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江戸川花火大会🎆娘は人混みへ、パパは屋上へ

 十九時十五分、江戸川の夜空に最初の花火が上がった。

 腹の底まで響く音とともに、光の粒が大きく開き、少し遅れて屋上の手すりまで震えた。目の前は花火、隣には使い込んだランタンがある。右を見ても左を見ても観客はいない。どうやら今年の江戸川花火大会は、僕一人のために開催されているらしい。

 
 そもそも、最初から一人で見るつもりではなかった。

 娘を誘うと、友達と人混みの中へ行くという。わざわざ駅から遠い河川敷まで歩き、知らない人の背中を眺めながら花火を見る世界を選んだ。トイレへ行けば、元の場所へ戻れなくなる世界である。
 うちには所有している物件がある。その屋上へ上がれば「貸切」という二文字を胸に貼り付けれる。するとコンクリートの床も特別観覧席へ見えてくる。
 それでも高校生にとって、花火は空に上がるものではなく、友達と撮った写真の背景に写すものなのだろう。

 こうして僕は、娘に小さく打ち上げられ、そのまま夜空の外へ消えた。


 十七時から交通規制が始まる。車が通れないのは分かるが、自転車まで「ここから先は行けません」と止められるのかがよく分からない。そんなわけで、十六時半に家を出ることにした。
 自分の物件なのに辿り着けず、知らない人たちと路上で花火を見ることになれば、貸切どころか締め出しである。

 屋上へ上がると、江戸川方面はきれいに開けていた。向かいのマンションに花火を遮られる心配もなさそうだ。問題は、花火までまだ二時間以上あることだった。
 そこで、屋上を居場所にすることにした。キャンプで使ってたテーブルを広げ、ランタンを置き、暑さ対策には扇風機を持ってきた。


 飲み物も必要になり、近くのコンビニへ向かった。店へ入ると、レジの列がグルッと一周していた。人混みを避けて屋上へ来たはずなのに、結局コンビニで人混みに捕まった。
 普段なら通り過ぎる棚の前で長時間立たされると、購買欲を発酵させる力があるらしい。カットフルーツやフルーツゼリーまで、その日はえらく艶めき、棚の商品へ次々と火をつけてくる。レジへ着く頃には、花火より先に財布が打ち上がりそうになった。
 結局、冷やしパイン味のカルピスソーダを買った。南国らしい名前だが、ここは江戸川区である。


 パソコンも持ってきた。
 花火大会の屋上でノートパソコンを開くのは、風流なのか、仕事熱心noteバカなのか。コメントを返し、記事を読み、時々江戸川方面を見る。それでも主役は一向に現れない。


 少しずつ空が暗くなり、ランタンの灯りが形を持ち始めた。明るいうちは錆びた置物でも、夕暮れの中では仕事を始める。扇風機の風が首元を抜け、遠くから人の声が増えてきた。

 十九時十五分に上がった最初の一発は、確かに僕のために開いたように見えた。


 大きな音がして、夜空いっぱいに光が開いた。写真で見れば一瞬でも、実際には光が広がり、止まり、少しずつ消えていく。そのたびに次の花火が上がる。赤、青、金色。地上では大勢の人が同じ空を見上げているはずなのに、この屋上には僕しかいない。


 娘は今頃、友達と人混みの中にいるのだろう。パパは秘密基地みたいに仕上げた屋上でカルピスソーダを飲んでいた。親子で同じ花火を、まったく違う場所から見ている。

 花火が終わり、屋上を片付けて外へ出ると、街は人で埋まっていた。歩道から人があふれ、自転車は進めず、駅へ向かう列は巨大な火薬の導火線のように伸びている。
 行きは二時間早く着き、帰りは数万人と同時に動く。花火大会とは、空より地上の方が長く燃えているらしい。

 
 今年は偶然、貸切だった。

 もし来年もきれいに見えるなら、テーブルを増やし、椅子を並べ、ランタンも増やそう。飲み物くらいは用意してもいい。屋上まで運ぶのは面倒だが、そこは料金に含めればいい。

 娘には無料で断られた。

 来年は、有料席として打ち上げよう。

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