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250405 春待ち北播磨イナヅマ観光

輪行ポタリング紀行 006


今回も冬の間に計画を練っていたルートです。イナヅマを観に行きます。扉の写真でピンときた方はかなりの軍事マニアです。播磨には加古川という一級河川が流れています。その西側の内陸部を加西と言います。今日は加西観光です。

加西→加古川

1.出発

積み木の城のような駅舎

2時間半もかけ、3回も乗り換えてやっと着きました。北条は古街道が交差する、いわゆるクチです。古市場が立った在郷町として鎌倉のころから栄えたところです。歴史が古いから、今も土地の人のプライドが高い。いや、親友が住すんでいるので、北条人は彼をイメージしています。ちなみに、駅名に北条「町」とありますが、平成の大合併で「町」でなくなりました。加西市となって、きっと彼は立腹していると思います。

2.青野ヶ原

(1) 北条節句祭り

向こうののぼりの下にも1基、神輿が待機しています

駅に着いたのは7時50分前でした。自転車を組んで、さぁ走り出そうとしたところ、どこかから大きな号砲がとどろきます。ビックリしました。あとで教えてもらいましたが、今日は北条の春のお祭りの日でした。今から祭りが始まるぞ~という合図だったのです。ということは、号砲が必要なぐらい広範囲で、統一行動が求められる祭りということですね。

北条節句祭りは、播州三大祭りの一つに数えられます。一昨年、令和5年に900年記念を迎えたというから半端ない。東西2基の神輿と、地区に15基の屋台が地域をねり歩いたのちに勇壮な宮入があるそうです。駅から一番に向かった住吉神社には大きなスペースの前に神輿がしつらえられていました。今から1日かけて盛り上がる興奮を待ち望んでいるようでした。

(2) 五百羅漢

五百羅漢はどこから撮ってもベスト・ショット

住吉神社の裏手に羅漢寺があります。そこに、仏陀の弟子のうち悟りを開いた者500人を刻んだ五百羅漢があります。江戸期には成立していただろうとのことです。彫琢が風雪を経て、素朴な中に深い味わいが感じられます。

以前に2度ほど来たことがありますが、今回は特に楽しかった。どの羅漢さんも絵になります。笑っている人、怒っている人、こらえている人、みんな悟りを開いているはずなのに、同じではありません。面白いなぁと思いました。周囲には何本から椿の古木があって、美しい花をつけていました。花も一つひとつ同じではありません。とても素敵なことを発見した気持になりました。

(3) 酒見さかみ

酒見寺の山門から

住吉神社の隣に酒見寺があります。由緒は天平時代にさかのぼります。行基が訪れた際、土地の神様から「この地に寺を建てよ」とのお告げを受けたそうです。坊主がなぜに神託を?などという細かい話は、日本の宗教心情に合いません。とにかく、そういう話になっているとを受け入れておきましょう。

朝の8時でしたが、すでに今日のお祭りのために大勢の的屋さんが、準備を始めておられました。子供にとってお祭りというのは、神事なんて関係なくて、出店の楽しさとほぼイコールです。それって、自分にとっては大きなことでした。今も忘れ難い出店がいくつもあります。そんなことを思うと、みなさんが、早くから準備されていたのがありがたく思いました。

3.鶉野うずらの

(1) 玉丘たまおか古墳

加西の盆地は、加古川の支流、万願寺川で二分されています。万願寺川の西を青野ヶ原、東を鶉野と呼びます。青野ヶ原を離れて、10分もかからずに鶉野にやってきました。まずは、玉丘古墳公園です。

他から移築された愛染古墳

根日女ねひめの話が『播磨風土記』に残されています。根日女は賀毛かごの里を治める国造くにのみやつこの娘でした。ある日、都から父が殺された二人の兄弟皇子が落ちてきます。二人は根日女の美しさに打たれました。しかし、互いに譲り合い、どちらとも結ばれません。

やがて政局が変わって二人は都に戻り、あいついで顕宗けんぞう天皇、仁賢にんけん天皇として即位しました。根日女は二人を案じながら賀毛の里で亡くなり、そのことを知った両天皇は根日女に陵墓を下賜し、手厚く葬ったのが玉丘古墳だそうです。めでたしめでたし、か?

(2) Soraかさい鶉野ミュージアム

これが観に来たかった。紫電改です(もちろん、育毛剤の名前ではありません。いちいち断らないといけないなんて本当に腹立たしい)。製造した川西航空機の川西とは、多分、武庫川の西です。つまり、阪神の企業でした。当初、水上機を生産していました。『虹の豚』の世界です。あの空港はクレーンで飛行機を釣り上げていましたね。ああいう装置は本当にありました。しかし、水上機は重い。空母から離陸する戦闘機の相手ではありません。

空冷18気筒ほまれ21型エンジン
中島飛行機製ということは今のスバルです
上に見えるのは97式艦上攻撃機の模型
主翼の根元に自動フラップが見えます

そこで、水上機「陸風」から局地戦闘機「紫電」、さらに改良した「紫電改」を開発しました。そのため、川西航空機は鶉野にも支社を置きました。結果、高速性能と旋回性能を併せ持った名機となりました。しかし、いかんせん、投入時期が遅く、戦局を打開するまでにはいたりませんでした。そんな経緯から、紫電改の実物模型がここに展示されています。

我々の年齢なら、ちばてつやさんの漫画「紫電改の鷹」を知っている人は多いでしょう。あの紫電改が兵庫県で開発されていたんです。つい最近知って興奮しました。

(3) 姫路海軍航空隊鶉野飛行場跡

滑走路跡
大型防空壕跡
対空機銃座跡

川西航空機がこの地に建設されたのは、海軍が飛行場を新設したからです。昭和18年10月開設。約500名の訓練生が集められ、たった30時間の飛行訓練の後、実践に投入されました。昭和20年には特攻「白鷺隊」が編成され、63名が亡くなりました。

3.法華山

(1) 古法華の切り通し

鶉野に別れを告げ、加古川市へ向かうため、法華山という低い山を越えます。急坂すぎて自転車を押して登りました。やっと峠を越すところに切り通しがありました。大きな石の山です。明治32年に開削したとのことですが、もう削岩機はあったんでしょうか。

(2) 古法華寺

小さな小さな本堂

古法華は「ふるぼっけ」と読みます。すごい名前ですね。ここには日本最古の浮彫うきぼり三尊仏龕ぶつがんが伝えられていますが、公開されていないので関係ありません。行ったのは桜の名所だったからです。先々週、暖かい日が続きました。山の桜ならまだ咲いているかと思っていったのですが、まだ、まったく咲いていませんでした。

(3) 一乗寺

西国三十三か所第二十六番札所です。法華経の観世音菩薩普門品かんぜおんぼさつふもんぼん.によると、観音は救う相手に応じて33の異なる姿に変じるそうです。そのことにちなんで、33の観音を祀るお寺を巡拝するのが西国三十三か所巡りです。奈良時代の徳道とくどう上人が定めましたが、平安時代の花山法皇が再興したと伝えられます。余談ながら、花山法皇はNHK大河ドラマ「光る君へ」でも出てきましたが、あんな人ではありません。

木組が立派な国宝三重塔は平安後期築
どっしりとた常行堂は明治元年築

一乗寺はインドの霊鷲山りょうじゅせんから紫雲に乗った法道ほうどう仙人が降り立ち、霊木を刻んで作った観音を祀っているそうです。法道仙人は兵庫県、特に播磨や但馬のお寺の由緒にやたらと出てきます。友達に但馬の僧侶がいるんですが、彼のお寺も法道仙人開山と言ってました。

西播磨の貞国の新羅征伐もそうでしたが、播磨には変な話が残っています。安倍晴明のライバル、芦屋道満の住んだ寺も加古川にあります。播磨は畿内にありながら、異界と接する土地と思われていたのかもしれません。

5.到着

人類滅亡?ほとんど人と会いませんでした

一乗寺のあたりでスマート・ウォッチの電池が切れてしまいました。先週、西播磨に行ってから充電していなかったのを思い出しました。いかにガーミンでも1週間以上は持ちませんね。迷い迷いしながらやっと加古川駅まで来ました。40㎞ほどだったと思いますが、5時間以上かかりました。