完成された型ってありますでしょう?
表題がなっていない! 完成どころか未熟だ! というお叱りはごもっとも。ただ今回のテーマ「完成された形」を表すためなのでご勘弁ください。
今日も昨日に続き作品を投稿したので、宣伝を致します。
TALESにPostしたStoryは……“Me Belladonna”です。
昨日の“Emergency Shutdown”に引き続き、英語版と日本語版(原作)のセットです。筋書きは同じなのですが、どうしても英文の方が説明(描写)に省けない部分が多いようで、長くなる傾向にあります。日米英の違いも反映しています。
「ロミジュリ(原作)」と“He named me 'Love' but...”です。*
何年前でしょうか、「別世界」というお題で百文字小説を書きました。それが上の「ロミジュリ」です。当時はタイトルをつけずにPostしていましたが、Google Docsにはタイトル付きで保存してありました。
そんな掌編がざっと30作あるので、もったいないと思い公表することにしたのですが、百文字の作品は応募するところなんて見つかりません。そこではたと、英訳してみたらどうか? という思案が浮かびました。短い英文なら書けるかなあ……などとウユニ塩湖よりも思慮が浅かったと反省中です。
それはさておき、作品タイトルの由来、皆さまにはとうにお分かりのことと存じます。「ロミオとジュリエット」ですね。シェイクスピアが当該戯曲を書いたのが16世紀末だと言われておりますので、400年以上も昔に完成された作品ということになります。近松の心中ものよりも以前の作品です。
手を加えたり新たな解釈を試みたりする余地のないほど周知され、世界中の様々な文化の中に存在しているように思います。何が言いたいかと申しますと、ここまで完成された作品はもはや二次創作の対象にならないほどの絶対的な「型」になっているのではないでしょうか。
だから未熟な書き手がわずか百文字(日本語)、あるいは205単語(205 words)で奥行きを作り出すことが出来るのだと考えます。ロミオとジュリエット(さらに元はギリシャ悲劇)をモチーフにする限り、その普遍性と恒久性のお陰で余分な説明をしなくともよい、そう思えるのです。
ところで、このnoteの記事、いい表紙が見つからずに自分の撮った写真を加工していますが……表紙のあるサイトに投稿するとき、いい表紙が見つからずに困ることが多いです。
私は絵を描かないので……皆さまはどうしてますか?
それでは、また。
追記!
せっかく作ったナレーション付きを忘れておりました・汗
英文の音読は、「あっ」という間に終わるので、ぜひ耳をお貸しください。
(そっち専門のAIさんに読んでもらってます)
こちら(Me Belladonna: on Substack)で、どうぞ。
