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250818 2台のピアノによる4分33秒または映画『関心領域』

今日のプレイ・リストから 302
ジョン・ケージ
演奏:ジェラルド・エレーナ=ベナヴィデス


うちのマンションでは古いタイプの集中給湯システムをまだ使っています。そのため、夏であっても毎日、朝の6時半から夜の10時まで、重油で炊く大きなボイラーが稼働します。ボイラー室は地下にありますが、ボクの部屋の横には地下から屋上まで通じる煙突が貫いています。

映画『関心領域』をアマプラで観ました。始まって45分ほどのところで、赤いダリアの花がアップになります。その色が全体に広まって画面に引き付けられた瞬間、それまでずっと聞こえていた映画の音響が一気に消えました。しかし、無音ではありません。マンションのボイラーの音が大きく響いていました。わずか数秒でしたが、とても長く感じました。

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「対象としている音以外の音」を暗騒音(または環境騒音)と呼びます(日本建設業連合会)。たとえば、室内の冷蔵庫や空調の音などです。意識しない街の雑踏の音や自然の風や虫の音も含まれます。暗騒音は空気が存在すれば必ず存在します。外部の音を可能な限り遮断し、反響をなくした無響室であっても暗騒音は微弱ながら測定されます。

対象音と暗騒音は互いに影響しあって、我々の聴こえに関わっています。たとえば、暗騒音が大きすぎると対象音が聞き取りにくくなります(マスキング効果)。逆に、暗騒音が少々大きくても意識を集中していれば対象音を聞き分けることができます(カクテルパーティー効果)。

対象音と暗騒音の関係は、視覚における図(前景)と地(背景)の関係と似ています。対象音が意識を集中する図であり、暗騒音はそれを支える地に当たります。だまし絵などの例から考えて、地があることによって図に焦点を当てやすくなります。また、我々は自分の見たい図を地から浮かび上がらせて見ています。聴覚でも同じことが起こっています。

  ☆

ルドルフ・ヘスと彼の家族にとって、「理想の家族」こそが図であり、壁の向こうで起こっている「ユダヤ人の虐殺」はすべて地だったのではないでしょうか。だから、窓の外からどんなに残酷な暗騒音が入ってきたとしても、彼らは自分たちの家庭生活に集中することができたのです。時に、大きすぎる暗騒音には、心のシャッターを下ろすことで対応したのでしょう。地を地として無意識に受け入れることによって、図が明らかになるからです。

ヘスが「理想の家族」を追い求めて、ベルリンからアウシュヴィッツの所長に再び着任することが決まったところで映画のストーリーは終わりました。

歴史はそこで終わりません。彼は2回目の所長として、「ヘス作戦」と自分の名前を冠したハンガリー系ユダヤ人の絶滅に取り組むことになります。おそらく本作戦が認められての異動でしょう。

わずか約2か月の間に約44万人が強制移送されて、そのうち、約32万人もの人々が到着したその日のうちに犠牲となりました。これは3年以上あった前回の着任期間に、犠牲となった方の人数に匹敵すると言われます。

問題は、ヘスが悪魔の特殊能力を持っていたのではなかったということです。対象音と暗騒音の区別、図と地の区別は、我々の認知を可能にする脳の基本となる機能です。対象音や図に集中するあまり、暗騒音や地を無視することは誰にでも無意識にできることなのです。ということは、我々もヘスになり得る素養を持っているのではないでしょうか。

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ジョン・ケージの4'33’’は、聴衆が期待する対象音を発生させない音楽です。聴衆は、当然、当惑や不満を感じます。しかし、それでも耳を澄ましていると、やがて暗騒音が意識の上にのぼってきます。暗騒音から何を対象音とし、何を主題とするかは聴衆次第です。

さらに進んで、対象音を特定せず、暗騒音全体を受け止める聴き方もできるかもしれません。そういう聴き方にこそ無限の音楽が開かれるのではないかとケージは問いかけたかったのではないでしょうか。

ブライアン・イーノは、さらにエリック・サティの「家具の音楽」の概念を導入し、聴き流すこともできるけれど聴き込むこともできる「音楽」、暗騒音にも対象音にもなり得る「音楽」をアンビエント・ミュージックとして提案しました。

ケージやイーノは「聴く」という行為に埋没していません。彼らは一歩退いた後ろ、あるいは一段上の高みに立っています。自分の意識を疑い、今、対象化している音や図をカッコに入れて、背景となっている騒音や地に意識を向けようとしています。いわば、声なき声を聴き、形なき形を観る姿勢に、ヘスにはならない道が開かれているように思います。

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蛇足ですが、ボクは突発性難聴のため、常にザーッというホワイト・ノイズのような耳鳴りがしています。それは聴こえが悪くなっているので、聴覚神経系が過敏になっているからだとGemini君が教えてくれました。ちょうど、音が小さいからと言ってアンプのヴォリュームをとても大きくすると、アンプのジーッという残留ノイズが聴こえてくるとの同じです。

昨日、目が覚めたら、今日のボイラーはまた大きく響くなと思いました。しかし、まだ朝の3時です。自分の耳鳴りだったんですね。これは暗騒音と言うんでしょうか。


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