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娘が「ありがとう」と言えるようになった日|離婚後の母娘関係が、少しずつ変わっていった話

離婚後しばらく、娘はあまり笑わなくなった。

もともと感情表現が豊かな子ではなかったけれど、それでも明らかに何かが変わっていた。食事中も黙っていることが増えて、学校の話もほとんどしなくなった。私は毎日「どうだった?」と聞き続けながら、その答えが返ってこない夜を、ただ耐えていた。

中学受験の準備と離婚の手続きが重なっていた時期のことだ。娘にとって、受験という大きなプレッシャーの真ん中で、家庭の形がガラッと変わった。私自身は必死で「笑顔でいよう」「安心させよう」と思っていたけれど、今思えばその「笑顔」はかなり無理のあるものだったと思う。

転機になったのは、離婚からだいたい半年くらい経ったころだった。

ある夜、ごくありふれた夕食を終えた後、娘がぽつりと「今日のご飯おいしかった」と言った。それだけだ。たったそれだけのことなのに、私はトイレに駆け込んで声を殺して泣いた。

「おいしかった」と言える余裕が、娘に戻ってきていた。

振り返ってみると、母娘関係が少しずつ変わっていったのには、いくつかの理由があったと思っている。

ひとつは、私が「強くあろうとするのをやめた」こと。
最初は「ひとり親でもちゃんとしてる母でいなきゃ」という焦りが強くて、失敗を見せることを恐れていた。でもあるとき疲れ果てて「もうだめだ、今日ご飯作れない」と娘の前で正直に言ったら、娘が「じゃあコンビニ行こう」と立ち上がったのだ。その瞬間、何かがほぐれた気がした。

もうひとつは、「娘の話を聞く時間」を意識的につくったこと。
忙しさにかまけて、どうしても私の話・私の指示・私の確認が中心になりがちだった。そこを少し手放して、娘が何か言い始めたら手を止めてちゃんと向き合うようにした。それだけのことなのに、少しずつ娘が話してくれるようになった。

そして三つ目は、「謝ること」をちゃんとするようにしたこと。
感情的になって娘に当たってしまった夜は、翌朝必ず「昨日はごめんね」と言うようにした。子どもに謝るのは最初は恥ずかしかったけれど、繰り返すうちに娘も「私もごめんなさい」と言えるようになった。

「ありがとう」が増えてきたのは、そのあたりからだったと思う。

離婚は娘に傷をつけた、というのは事実だと思っている。でも同時に、あの経験が私と娘の間に「対等に話せる何か」を作ってくれたとも感じている。完璧な母でいられなかったからこそ、娘は「お母さんも人間なんだ」と知ってくれた気がする。

今もうまくいかない日はある。ぶつかることも、傷つけ合うことも、ある。
でもあの「おいしかった」のひとことを、私はずっと忘れないと思う。

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