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【ステイホーム】#2 母を訪ねて不登校

 翌日火曜日の朝は妻が半休を取り、娘と一緒に学校まで歩いた。しかしやはり教室には入れなかったらしい。職員室で先生に挨拶して帰ったそうだ。

 水曜日は一人で行けるというので、行かせた。しかし、どうも疑わしいので私がこっそり尾行した。200mくらい行ったところで、左へ曲がる角に来た。後ろから見ていたら、娘はその角を右へ曲がったのだ!中学とは全く逆方向だ。どうするつもりかとそのまま尾行したら、大回りして結局中学へ向かう道に復帰した。ああ、葛藤しているんだなと思った。何だか疑っている自分が恥ずかしくなり、娘に見つかったら信用を失いかねないので、尾行はやめにして自分も会社に行くことにした。あの重い足取りでは、学校は遅刻は必至だが、それでも本人が頑張って行けたのなら、それで褒めてやろうと思った。

 夜になって聞いたのだが、娘は結局のところ中学には行かなかった。私が尾行をやめた後、娘はやっぱり学校に行かず一度自宅へ帰り、私服に着替えたのち、改めて仕事中の妻に会いたくて歩きはじめたそうだ。スマホのマップとバスの路線を頼りに、一度も行ったことがない妻の職場を目指したという。まるで「母を訪ねて三千里」だ。いや、もちろん三千里もない。だけど、妻の職場は家からバスに乗っても30分はかかるという距離だ。歩きでなんかじゃ普通は行けない。娘は道に迷い、お腹を空かせ、日も暮れて薄暗くなってきた17時頃、ついに心細さのあまりLINE電話で泣きながら妻に助けを求めた。驚いた妻が何とか、大きな神社の近くの交番横のコンビニにいると聞き出し、大慌てで迎えに行ったという。
 令和元年(2019年)11月20日水曜日。それがのちに長く続いた不登校の初日だった。

 木曜日。やっぱりぐずぐずしたものの、妻が同伴して10:30くらいにやっと登校できたそうだ。会社にいる私に妻から「無事登校したのでこれから出勤する」とLINEが来た1時間後、珍しく電話が鳴った。担任の先生からだった。先生は「30分くらい廊下で話しましたが『今日はつらいから帰りたい』と言うので帰宅させました」とおっしゃった。「わかりました、ご連絡ありがとうございます」と礼を言って電話を切り、そのまま天を仰いで目を閉じた。1回大きく息をしてから、すぐに妻にLINEを書いた。

これはもう手に負えないね
何か手を打たないといけない状況だね
いくつか検索してみたよ
相談に行こう
 ・〇〇市こども家庭総合センター
 ・〇〇市ひきこもり相談センター
 ・〇〇市チャイルドホットライン

 金曜日。妻が自分で調べた、〇〇県が運営する「不登校・ひきこもりを考える会」と言うところへ、母娘で行ってきたそうだ。場所は県庁の建物の中にある「〇〇県教育文化研究所・教育相談室」と言う部屋だった。母親(妻)だけ面会して話を聞いてもらったらしい。娘の方は外で待っていたと言う。
 その時Y先生から妻が伺ったメモが、今も手元に残っている。私自身はこの日は会社にいたので、直接Y先生にお会いするのは、まだずっと後のことになる。

おせっかいや、先回りは子どもの自立を妨げます。
「心配」は実は親が自分の心を配って、自分を安心させたいだけです。
親にできることは「サンドバッグ」になって、子どもの声を聴き、心に寄り添い続けることだけです。子どもが自分で自分の考えを整理していくのを写し出してやる「鏡」になればいいのです。それが親の課題です。

(次回へ続く)

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