スクリーンの前で、子どもが走っていた映画館で見た映画…『レオン』。
静岡に出張があって、夕方まで時間が空いて、それで、映画を見ようと思った。
見たいと思っていたのは「レオン」だから、もう30年ほど前のことになる。
スクリーン
入った映画館は、繁華街の中だったけれど、まだシネマコンプレックスが主流になる前だったし、古い造りの映画館も珍しくなかった。
スクリーンの前に、ステージのようになっている、木製の狭いスペースがあった。上映前で、まだ館内が明るいときに、小さな子供たちがそこに登って、追いかけっこをして、楽しそうに笑っていた。それが少しの間続いて、その保護者が止めたので、その逃走劇は終わった。
そのことで、館内の空気は少し温まったと思う。
※ここからごく短いのですが、「レオン」のネタバレを含みます。もし未見で、これから見たいと思っている方は、ご注意ください。
「レオン」
「グラン・ブルー」で、熱狂的なファンをつくったリュック・ベッソン監督が、ハリウッド進出を果たした映画だった。基本的に静かさが魅力だった監督が、ハリウッドで、どんな映画を作るんだろう、という期待もあった。
それは「グラン・ブルー」でも重要な役を演じたジャン・レノが、殺し屋として主役になる、ということもあったからだった。
ジャン・レノの演じる寡黙な殺し屋。
その彼が、家族を殺され、その相手に復讐を誓う12歳の女の子を、自室にかくまうように同居することになる。その12歳を演じたのが、のちにアカデミー主演女優賞も受賞する当時13歳のナタリー・ポートマンだった。
プロの殺し屋の凄みと、不思議に純粋さが同居する中年男性と、少女が一緒に生活し、しかも殺しを教える設定は、フィクションとしても、おそらく今は映画化すること自体が難しいと思われる。
それでも、孤独で、毎日2リットルの牛乳を飲み、過酷なトレーニングを欠かさなかった寡黙な殺し屋が、少女と暮らすようになり、お互いにモノマネをして笑い合ったり、植物の世話をしている姿は、プロの殺し屋として無駄がない動きや冷酷さとは対照的なので、より気持ちの中に入ってくる。
そうやって、明らかに二人の気持ちが近づいていって、(おそらく、こうした描写自体も今は難しいと思う)観客としては、殺し屋はあれだけ人を殺してきたとしても、できたら二人には、それでも少しでも幸せで穏やかな日があればいいのにと思い始める頃、復讐を果たすのだけれども、それには、大きな犠牲を必要とした。
闇の世界の住人だった殺し屋と、光を感じさせる少女との交流、落差があるのに美しい場面。さらに、遠近感のある映像や、激しい戦闘に気持ちを揺さぶられたあと、衝撃的なエンディングの余韻で、少しの間ぼう然としていた。
スクリーンの前を子どもが走るようなのどかな場所ではなく、自分の気持ちも、どこか遠い過酷な世界に、しばらく行っていたせいもあると思う。
そのあと、都内に戻ってきてから、その映画を妻にもすすめ、映画が終わる頃に外で待っていたら、妻が、友人と一緒に、よろめくように出てきた。
こんなに泣くとは思わなかった。
それが妻の感想だった。
リメイク
あれから、随分と時間が過ぎた。
当時の主演ナタリー・ポートマンも、「レオン」は、今から見ると不適切な点があるので、リメイクは難しいと語っている。
それだけ、年月が経ったことを、改めて思う。
(他にもいろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。
いいなと思ったら応援しよう!
記事を読んでいただき、ありがとうございました。もし、面白かったり、役に立ったのであれば、サポートをお願いできたら、有り難く思います。より良い文章を書こうとする試みを、続けるための力になります。