「ちょうど本を読み終わった瞬間の人」に、出会ったこと。
地下鉄に乗って、それほど混んでないので座席に座っていた。
車両の向こう側の正面には女性が座っていて、カバーのかかった文庫本を読んでいた。
私も、図書館から借りた本を読んでいて、それでも、あまり集中できずに、時々、ページから目を離して、周囲を見ていた。
少しずつ車両の中に人が増えてきて、視界は微妙に狭くなる。
そのころは、その路線で30分以上かけて学校に通っていて、だから、人が降りたり乗ったりが繰り返されていたのだけど、正面に座っている女性はずっといた。
さらにしばらく経って、私も本を読んで、内容が難しかったせいか、集中力が落ちる一方で、周りを見る時間が長くなる。
正面に座る女性は、私と違って、いつ見ても、ずっと本を読むことに集中しているのがわかって、姿勢もずっと良かった。残りのページ数が少なくなっているようだ。
それから、しばらく時間が経って、また本を読むことにちょっと飽きて、ふと目をあげたとき、本を読んでいる女性が、ページをめくって、初めて顔をあげた。
少し微笑んでいて、視線は宙に向けられていたが、その意識はどこか遠いところにあるようで、柔らかく満足そうな表情をしていた。
そのまま少し止まっていたが、その後に、ゆっくりと本を閉じて、バッグにしまっていた。どうやら、ちょうど読み終わったようだった。
その時間は、とても短かったけれど、確かに幸せな気配が伝わってきた。
そんな瞬間に、初めて出会った。それからも立ち会ったことはない。
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