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「ひっぱりダコ」の、唯一の記憶。

 大学生の頃、夏と、年末には、甘納豆屋でアルバイトをしていた。

 いつものバイトは家庭教師くらいだったのだけど、お中元とお歳暮もあって、短期のバイトがあったからだ。

 夏にはサッカー部の合宿があり、冬にはスキーにも行くし、そのための資金を稼ごうとして、働いていた。

デパート

 最初はデパートで、甘納豆の販売をしていた。

 自分よりも年上のお姉様方と一緒に、「いらっしゃいませ」「どうぞ、ご利用くださいませ」を繰り返していた。

 誰も、お客さんが来ない時間の方が、気持ちが止まってしまいそうで、辛かった。こういう時間って、どうして、時間が過ぎること自体を願うようなことになるのだろうか。などと思いながら、店頭で立っていた。

 トイレに行くときは「5番に行ってきます」くらいの「暗号」のような言葉も少し覚えたものの、商品の種類と値段が覚えられず、ショーケースの内側の自分だけが見える位置にメモを貼ったが、邪魔なので、何度もはがされ、その度に、あやまりつつも、また貼って、を繰り返していた。そのうち、メモを白い布の上着のポケットに入れて、時々、見て、少し覚えたから、だんだん必要なくなっていった。

 クリスマスの時期は、少し遠くの洋菓子売り場はウソのように、にぎわっていたが、和菓子のゾーンは人が少なかった。それでも本当に年の瀬になると、お土産なのか、かなりのお客さんが来てくれて、ショーケースの前に人が殺到するようなこともあった。

 その時には、そんなに素早く作業はできなかったけれど、待っている人に、「すみませんが、もう少しお待ちください」とマメに声をかけるようにした。忘れられているかもしれない不安は、自分がお客だったときによく思ったので、そんな事を繰り返していた。

 少し時間があるときは、この甘納豆は半生タイプですので、柔らかく召し上がれます。ただ、そのために賞味期限が2週間になっています。といった説明に加えて、甘納豆の種類によっての味の違いなどを伝えると、うなずいて購入してくれることが少なくなかった。ありがたい気持ちになった。

 それが大学1年生の冬だった。3週間くらいは働いたと思う。売り場の人たちも親切だったから、居心地も悪くなかった。接客のバイトは初めてだったけれど、苦痛ではなかった。

配送

 大学2年生のときは、同じ甘納豆屋の配送のアルバイトを始めた。

 そこは、会社の事務所のような部屋で、同じ学生のアルバイトばかりで、淡々と包装を続ける作業だった。甘納豆の箱の形は、六角形だったり、小判型だったりして、包装が難しくて、慣れるまで手間取ったが、そのうちに、不器用な自分でもできるようになると、やっぱりちょっとうれしかった。

 毎日、何百も包装していたが、これだけ大量の商品が毎日販売されているのかと思うと、少し不思議だったが、デパートに出店している何店舗の分が集まってきているから、これだけの数になっているのだった、と思っても、やっぱりちょっと不思議な気持ちになることはあった。

 店頭に立つよりは気が楽だったせいと、配送の方が、細かく区切って自分の都合で働けるので、夏や冬は、こちらの方が、自分にとってアルバイトの主流になった。

 それでも、お歳暮の季節のピークというのがあって、年末も本当に押し迫ってくると、配送の仕事は少し減ってくる。

 その頃になると、デパートの店頭販売の方が忙しくなり、場合によっては、「店頭の方へ行ってくれないか」と言われることもある。私は、店頭販売の経験もあったので、年末になると、数日、デパートの店頭販売に行くことになった。

 以前とは違うデパートだし、違う街だった。初対面の人たちと働くことになったのだけど、同じ甘納豆屋なので、慣れるのが少し早かったし、居心地も悪くなかった。

「ひっぱりダコ」の気持ち

 そのアルバイトは、大学4年生まで続けた。

 ある年、配送の作業をしていて、年末になり、ピークが過ぎた頃、いつものように、店頭販売の依頼が来た。

 その時、私に対して複数の店頭から、指名で依頼があった。
 店頭販売の時に、ひそかに評判がよかったらしい。

 微妙とはいえ、これまでに、こうした「ひっぱりダコ」のような状態は初めてだった。ささやかな経験だったけれど、人から必要とされるのは、うれしいのは分かった。


 その後、就職活動の時も、会社を辞めてフリーライターになっても、そして、資格をとって働き始めた今も、こうした「ひっぱりダコ」のような経験はなく、ずっと仕事がない、という気持ちで働いている。

 あの甘納豆屋で働いている時だけ、需要が高かったのだろうか。あれが、自分のピークなのか、と思うと、今も、微妙に寂しい気持ちになる。



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