
第七話 ミル湖と迷子
人は心が宇宙へと放たれた時、自然を眺めたくなるのかもしれない。そうでなければ単純に、変な奴らがいたあの場所から離れたかっただけなのかもしれない。
俺はなんのはなしです課のある路地裏一丁目から、ここ三丁目にある湖へと来ていた。三丁目は住宅が多く立ち並ぶ地区であり、北西には山と湖といった自然も多い。
「ミル湖って、こんなに大きかったんだ」
この町に住み始めて数年、湖のことは話には聞いていたが、実際に訪れたことはなかった。ミル湖は見渡すほど大きく、透き通っていながらも底知れない深さがあるようだった。向こう側には大きく連なる山羊山が見え、山へ繋がる手入れの行き届いた遊歩道がミル湖の周りを囲んでいた。
「平日の昼間なのに割と人がいるんだな…」
同じように自然に癒されたいのか、遊歩道や周辺に設置されたベンチには、老若男女、お一人様から集団まで様々な人達がいた。
その中に知った顔が一人。
「あ、松平じゃん。歌の練習?」
松平はベンチに座り、ギターを抱えて何やら陽気な曲を演奏していた。
「おぉ、トキオ、何にしてんの」
俺は松平の隣へと腰を下ろした。
「いや、仕事で路地裏のみんなの話を聞いて回ってるところ」
「何その仕事、面白いな。それ俺も対象なの?」
ケラケラと笑う松平を見て何故か少しホッとする。
「んー、そうだな。せっかくだし、一応聞いといてやるわ」
そういうと松平は「おっ」と嬉しそうな顔をしてミル湖を眺めながら話し始めた。
「今日はねー、今度の新曲の練習中。なんかここにいるとさ、いろんなアイディアが浮かんでくるんだよな」
松平の瞳が輝いて見えるのは晴天とミル湖を映しているからなのか、少し羨ましくなって俺も一緒にミル湖を眺めてみる。
「新曲か。なんか、すごいな」
「そうかな?思いついたこと曲にしてるだけだけどな。あ、今回のタイトルはねー『結局ブリーフ』。いいだろ。なんのはなしです歌って感じでさ」
結局松平だった。あの俺の純粋な気持ちを返して欲しい。
「いや、なんのはなしですかって、誰が聞いても下着の歌って分かるだろ。まず、誰が聞きたいんだよ、お前の下着事情」
「え?よくない?最近のブリーフおしゃれだし、穿き心地もいいんだぜ。それに周りがどんなパンツ穿いてるのかみんな本当は興味あるでしょ。あ、もしかしてトキオ、トランクス?それとも裸族とか?」
「いや、裸族なわけあるか!俺はずっとボクサーだわ!って、俺の下着のことはどうでもいいだろ!」
勢い余って少し顔が熱くなるのを感じる。まず裸族なんているのかよ。そう思ったが、瞬間脳裏に嫌な記憶が蘇る。全裸靴下…奴らはちゃんと穿いていたのだろうか…
「まぁまぁ、パンツくらいでそう熱くなるなって。完成したら一番に聴かせてやるからさ」
松平は明るく宥めるようにそう言った。
一番にその歌を俺が聴いたとして、松平にいったいどんな反応を返せばいいんだ。そうだな、やっぱりブリーフだよな、か?いやいや、ダメだ。俺は何を言われてもボクサーだ。
「いや、いい、遠慮しとくわ。それより、あの人達も発声練習してるみたいだけど、この辺歌ってる人が多いのか?」
視線の先、少し離れた場所で男女数人の集団が同じ言葉を繰り返している。俺はその集団にいる女性の声に耳を奪われた。他の誰よりも聞きやすくて落ち着いた発音と声、まるで優しく本の読み聞かせをされているような耳心地でつい聴き入ってしまう。
「んー、どうなんだろ?ここいろんな人がいるし、仕事ついでに話しかけてみたら?」
松平もたまにはまともなことを言うらしい。俺はベンチから立ち上がり軽くズボンを叩いた。
「それもそうだな、じゃあ、ちょっと行ってくるわ。また家でな」
「おう、仕事頑張れよー」
俺は松平の言葉を背に歩き出した。そうして後ろから聴こえてくるメロディーが結局ブリーフなのだと思うと少しだけ笑えた。
声を出している集団は男女合わせて三人だった。三人はトライアングルを組むように向かい合っている。
一人は教育テレビに出ていそうなボブカットのお姉さん、もう一人はスキンヘッドに長い無精髭を生やした偉人のようなオヤジ、それから後ろ側の弛んだサマーニット帽とメガネをした優しそうなオヤジである。
そんな情報量の多い美女とオヤジのトライアングルへと俺は切り込んだ。
「こんにちは。あのー、皆さんもこれから何か歌ったりするんですか?」
するとスキンヘッド無精髭のオヤジが、それまで威厳のあった目元を緩めて言った。
「なんのはなしですか?」
その声はこの風貌にしては思っていたよりも高めで穏やかなものだった。
『なんのはなしですか』ということは、この人達もロジウラーなのか。そう思うと、これまで言われる度に少しドキッとしていた言葉の意味が違って見えた。きっとこの言葉はここでは合言葉のようなものなのだ。だからポン先生もあの時『なんのはなしですか』と俺に問われて感嘆したのだと、ここへ来てようやく俺の中で腑に落ちた。
それからスキンヘッドオヤジに続くようにニット帽オヤジが答える。
「いえ、歌ったりはしないんですけどね。少し声出しを」
そう話していると女性が「あっ」と何かに気づいたように声を上げた。
「そのキノコ…もしかして、あなたがトキオさんですか?」
「あ、はい。トキオカケルです。はじめまして」
「こちらこそ、はじめまして。私、優谷美和と言います。こちら、persiさんとりーもさんです。今ですね、ここにいる皆さんと声劇の練習も兼ねた打ち合わせをしていたんです」
優谷さんの紹介に合わせてスキンヘッド無精髭のpersiさんとサマーニット帽メガネのりーもさんが「はじめまして」と頭を下げた。
「声劇ですか。すごいですね。どういう劇をするんですか?」
俺がそう尋ねると、persiさんは少し照れたような声で嬉しそうに答えた。
「忍ンジャーという戦隊モノの声劇でして、なんのはなしですかを広めるための活動も兼ねて、趣味の一環でやっているんです。僕がブルーで、優谷さんがピンク、りーもさんがブラックです。あとお二人、レッドとオレンジがいます」
persiさんの言葉に他二人とも頷いて、りーもさんが続いた。
「私達はコニシさんや『#なんのはなしですか』に支えられたり、沢山楽しませてもらってますから。だからこれは一つの恩返しと言いますか、『なんのはなしですか』をもっと沢山の人に知ってもらいたいんですよね」
きっと真面目な人なのだろう。その熱意が伝わってくる。
「そうなんですね。趣味のついでに広報まで。コニシさんも喜びますね」
その言葉に優谷さんが笑顔で答えた。
「喜んで頂けると嬉しいですね。ぜひお時間があればトキオさんも遊びにいらしてください」
俺は、またぜひと三人に別れを告げた。
なんだか久々に温かな気持ちになった気がした。なんのはなしです課がこうして続いているのは、楽しみながら輪を広げてくれるロジウラーがいるからなのだろう。コニシはそれだけみんなに慕われている人物なのだと、ここへ来てようやく少しだけ実感が湧いた。
ミル湖から帰る途中、俺は一匹のパグを見つけた。周囲に飼い主らしき人は見当たらず、首輪は付いているがリードがない感じからすると、どこかの家から出てきたのだろう。そしてそのパグは、なぜかその背中にリュックサックを背負っていた。
俺はパグに近づいた。
「おい、迷子なのか?」
パグが「ワン」と吠える。返事をしているつもりなのだろうか。
「それとも家出か?近くに家があるのか?」
パグはもう一度「ワン」と吠えた。
「どっちなんだ、困ったな。交番に連れていくか…」
「ワン」
やはり適当に返事をしているだけのようだった。
「首輪も着いてるし、やっぱり迷子だろ。飼い主見つかるといいな」
こちらをチラチラと見ているパグを抱えようと手を伸ばすと、パグは俺の手をすり抜けるようにして表通りの方へと歩き出した。
そして「ワン」という鳴き声と同時に、俺の頭の中にこれまで聞いたことのない女性の声が聞こえてきた。
(私は私の自由意志でここにいるというのに、迷子だと決めつけるなんて、本当に勝手ね。これだから人間は)
それは耳で聞き取った声とは違い、まるで脳内に直接語りかけてくる声だった。俺は直感的にこれがテレパシーなのだと感じた。そうしてパグの後を追うようにして話しかけた。
「おい、パグ。お前もしかしてテレパシー使えるのか」
俺の問いにパグが吠えて答える。パグは抑揚のない鳴き声とは裏腹によく喋る女性だった。
「ワン」(お黙り若僧。頭にキノコなんか生やした外道なあなたに私の言葉が本当に分かるのか。故郷を離れ、この地球に降り立つ宿命を背負わされたのがこの私よ。人間にもなれずパグにもなりきれぬ哀れで逞しく可愛い生き物、それが私、豆島よ)
「豆柴?いや、どっからどう見ても豆柴じゃなくてパグだろ。それにその言い回し…モロだけに、もろパクりじゃねーか」
そう自分で言っておきながら気づく。このオヤジギャグを分かる読者がいったい何人いるのだろうか。そう思うと少しだけ悲しくなった。
「ワン」(いちいち煩い人ね。私は豆柴じゃない、豆島よ。私の名は豆島圭。それにパグだけど、パグじゃないわ。見て分からないなんて、本当にこれだから人間は)
豆島圭…この街で豆島圭と言えば、noteでも有名な小説である『残夢』の作者しかいない。しかし、このパグが?いやいや、パグだけどパグじゃないのか、ややこしい。パグじゃないなら何かのバグだろ。なんて、どうでもいい事が頭をよぎる。
「えーっと、豆島圭さんっていえば…『残夢』の作者の…あの豆島さん…?ではないですよね…さすがに、パグだし」
「ワン」(いいえ、その豆島よ。あなた、私の本を知ってるのね。それならこれまでの無礼は一旦全て水に流してあげるわ)
まさかの本当だった。本当の豆島圭だった。この頭のキノコと同じように、世の中はやはり何があるか分からないなと悟った。
「それは、どうも…でも、どうして豆島さんがこんな路地裏に…」
「ワン」(あら、いいじゃないない。周りを知ることは自分を知る上でも必要よ。それに書くためのネタがどこに落ちているかなんて分からないでしょ。何より私はこの路地裏の秘密に興味があるの)
なるほど、一流作家という者はそういうふうに考えて生きているのか、興味深い。しかし、それよりも興味深い話がもう一つ。
「路地裏の秘密って…なんのはなしですか」
その問いに豆島さんの表情が少しだけニヤリとしたように見えた。
#なんのはなしですか
第一話 キノコのこの子

《登場人物》
上記の記事で許可を得て、noterさんよりお名前や設定を拝借しております。小説内の人物像は作者の想像のため、お名前をお借りしたnoterさんの実際の人物像とは異なる場合がございます。
また、ネタバレを考慮し、noterさんや元ネタ記事の紹介を長編小説の投稿終了後に行う場合があります。
ご了承くださいm(_ _)m
ご不明な点や不備・要望がありましたら、教えていただけると幸いです。
トキオカケル(オリジナルキャラ)
松平雅楽守
ポンコツ
モスキートエリ
コニシ木の子
えむのマイトン
彩野リィ
めぐみティコ(タロットアカウント)
とことこてー
persi
りーも
優谷美和
豆島圭
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