なんのはなしですか。【長編小説】28
今日は華金だ。今頃、宮下は居酒屋で難民に当たっている頃だろう。
榎本は自宅のソファーに腰かけ晩酌していた。情報収集も兼ねてテレビをつける。すると、ちょうど何かの会社の会見が始まった。
『ワールド・ブルー株式会社』と書いてある。noteの街では専ら妄想企業という噂だ。たしか、社長は蒼広樹といったか。そんな会社の会見となれば、例のタグ関連という可能性もある。
社員のマイトンが挨拶をする。経営理念は『挨拶で世界を笑顔に』ご立派な事だ。
続いて、マイトンから会社の現状について事細かな報告が始まった。
すると、とある社員が記者達へお弁当を配り始める。あの社員…宮下の報告書で見た『レジェンドのおすぬさん』だ。まさかワールドブルーの社員だったとは。やはり、この会社も例のタグ繋がりというわけか。
その後、社長の蒼広樹が壇上へ上がった。彼は記者を前にしてこう言った。
「私はこれまで数々の挨拶文を書いてきました。#挨拶文を楽しもう ご存知の方も多いかもしれません。これにより私の知名度は上がりましたが、このnoteの世界で蒼井優さんをなかなか超えられずにいました」
いったいなんの話しだ。蒼井優を超える?どういうことだ。
「しかし先日、ついに、あの蒼井優さんに追いつき、そして抜き去ることができました!」蒼社長は感極まった表情で力強く続けた。「noteの世界で『蒼』と言えば『蒼広樹』です! #蒼広樹 !」
理解を超えた惨状に榎本は言葉を失った。
終始何の話か分からないまま会見は進み。最後に社員のマイトンがこう言った。
「社長は『世界の蒼広樹』となりました。皆様、以後お見知りおきを」
蒼社長とマイトンの2人は深々とお辞儀をすると会場を後にした。
現場の記者達もザワついている。記者同士、口々に「なんの話しですか」と確認しあっている。榎本はその光景に目を覆いたくなった。
いっその事テレビを消そうとしたその時、NHKの裏番組であるИНK教育講座の放送が始まった。
ИНK教育講座は、noteの街では指折りのお題企画部である『青ブラ文学部』が主催する番組だ。街での影響力は大きく、創作意欲の高い住民ならば一度は目にしたことがあると言われるほどのトップクラスの企画部である。
どうやら今日の放送は『みんなの口癖講座』という回のようだ。
青ブラ文学部創設者の山根あきら先生が話し始めた。
「みなさん、こんばんは。みんなの口癖の時間がやってまいりました」
山根先生は、耽美的な魅力があり、ガラついた響きのある特徴的な声帯でありながらも高めの声と、しっとりとした話し方が素敵だ。
「今日は口癖評論家の田中二郎三郎五郎さん、略してAさんにお越しいただきました」
山根先生がAさんを紹介した。田中二郎三郎五郎、なんとも響きが良すぎる。しかし、長いため略さずにはいられないことに少し残念さも感じる。
山根先生とAさんはよろしくお願いしますと挨拶を交わした。これからAさんに口癖のお便りについ語ってもらうようだ。
山根先生は1つ目の口癖を紹介した。
「『ベクトルを合わせる』を連発する上司がいる。というお便りを頂いたのですが、Aさんのご見解をお聞かせください」
Aさんは、まずベクトルとは大きさと方向のことであると説明した。そして、仕事においてベクトルという言葉を使うことへの懸念について解説を終え、次の口癖の紹介へと移った。
「最近noteというSNSでよく見かける言葉なのですが『なんの話しですか』というのがありますね」
榎本は耳を疑った。まさか、この大手の番組でそれを放送するとは…榎本はこの街の将来を思うと愕然とした。
「これは口癖のように今、使っている方が多いと思うんですけれど、この『なんの話しですか』に対するAさんのご意見をお聞かせください」
Aさんは、文章のまとまりが悪いからといって何でもかんでも例のタグを使うのは、あまり良くないのではないかと警鐘を鳴らした。
榎本もAさんのまともな意見に頷いた。
Aさんは、一通り話終えると、こう言った。
「まぁ、結局面白いから使っちゃうんですけど…やっぱ使い勝手がすごく良い言葉なので…」
榎本は青ざめた。まさかここまで広がっていたとは…そして、この放送によって、更なる拡大も見込まれる。榎本は手を額に当てた。
駄菓子菓子、有益な情報もあった。奴の名前が『コニシ木の子』であるということだ。これは何か大きな手がかりになるかもしれない。
榎本は明日、朝一で情総部へ確認することにした。
次へ続く
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