Photo by
kamei_kana1223
あなたの顔を溶かす40度の毒。私が「丁寧」という狂気に目覚めた理由
冬の朝、浴室のドアを開けると、冷えた空気が肌を刺す。
本当なら、設定温度42度のシャワーをそのまま顔に浴びて、じわっと溶けるような快楽に浸りたい。
けれど、私の指は迷わず給湯器のボタンを連打する。液晶に表示されるのは「27」。
「冷たい」と「ぬるい」のちょうど境界線。
この温度が、私の肌という資産を守るための聖域だ。
かつては100均の洗顔ネットで、なんとなく泡立てていた。
けれど、お正月に見たあの番組が、私の「普通」を壊してしまった。
今は無印良品の、あの目の細かい網でなければならない。サイズが大きいからこそ、空気の抱き込み方が違う。
利き手ではない左手のひらに、ずっしりと重みを感じるまで泡を育てる。
指先でツンと突いたとき、重力に逆らってピンと立つ「ツノ」。
この弾力こそが、摩擦という名の暴力から私を守る盾になる。
朝のシャワーと、夜の入浴。
一日に二度、私はこの手間のかかる儀式を繰り返す。
世間が「時短」や「オールインワン」に逃げる中で、私はあえて逆行する。
27度のお湯を手で掬い、肌に触れるか触れないかの距離で泡を転がす時間は、私にとって「丁寧に生きている」という確かな手応えだ。
正直に言えば、街中で「肌が綺麗ですね」と褒められるたび、心の中で小さく毒を吐いている。
「あなたが浴びているその熱いシャワーが、あなたの未来を溶かしているのに」と。
美肌を維持するのは、魔法じゃない。
ただ、27度の冷たさに耐え、無印の網でストイックに泡を育てる孤独な作業の積み重ねだ。
「変わらない」ために、私は今日も手間を愛し、温度計のような正確さで顔を洗う。
皆さんは、自分の肌を「溶かして」いませんか?
もしよろしければ、あなたの洗顔の「こだわり」や「失敗談」をコメントで教えてください。
