AIと一緒に、まだ存在しない本屋を歩いた
ペンネームを考えるのに、適切な時間というものが存在するのかどうか、僕にはよくわからない。朝食前がいいのか、風呂上がりがいいのか、それとも世界中の猫が一斉に僕を向くような、午前二時十三分がいいのか。
少なくとも、創作大賞が終わった直後というのは、あまり正気な時間ではないように思う。
原稿はもう出してしまった。僕にできることは、控えめに言って何もない。結果を待つだけという行為は、雨の日のコインランドリーで、乾燥機の残り時間を見ているときに似ている。数字は確かに減っていくけど、人生が前に進んでいる感じもない。
三十七分。
三十六分。
三十五分。
洗濯物は僕の祈りで劇的に白くなったりはしない。ただ、僕の気持ちは、コインランドリーの光に照らされながら少しずつ乾燥していた。
僕は丸い椅子に座り、スマホを開いた。そして創作大賞用に応募したエッセイをChatGPTへと読み込ませ「この作品が書籍化するとしたら、どこの出版社が合いそう?」と聞いた。
チャッピーは数秒考えたふりをして、いくつかの出版社名を挙げた。そして、その中に「双葉社文芸出版部が合いそう」とあった。


双葉社文芸出版部。
僕はその文字を、乾燥機の窓越しに回るタオルを見るように眺めた。まだ出版社から電話が来たわけでも、編集者が花束を抱えて家の前で待っているわけでもない。それでも、その言葉は僕の中に小さな洗濯ばさみをひとつ挟んだ。
ヴィレヴァン店員さんが、平積みされた僕の本を前に、ペン回しをしながらポップを考えている。干す場所のなかった未来が、形を持ちはじめだした。
今、僕のハンドルネームはnoteのSNS文化に合わせ「マイキー」と簡潔にしている。けれど、書籍化となるとこのままでいいのか。名前ひとつで売れ方は変わってくる。

僕は、そこそこ文芸っぽく、でも気取りすぎず、エッセイにも小説にも使えるペンネームが欲しくなった。白シャツを干すときに、襟を整えるくらいの気持ちである。タキシードまでは求めてないけど、部屋着のまま書店に立つ勇気もない。
そこで僕は、チャッピーにペンネームも考えてもらうことにした。

承認欲求栽培士……
夢幻泡影製作所……
僕はしばらく黙った。ペンネームを頼んだはずである。少なくとも僕は、そう思っていた。ところがチャッピーは、僕の言葉を洗濯表示ごと無視し、高温乾燥にかけたみたいな名前を差し出してきた。
可塑的風流才子……
もう名乗る前に噛む。受付で「お名前をお願いします」と言われたら、僕はその場で小さな布袋に入り、洗濯機の底へ沈みたくなるだろう。
僕の怒りは、片寄ったバスタオルみたいに、乾燥機の中でどすんどすんと空回りしていた。するとチャッピーは、謝るでもなく、言い訳するでもなく、何事もなかったように次の候補を出してきた。

牧野朔。
相沢凪。
白石湊。
さっきまで「雑筆屋」を平然と差し出していた相手が、どれだけ文芸誌の目次みたいな名前を並べられても、僕の鼻は疑ってしまう。
だから僕は、自分でペンネームを考えることにした。そしてそのペンネームを元に、チャッピーへ書籍化したときの表紙を作らせてみた。

「吉田まいき」
これはフォロワーの涼子さんから頂いた名前である。以前、吉田栄作の真似をしてセンター分けにしたという話をした流れで、名づけてもらった。
僕はかねてから吉田兼好の生まれ変わりを自認してる。だからこそ「吉田姓」も悪くない。まさか吉田兼好は、鎌倉時代から令和のコインランドリーまで呼び出されるとは想定していなかっただろう。
それでも、涼子さんが冗談まじりに投げてくれた名前には、AIがきれいに畳んだ候補より、乾ききる前のタオルみたいな温度が残っていた。

次に「兼好まいき」を考えた。
吉田兼好の「兼好」を苗字にしてしまう雑な錬金術である。白シャツに「これは生成りです」と言い張るようなものだ。
チャッピーに見せると、徒然草のイメージが強すぎるからやめた方がいいと言われた。だが、捨てがたい。随筆を書く者として、兼好という名札をこっそり縫い付けたくなる気持ちはある。

「如月マイキ」も候補に入った。
二月生まれだから如月。「綿百パーセント」くらい素直である。チャッピーに如月案を出すと、最初は「如月舞」と返してきた。字面は悪くないし、華もある。

ところが検索してみると、同姓同名のキャバ嬢が出てきた。
ペンネームを考える時、検索は大事である。どれだけ文芸っぽく見えても、夜の街のネオンが点いたら、本棚の照明まで変わってしまう。僕はそっと「舞」を畳み直し、カタカナの「マイキ」に戻した。
「如月マイキ」
うん。ペンネームっぽい。白い息と、まだ乾ききっていないシャツと、二月の朝のコーヒー。エッセイにも小説にも、顔を出せそうな名前である。

最後に残ったのが「舞木眛」だった。
マイキーをもじった感じでチャッピーに頼んだら、またふざけられた。見覚えのない赤いハンカチまで一緒にねじれ出てきたような名前である。「ははーん、さては何か隠してるな」と僕が言いたいくらいだったのに、最初からそう頼まれたとでも言いたげな対応をされた。


気づけば僕は、名前を選んでいるのではなく、AIと一緒に本屋を歩いていた。僕はその前を行ったり来たりしながら、この名前ならどう見えるか、この表紙なら誰が手に取るか、このタイトルならレジまで持っていく勇気があるかを考えていた。
双葉社っぽい単行本。落ち着いた文芸の雰囲気。余白があり、どこか生活の匂いがしそうな表紙。
僕はただ、コインランドリーの椅子に座り、乾燥機の中で回る洗濯物を眺めながら、まだ存在しない本の背表紙に印刷される名前を描いていた。
やれやれ。
ChatGPTは未来を見せてくれた。けれど、最後に背表紙へ縫い付けるタグは、自分で選ぶしかないらしい。
チャッピーにペンネームを考えてもらった夜、僕は名前を探していたのではなかった。乾ききらない自意識をぐるぐる回し、結果発表までの落ち着かない時間を、別の形に折りたたんでいただけである。
僕は乾いた洗濯物を袋に入れ、スマホをポケットにしまった。
外はまだ雨だった。
世界は相変わらず、濡れたままである。
けれど僕の中では、まだ存在しない本の背表紙が、コインランドリーの白い光の中で、静かに乾いていた。

