やっぱり、いつもとは、ちょっと違ってしまった日常。2020.3.21.
起きると、庭にいた妻が、やや暗い顔をして、ちょっとノドが痛い、と言った。妻は、気管支喘息のため、日常的に薬を吸入している。今日は、一緒に出かけるのは難しいかもしれない。それより、まだ、何も分からないのに、もし感染していたら、重症化しやすいのに、その時はどうしたらいいんだろう、という思いが湧き上がり、同時に、薄いけれど、恐怖心もついてきた。
今までだったら、こうした状況は、ぜんそくが持病の妻は、どれだけ気をつけていても、カゼをひきやすいから、一冬のあいだに、何度もある。今日はギャラリーで作品を見て、そこでランチも予約して、本当に久しぶりに出かける予定があって、どうしてこのタイミングで、と思いはするが、今までだったら、恐怖心にまでは襲われなかった。
厚労省のホームページには、3月19日の専門家会議の提言があるから、一応は目を通した。「基礎疾患のある人は、早めに受診していただく」とあるが、どの程度、早めなのだろうかという不安と疑念はずっとある。普段のように、ぜんそくという持病があるからこそ、風邪かな、と思ったら、妻は、早めに受診をして、薬を処方してもらって、休養する、という方法をとっているが、今回は同じように出来ないのは、頭では理解できる。だけど、普段であれば、本当に病気が重くなった時は、救急車を呼ぶ、という方法を知っているから、必要以上に不安にならずにすむが、今回は、どうしたらいいのだろうか。緊急の場合、「帰国者・接触者相談センター」に電話をしていて、間に合うのだろうか。
今日、出かける予定が決まったのは、10日ほど前だった。
以前、地元にあったギャラリーが、電車に乗って乗り換えて、30分くらいの場所に移動した。昔は、徒歩5分のギャラリーに行き、どの展覧会もずっと行き続けていて、7年くらい、おそらくほぼすべての展示を見に行っていたはずだ。
そのギャラリーは基本的に企画展示の姿勢を崩さなかった。作家側がお金を出して、場所を借りて展示する、というのではなく、ギャラリーのオーナーが、自分から作家に声をかけて、そして展示をする、というやりかたで、それは、基本的には作品が売れなければ収入にならないはずだ。カフェも併設していたが、そのカフェ機能を小さくしながら、ギャラリーを優先させる形に移行しつつ、それを継続した。
そのうちにギャラリーで入場料をとる方向で生き続ける道を選び、それは、地元の人間としては、全面的に賛成で、通い続けた。なにより、展示される作品が、ただ気持ちがいいだけのものではなく、鑑賞する側が、自らを振り返るような、少し気持ちの襟を正されるような思いになる場合が多かったからだ。それは、作家を選ぶオーナーの姿勢の反映だと、感じ続けたので、昨年、場所を移っても通っていた。
そのオーナーからメールが来た。
今度、地元のケーブルテレビに紹介してもらうことになりました。そして、その紹介の中で、昔から知っている人がいないかといわれたので、よかったら、私に少し話をしてほしい、という内容だった。そのギャラリーにプラスになるのであれば、協力したいし、妻も賛成してくれたので、その時は、妻と一緒に出かける約束をした。
さらに、今回は、展示だけでなく、オーナーがランチを作ってくれる企画もある、ということだった。以前、地元にオープンして間もなくは、よくランチを作ってくれて、作品を見ながら、食べ、それは毎回工夫されたメニューと、おいしさと、盛り付けのきれいさが揃っていた。おかげで、豊かな時間になっていたので、今回は、久しぶりに作品もみて、妻と一緒にランチを食べて、と思って予約もした。
それが、一転、妻が出かけるのが難しくなった。イラッとして、怒りみたいなものもわいてきてしまった。お互いに外出をかなり控えていて、一緒に出かけるのも、1ヶ月ぶりくらいなのに、どうして、このタイミングで、と思ってしまった。病気に関しては、あれだけ気をつけているから、当人に悪いことは何もないのに、一番、辛いのは本人なのに、申し訳ないのだけど、そんなことを思ってしまった。
取材に協力する約束があるので、妻と相談して、私だけでも出かけることにした。午後12時の、ランチの予約は、一人分だけのキャンセルの連絡をして、出かける。着いたら、洗剤を使って手を洗うことを促された。自分もマスクをしていたのだけど、ギャラリー内にいる人は、いつのまにかみんなマスクをしていた。
オーナーがキッチンで1人で料理をし、ランチを完成させてくれた。この時刻は4人の予約客だった。ワンプレートで、カレーを中心にし、お米はよもぎが入っていて、8種類のおかずが、囲んでいる。食べられる花の入ったルッコラのサラダもある。私より、妻のほうが、もっと喜んだり、おいしいそうに食べたりするのに、と心の中で思いながらも、でも、食べ進めると、とても、おいしかった。少し向こうに、作品が並んでいて、やっぱり豊かな時間だった。食後には、ミニチャイまでついていた。
ケーブルテレビの取材は、本当に短い時間で終わった。
そのうちに、昔、地元にあった時に知り合いになった方々がいらした。午後1時のランチの予約をしたようだった。久しぶりに話をして、好きな絵画や、昔から好きだった映画のことを教えてくれて、その熱量も含めて、こちらまで楽しい気持ちになった。妻にも参加してもらいたい会話だった。
ギャラリーにいる人たちは、ほぼマスクをしていた。私は、食事のあとにマスクをしていないまま、話をしているのに気づき、あ、マスクをしたほうがいいのか、と妙に焦っていたが、そのまま話を続けた。
次の時間帯に予約していた人たちのランチの準備で、オーナーはキッチンで、息継ぎもままならないくらい忙しそうに1人で働いていた。会計のタイミングをはかりながら、さらに、時間がたち、ちょっと名残惜しいけど、会計をすませて、ドアを出た。
いい天気で、まだ昼の2時だった。
マスクはして、電車内に、空席はあっても、人と距離をとるように立っていたり、座る時も、距離をとれるときだけ、座るようにしていた。そんなに意味がないかも、と思いながらも、そんな行為を守っていた。そうして座っていたとき、ふいに隣に人が座ってきて、腕が密着した時は、合理的な反応でないけど、体がちょっと緊張していた。
家に帰ったら、妻は、元気だった。安心した。
今日の話を妻に伝えた。
今度は、一緒に行けたら、とやっぱり思った。
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