フシギがいっぱい
子供の頃にはあまり感じなかった、周囲の人たちとの〝違和感〟が、大人になってからたくさんの【フシギ】になっている。
それは、私が発達障害だから?精神疾患を抱えているから?それとも、もともとの人間性とかってやつ?
わからない。
わからないからこそ、こうして文章化してまとめてみたいと思う。
なんでミンナできるの?
私には子供の頃の記憶があまりない。
これも精神疾患のせいなのだと、医者は言っていたけど、大人になった私にはどうでもいいことかな。感覚的には、記憶の断片が点と点であちこちに散らかっていて、それらが線でつながっていないイメージ。バラバラに散らばっている。
こんな話はどうでもよくて、大人になった私が周囲の人たちを見て【フシギ】だと思うことがある。
なぜ、朝早くから夜遅くまで働けるのだろうか。
私は、数時間予定をこなしただけでへとへとになってしまう。
仕事も、過去には帰りに倒れてしまって以来、在宅の仕事を探しているところだ。
虚弱体質とか、そんなんじゃない。
内科的には、健康なんだ。
だけど、予定を少しこなしただけでキャパシティを超えてしまいそうになる。
キャパシティを超えると、ブレーカーが落ちるように、目の前が真っ暗になって、そこから失神してしまう。
どうやら、私はミンナと違ってキャパシティがとんでもなく小さいようだ。
なんでミンナわかるの?
引っ越してきて翌日には役所へ手続き。やや特殊な現状のため、ひとりでの手続きがむずかしくて、同行支援をお願いした。
役所の人が口頭で説明しながら、私はメモをとり、必要書類にどんどん記入していく。...もうこれだけで頭はパンク状態。
何の書類になぜ書いているのかもわからなくなってきて、筆跡がどんどん荒くなる。
似た経験を子供の頃にした気がする。
先生が黒板に書くことを、追いかけるように必死でノートに書き写す。
なんのために書いているのかわからなくなってきて、ノートの筆跡はみるも無惨。きったない文字。
なんでこの情報過多の中平気なの?
この記事では最後のフシギ。
私には、視覚過敏と聴覚過敏がある。
だからこそ、人混みは大の苦手で、満員電車、ショッピングモール、文字の羅列。とにかく目からの情報が頭の中でミックスジュースのようにかき混ぜられる。
聴覚過敏は視覚よりひどいんじゃないかな?
車や電車のブレーキ音、集団のざわめき、複数の着信音など。視覚過敏とあわさることで、簡単にキャパシティを超えてしまう。
対策を重ねても根本はそのまま
たくさん、ミンナのことを【フシギ】だと思っているけれど、なんとか追いつきたくて小道具を活用している。
視覚過敏には、季節に合わせた濃さのサングラスを着用。
聴覚過敏には、専用の耳栓で音を減音するか、イヤホンで気に入っている配信を聞き専している。
メモ帳は常にカバンの中、万が一倒れたときのためのヘルプマークも忘れずに。
これでも、私なりにたくさん考えての対策だけど、日常に追いつかないことなんかザラにある。そこが、私のしんどさなのかな。
