小高い
隣の家の桜が咲いていた。小鉢だが、ここからでもはっきりと見える。花びらは大柄で、色は薄い。
いい天気だった。一日の早いうちから散歩に出てしまうと、家に帰ってからくたびれてしまうのだが、
それにしても今日はよく晴れていた。春らしい晴れだった。晴れのなかにも霞んだ雲の気配があった。鼻先は暖かい匂いで濡れている。
路地に入ると、肌寒くなった。呂、程、金……。最近は顔も知らない表札が増えた。しかし庭先の花は咲いている。なかには大振りな八重桜もあった。
しゃかしゃかと自分の体型の音が聞こえる。いつもの薄手のコートで歩いていた。体型はもう何十年もかわっていない。そのまま道路に出ると、ちょうど信号が青になる。
次の信号がちょうど青になるくらいをいつも心掛けている。散歩なのだから赤で立ち止まってもいいのだが、いざ歩くとやっぱり急いでしまう。
旧街道から信号を渡って、餅屋の前にはもち米を蒸した後の空の容器がいくつも出ている。そこから坂を徐々に降りていく。また陰になった。
クリーニング、焼き肉、2階建てのアパートから、公園まで、狭いなりにも一式あって、傾斜が緩くなったところに中学校がある。風はないが、グラウンドには砂埃がみえる。
誰もいない。ここから見える教室にも、ほとんどカーテンが引かれている。2時間目から3時間目の間だろうか。
坂をおりきると、橋の前に出た。むこうの袂の一本は河津か、もう葉桜になっている。欄干の中央にたつと、あたたかい水の匂いがした。そこから見下ろすと、鴨が一列になっている。
雛たちは母親の立てる波に抵抗して、いびつな一列だ。花びらが一つ二つ流れている。
橋を渡ると、こじんまりした開渠沿いに遊歩道を歩いた。並木はどれも川のほうに傾いて、柵から枝を広くのばしている。赤いしべが揺れている。桜は満開なので、不気味なほど多かった。メジロが逆さになりながら、器用に花をつついていた。
ひと際大きいのはヒヨドリだ。メジロより一回りも二回りも大きいが、額の羽毛はいつも寝ぐせのように立って、だれかを呼ぶように鳴いている。どこかの桜から同じ声が返ってくる。
欄干から、カラスがひたすら鳴いている。カラスも呼ぶ声だが、返事は一向に返ってこない。もう十分大きなカラスだが、目はどこか子供じみている。通り過ぎても一人でずっと同じところで鳴いている。
川は側溝型だった。コンクリートの川岸で、鴨が小石のように羽を休めているのが、水に向かって豊かに枝垂れた花群れからのぞいている。水は春らしい青で、鴨が餌を求めたのか、黄色の後ろ脚を見せると、頭を水に預けた。
遊歩道沿いのアパートの柵から勝手に入ると、奥に裸の階段がある。遊歩道からは決してみえない階段だ。急な段差をのぼりきると、コンクリートを固めただけの坂に出る。階段より急な傾斜だ。のぼっていくと、どこかの道にでる。ここまでくると、本当に知らない家ばかりで、昼間なのにひっそりしている。
道なりにどこかで降りると、また遊歩道に戻ってくる。桜を眺めるだけの人間には決してみつけることのできないルートだ。昔から気になる道には一度入ってしまう。遠回りには違いない。そういった性格だから、近道をしたことがない。ふらふらと迷うことしかできない。
送水管の前から、公園に入った。桜より高い木と熊笹があって、ちょっとした小山になっている。その上で変わった鳴き声がする。飼われているような色の鳥だった。それも何匹か同じ枝の上にいた。春の空にかえって珍しい色合いだった。
山じみた階段をのぼり始めた。その途中で、鳥たちはけたたましく飛び去ってしまった。緑の長い尾だった。美しい毛並みだった。野生ではないだろう。
立ち止まると息が少し切れている。ちょっと小高くなっていた。
