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【ステイホーム】#1 娘、立てこもる

 月曜の朝8時。中学1年生の娘がトイレに立てこもった。
 「ねえ、どうしたの?学校遅れちゃうよ?」妻が怒りの感情をぶつけている。
 ガチャガチャガチャ!トイレのドアは内側からロックが掛かっており、妻が力をこめても開かない。
 ドア越しに「い!や!だー!い、か、なーい!」と娘の叫び声。妻も「なんでー?なんで行かないのー?とにかくちょっとドア開けてー!」と声を張りあげる。「い!や!だー!い、か、なーい!」と娘の叫び声。
 なんだこれ?何が起きてるんだとびっくりして、私はしばらく立ち尽くしていた。まるで千日手だ。これじゃ終わらない。意を決して妻とトイレのドアの間に割って入った。
 「俺が残ってなだめるから、ママはもう仕事行きなさい」と出勤時間の決まっている妻に言って送り出した。令和元年(2019年)11月の出来事だった。

 実は、私のほうは出勤時間が決まっていない。ありがたいことに、私の職場では出社時間は決まっておらず、連絡さえ入れておけば、たとえ午後出社になっても誰にも咎められることはない。だから、こうした突発的事情に臨機応変に対応できるのはありがたい。まだ子供が小さい頃には、妻ではなく私が医者に連れて行ったりできて大変助かった。いい会社だ。
 何がどうして学校に行かないというのか、さっぱり訳がわからないが、こうなったら娘が落ち着くまでとことん付き合うことにした。別に今日は仕事で緊急な案件もない。

 さて、妻が行ってしまうと、家の中に静寂が戻ってきた。さっきまでの胸が抑え付けられるような怒鳴り声は無くなった。
 私は、作戦を変えて声はかけずにあえて放置した。うちのトイレは北向きで、寒くて暗い。あえて放っておけば小動物のように出てくるだろう。北風と太陽作戦だ。わざと換気扇を回さずに焼きそばを作った。甘辛いソースのいい匂いがぷ〜んと家の中に充満するようにした。
 お昼時になってお腹が空いたのだろう、娘はたまらずトイレから出てきてダイニングに座り、あいさつもなく黙々とテーブルの上の焼きそばを食べ始めた。私はつとめて穏やかな低い声で話をしてみた。
 「とにかく学校には行こうか?ママが『午前中休みます』って中学に連絡したから、午後には行くことになってるんだ。午後も行かないと心配されちゃうからね」
 焼きそばを頬張りながら、彼女は小さな声で「うん、わかったよ」と言ってくれた。

 食後しばらくして、自室で中学の制服に着替えた彼女が「行くよ」と言って出てきた。なれた手つきで玄関の鍵を閉めて彼女は歩きはじめた。私は自転車を押し歩きして、ふたりでとことこ、お昼すぎの住宅街を学校へ向かった。
 地元とはいえ、なかなか平日の昼間の街を歩いたことはないので、誰かに見られたら恥ずかしいような羞恥心がある。我が家から中学までは2kmほどあり、娘の足だと20分くらいかかる。かなり遠い。道々なぜ行きたくないの?と理由を尋ねた気がするが、答えはなかった。言いたくないのだろうと思った。
 いじめかもしれないし、ケンカかもしれないし、勉強がいやなのかもしれないし、どれも全然違うかもしれない。想像してもしょうがない。実は彼女の中学生活なんて何も知らなかった。娘の仲の良い友達の名前も一人も知らない。私は毎日会社に行って激務をこなし、クタクタに疲れて帰ったきたら寝るだけだ。子供のことは妻がやってくれてるはずだ。あとで妻に聞いてみよう。

 中学に着いた。まず校門の前で立ち止まり、下駄箱で立ち止まる、娘の手を引っ張って階段登らせ、1年X組の教室前まで連行して行った。そこで泣きそうな顔を見せて「帰る」と言った。
 教室は何かの授業中で、今この中に入ったら一斉にクラス中の生徒の目が彼女に集中するだろう。そんな緊張感に耐える勇気は私だって無い。かわいそうだから教室に押し込むことはせず、「じゃあ職員室に行こう」と提案した。せっかく頑張ってここまできたのに誰にも会わずに帰るなんて、来た甲斐がないじゃないか。そんな説得をしているうちにチャイムが鳴って、授業の終わった生徒たちが教室から廊下にぱらぱらと出てきた。掃除の時間らしい。とたんに、私の説得では動かなかった娘の足が、パッと逃げるように動き出し、さーっと階段を降りて職員室へ向かった。

 職員室で唯一知ってる担任の先生の名前を出して呼んでもらったが、担任ではなく教頭先生が出てきた。娘よりも背の低い高齢の女性の方だった。口を開かない娘の代わりに私が名乗り、「朝、電話した者です。やっと今登校できたところです。ご心配おかけしました」と頭を下げた。教頭先生は「はい、よく来ましたね。これで出席です。もう帰ってもいいし、担任の先生のところへ行きますか?」と私に言った。

 私は、それは親が判断することじゃないと思い、娘本人にどうするか視線を送った。しばらく彼女は肯定も否定もしないで石のように黙っている。私も教頭先生も我慢強く答えを待ったが、彼女は目も合わさない。もしかしたら息も止めてるかもしれない。会社に行かなくちゃいけないと思っていた私は、イライラした顔をしていたかもしれない。
 8秒ほど無言の時間が経ち、もう待てなくなった私は、「では先生、本人にまかせます。私は仕事があるんで、先に帰りますね、よろしくお願いします。」と娘を教頭先生に押し付け、娘の顔を見ることもせず自転車で慌てて帰宅した。その時の娘の顔はどんなだったのだろう。令和8年(2026年)の今、改めて想像すると申し訳ないことをしたものだと反省する。

 それから電車で東京の職場へ向かった。車内で、妻のLINEに「ミッション成功!」との得意げな報告だ。やっと職場のパソコンを開いたのは16:30だった。さすがにこれは記録的に遅い出勤時間で、同僚にバツが悪い。一日ですっかり溜まった受信メールのリストにうんざりしながら、一つ一つ返信に取り掛かった。「あーあ、こりゃあ今日は残業だな」などと自分の不運を嘆いているばかり。娘のつらい気持ちなど、まったく想像してあげられなかった。

(次回へ続く)

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