【ステイホーム】#6 緊急事態宣言
引きこもりの娘から見て、昼間から毎日父親も家にいるというのは新鮮な状況だったようだ。仕事をしているらしいが、お客さんに会ったりものを売っているわけではなさそうだ。「仕事」というとお店の店員さん程度しか発想が無かったそうで、一日中ずーっとパソコンに向かって何か読んだり書いたりしているのが不思議だったという。パソコンってなんだか格好いい。すでにスマホは持っていたが、パソコンなるものをいじってみたくなったようだ。
どうせやることがないので、興味を持ったのならちょっと触らせてあげよう。さすがに会社の機密を見せるわけにも行かないので、ちょっと古いプライベートのMacBookを引っ張り出してきて、ユーザーを新規作成して与えてみた。無料で付いてるワープロソフトPagesで、文字をローマ字入力し漢字変換する方法を一度手解きしたら、さらっと覚えてしまった。今まではiPhoneのフリック入力しか知らなかったはずだが、若い子の知識吸収力に舌を巻いてしまった。
それで彼女が何を書いたのかというと、特に意味のある文章でもなければ心情でもない。ジャニーズの歌の歌詞の丸写し、アニメのキャラクターの名前を列挙、などととにかく意味なんてどうでも良く、ただ文字をタイプするだけで純粋に楽しいようだった。できたドキュメントをA4サイズの紙にプリントしてあげると、目を輝かせて喜んでいた。
3月に誕生日が来て、次女は13歳になった。「ステイホーム(外出自粛のスローガン)」やイベントの中止、そのまま春休み突入などのおかげで、不登校や引きこもりは目立たなかった。彼女は料理にも興味を覚え、一緒にロールキャベツやオムライスなどを作るためにキッチンに並んで立つこともあった。ちょっと不謹慎だが、私としては、家で毎日娘を見守ることができて安心感を感じていた。
ところで大学受験生だった長女の方は、大阪の大学に合格した。4月7日に首都圏で緊急事態宣言。その後全国へ拡大となり、5月25日の宣言解除まで、ほぼ全国の学校が休校になった。もちろん4月の入学式は中止され、関東の自宅で遠隔授業を受けることになった。6月にやっと対面授業が徐々に始まり大阪へ転居していった。これより、平日の昼間は完全に次女と私の二人生活になった。
娘たちは小さい頃ピアノを習っていた。長女は高校3年まで趣味として細く長く続けた一方、次女は飽きっぽく小学校3年の頃に辞めていた。
次女は他にも、水泳や、新体操や、剣道や、公文式や、さまざまなものに手を出しては途中で辞めてしまう人だった。辞め方も感情的で、逡巡や葛藤というものがなく、不機嫌になったらぷいと投げ出してしまうのだった。
長女が大阪へ転居して、弾かれなくなった電子ピアノが家に残ったので、次女が蓋を開けて弾き始めたのは7月だった。家にあった楽譜(ベートベン「エリーゼのために」をひとりで譜読みして、あっという間に習得してしまった。
(続く)
