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33年の道のりが、いまWAYに流れ込んでいる……「結局、人だよね」が、私たちの合言葉【源流をたどる #4 完結】

こんにちは、yasuです。

「源流をたどる」シリーズも、今日で最終回です。

第1回では、私とテクノロジーの出会いを、小学生のころにまで遡りました。
第2回では、私の中に流れる「静かな温かさ」を、二人の師の姿を通してお
話ししました。
第3回では、推進役として走った日々を振り返り、「子どもたちが楽しく学べる雰囲気を作りたい」という、たったひとつの願いについてお伝えしました。

そして今日。 これまで語ってきたすべての「源流」が、いま、どう私の中に流れ込んでいるのか。
そして、これから何を目指していくのか。

夫婦で営む小さなブランド、WAY。
AIを相棒にする働き方。
個人・小規模に寄り添うこれからの形。

そんな話を、最終回として、ゆっくりお届けしたいと思います。


ある日、職場に行けなくなった

このシリーズで、私はこれまで、教員として歩んできた33年の道のりをお話ししてきました。
担任として、研究主任として、教務主任として、自治体の推進役として。

でも、その道のりは、いつもまっすぐだったわけではありません。

ある日、私は職場に行けなくなりました。
動悸が止まらず、体が震える。
クリニックで、適応障害と診断されました。

仕事は、もちろん大好きでした。
子どもたちのことも、同僚のことも、何より大切に思っていました。

でも、日々の業務はだんだんとハードになり、高齢の親や家族のケアも重なって。
気づけば、自分の限界を超えていたのだと思います。

そのときの私は、上司の優しい言葉に支えられながら、休む決断をしました。
そして、退職届を出しました。

子どもたち、保護者の方々、職場のみなさん。
迷惑をかけたという思いは、今もずっと胸の奥にあります。

でも、あのとき立ち止まったからこそ、いまの私があるのだと、今は思えるようになりました。


療養生活の中で、noteを始めた

療養生活というのは、不思議な時間です。

仕事から完全に離れて、ただ休む。
最初のうちは、その「何もしない時間」に戸惑いもありました。

けれど少しずつ、心が動き始めました。

「療養を終えてから準備を始めるのでは、遅いんじゃないか」
「いま、できる範囲で、何かを始めておきたい」

10年ほど前から、ずっと心に持っていた夢がありました。
「場所を移動しながらでもできる仕事をしてみたい」 このタイミングこそ、その夢に近づく時期なのではないか。 そう感じたのです。

自分にできることは何だろう、と考えてみました。
文章を書くこと。
ビデオを編集すること。
プレゼン資料を作ること。
音楽が好きで、DTMにも興味がある。

そんな中で、一番自然に始められそうだったのが、文章を発信することでした。
Webライターという働き方にも、もともと興味がありました。

「とりあえず、自分の文章を発信するところから始めよう」

そう決めて、noteを開きました。 2024年1月のことです。


書き続けるうちに、見えてきた軸

最初の頃は、自分が何を書きたいのか、はっきりわかっていませんでした。

脳科学について。
アドラー心理学について。
禅の教えから学ぶこと。
マインドフルネスについて。

興味のあるテーマを、ひとつひとつ書いていきました。
正直、手探りの日々でした。

でも、書き続けるうちに、不思議なことが起きました。

読んでくださる方が、少しずつ増えていったのです。
スキを押してくださる方がいる。
コメントを寄せてくださる方がいる。
同じような状況の方の記事から、私自身も元気をもらう。

「自分の中から生み出した言葉が、誰かに届いている」 その手応えが、何より嬉しかったのです。

そして、書き続ける中で、少しずつ自分のテーマが定まっていきました。
AIを生活に活かすこと。
子育てや、子どもに関わる大人の方へのメッセージ。

ただ、「子育て」と限定してしまうと、読者層が狭まってしまう気がしました。
そこで、ターゲットを「子どもに関わるすべての大人へ」と広げました。

これは、第3回でお話しした教員時代の言葉と、根っこのところで同じ発想でした。
「子どものモチベーションを上げるためには、先生たちのモチベーションを上げないといけない」

子どもたちを直接元気にすることは、noteではなかなかできません。
でも、子どもに関わる大人を元気にすることなら、できる。
その大人が元気になれば、巡り巡って、子どもたちに届く。

教員時代の信念は、形を変えて、noteの中で生き続けていたのだと、今は思います。


妻と二人で、WAYを立ち上げた

そして2026年4月。
私は、妻と二人で「WAY -Work Anywhere 康-」というブランドを立ち上げました。

これは、いきなり大きな決意で踏み出したものではありません。
noteを書き続ける中で、少しずつ、ほんの少しずつ、自信に近いものが芽生えてきた。
その積み重ねの上に立ち上げた、小さな一歩でした。

読んでくれる人がいた。
反応してくれる人がいた。
コメントで応援してくれる人がいた。
記事をマガジンに加えてくれる人がいた。

その一つひとつが、私と妻に、「もう少し前へ進んでみよう」という勇気をくれました。

WAYのスローガンは、「大切な子どもたちのために、じっくり聴きます、伝えます」。
33年の教員経験を、肩書きや権威としてではなく。 「学校側のホンネを通訳できる人」「絶対に否定しない壁打ち相手」として、実用的な価値に変えて届ける。 それが、WAYの考え方です。

妻は、近代文学を学んだ国語力と、直感的なキャッチコピーの感覚を持っています。
私は、聴くことと、ガジェットやAIを使った効率化が得意です。
二人でダブルチェックしながら進める体制は、私たちの大きな強みになっています。


AIという、もうひとりの相棒

そして、WAYには、もうひとり大切な「相棒」がいます。
それが、AIです。

私たち夫婦は、よくこんな話をします。
「AIが相棒としていなかったら、ここまでできていたのかな」

正直に言って、たぶん、ここまで来られていなかったと思います。

頭の中が散らかったとき、考えを整理してくれる。
記事の構成を一緒に組み立ててくれる。
契約や経理といったバックオフィス業務を、極限まで効率化してくれる。
ブレストの壁打ち相手になって、こちらの言葉を引き出してくれる。

AIが何でも答えを出してくれるわけではありません。
でも、私たち二人の小さなチームに、もう一人「考えてくれる仲間」が加わったような感覚は、本当に心強いものです。

そして大切なのは、AIに任せて生まれた「余白」を、何に使うか、ということです。

私たちは、その余白を、「目の前の人にじっくり向き合う時間」に使いたいと思っています。

バックオフィスはAIに任せて、人と人とのコミュニケーションには、人間がしっかり向き合う。
これが、WAYで大切にしている「役割分担」です。

第1回でお話しした、テクノロジーとの出会い。
人を通して新しい世界に出会っていったあの体験が、いまAIという新しい「人ではない相棒」との出会いにつながっている。
不思議な巡り合わせだなあと、しみじみ感じます。


個人・小規模だからこそ、できることがある

WAYのこれからの目標のひとつに、「個人・小規模企業向けのAIコンサルタント」という形があります。

なぜ大きな組織ではなく、個人や小規模なのか。
これは、私が33年の教員生活で実感してきたことと、深くつながっています。

研究指定校で推進役として動いていた頃、私は何度も「変わらないもどかしさ」を感じました。
表面的には「新しいことを取り入れよう」という空気がありながら、どこか他人事のように構えている人もいる。
プロジェクトチームを作って動き出しても、日々の業務に追われて、なかなか手が回らない。
新しいシステムが入るたびに、その理解に振り回される。
ハードウェアも次々に更新されていく。
「これは改善なのか、改悪なのか」と疑問を持つ人も出てくる。
保守的な雰囲気の中で、「なんで今まで通りじゃだめなんだ」という空気が、言葉にならずとも伝わってくる。

そういう声も、もちろん大切でした。

私は、そういう意見にも丁寧に耳を傾けながら、管理職の想いも聞きながら、必ずどこかに合意点があるはずだと信じて、落としどころを探し続けてきました。

でも、大きな組織でそれをやり続けるのは、本当にエネルギーが要ることでした。

学校ひとつ取っても、大規模校、小規模校、都市部、自然が豊かなところ、子どもの人数も状況もまったく違います。
一律のソリューションを当てはめても、現場には届きません。

だからこそ私は、これからは「個人・小規模」というフィールドで力を発揮したいと考えています。

人数が少ない分、キーパーソンとなる方と一緒に、じっくり考えていける。
現場に本当に寄り添ったシステムや内容を、ご一緒に作っていける。
変わりたいと願う人と、深く小さく関わっていける。

これは、第2回でお話しした二人の師から受け取った「静かな温かさ」と「ぶれない軸」を、これからの仕事の中で活かしていく道でもあります。


これからの夢……いろんな場所で、いろんな人と

私と妻には、もうひとつ、共通の夢があります。

いろんな場所を回りながら、仕事をしていきたい。

その土地の文化や、人々の雰囲気を、2、3日ではなく、1ヶ月、できれば1年単位で味わいながら、そこから学んだことを仕事に活かしていきたい。

来月からの沖縄一ヶ月滞在は、まさにその夢の最初の実践です。

学生時代を過ごした懐かしい土地で、いまのAI・テクノロジーがどう暮らしに根付いているのかを取材しながら。
夫婦で、ゆっくり、その土地の空気を吸い込みたいと思っています。

そして、いずれは。

日本のいろんな場所で。
状況が許せば、外国の方とも。

直接お会いして、笑顔でコミュニケーションを取りながら、AIコンサルや子育て相談、ライティングの仕事をしていけたら。

療養生活以降、人と会う機会がぐっと減っていました。
これからは、その時間を、少しずつ取り戻していきたいのです。

仕事は、もちろん大切です。
でも、それ以上に、いろんな人と出会って、いろんなことを学びたい。
私の小さな力が、誰かのお役に立てるなら、ぜひお役に立ちたい。

そんな思いで、これから歩んでいきます。


結局、人だよね

私たち夫婦が、よく口にする言葉があります。
「結局、人だよね」

このシリーズを書きながら、ずっとこの言葉が浮かんでいました。

50年前、後輩の家で「でっかい箱」を見せてくれた友達。
中学生のとき、BASICのパソコンで一緒に絵を描いた父。
学生時代、無茶な依頼をしながらも、扇風機代わりの冷風扇を届けてくれた沖縄の教授。
小学6年生のとき、掃除時間にふらっと現れてくれたA先生。

教員になってから、夜のリビングでコーヒーをいれてくれた先輩。
研究指定を共に走ってくれた、淡々と温かい校長先生。
教育センターで共に学んだ研究員の仲間たち。
「ありのままでいい」と一緒に口ずさんでくれた、研究指定校の先生方。
ビデオを見ながら何度も踊ってくれた、子どもたち。

療養中に始めたnoteで出会った、たくさんの読者のみなさん。
そして、いつも隣で支えてくれている、妻。

ひとりひとりの存在が、いまの私を作っています。

私は、たくさんの人から受け取って、ここまで来ました。
これからは、私が受け取ってきたものを、また少しずつ、別の誰かに渡していけたら。

そんな思いで、WAYを育てていきたいと思います。

AIという新しい相棒と一緒に。
妻と二人で。
そして、これからお会いするであろう、たくさんの方々と。

4回にわたる「源流をたどる」シリーズ、お読みいただいて、本当にありがとうございました。

このシリーズを書き終えた今、私はおそらく、鹿児島から沖縄へ向かうフェリーの中にいます。

学生時代を過ごした懐かしい土地に、もうひとりの自分として帰っていく。
そんな静かなフィナーレに、最後までお付き合いいただけたことを、心から感謝しています。

これからも、夫婦で歩む小さな道のりを、少しずつ言葉にしていきます。


結び

人は、誰かから受け取ったものを、また別の誰かに渡していく。

ささやかかもしれませんが、私はその「渡していく」一区間を、丁寧に歩んでいきたいと思います。

あなたにも、振り返って「あの人がいたから、いまの自分がいる」と思える方はいませんか。
そして、あなた自身も、もう誰かの“源流”になっているのかもしれません。

夫婦と、AIという相棒と、これからもよろしくお願いします。
また次の記事で、お会いしましょう。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

【源流をたどる】シリーズのマガジンはこちら

なぜ私は、AIをこんなにも自然に「相棒」として迎え入れられているのだろう。
なぜ「テクノロジーと人間らしさの両立」を、これほど大切にしたいと思うのだろう。

4回にわたって、私の道のりを少しずつ言葉にしています。
テクノロジーとの出会い、二人の師との出会い、推進役として走った日々 そして、現在のWAYに至るまでを語ります。


【大人の時間を整える AI生活デザイン術】シリーズのマガジンはこちら

これまでの記事や、今後の更新は、こちらのマガジンにまとめていきます。

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