Apple インテリジェンス?なんやそれ👋|Siriやアレクサが“AI”だと思ってた🤣
noteを読んでいると、最近はどこを見てもAIである。「AIで時短」「AIで効率化」「AIで人生が変わる」。もはやAIというより、令和の神棚である。みんながありがたそうに手を合わせている横で、私はまだターミネーターのスカイネットあたりをうろうろしている。
AIと聞くと、銀色の骨格をしたロボットが無表情で追いかけてきて、人類が地下で缶詰を分け合っている映像しか出てこない。知識のOSが1991年から更新されていないのである。
そんな私にとって、身近なAIといえばSiriとアレクサだった。「アレクサ、電気消して」と頼んでも、たまに聞こえないふりをする。「Hey Siri、この曲なに」と聞けば、だいたい問題が発生する。便利な未来というより、思春期の子どもに家事をお願いしている気分になる。
そこへ突然、Apple Intelligenceである。名前からして強い。直訳すれば、りんご知能。もうこの時点で、白衣を着たりんごが研究室で難しい数式を書いている。MacやiPhoneの中に、賢そうなりんご教授が住み始めるらしい。しかも文章を直したり、通知をまとめたり、写真を探したりするという。便利そうではあるのだが、通知をまとめるということは、私のだらしない日常をりんご教授に見られるということではないか。「この人、またnoteとCanvaを行ったり来たりしていますね」「検索履歴に“Apple Intelligence なんやそれ”が多すぎますね」と、冷静に分析される未来が見える。

特に気になるのは、文章を整えてくれる機能である。ありがたいが、私はAIが整えた文章に腹が立つ。前向きで、清潔で、妙に優等生になるから。濁ったおっさんのぼやきを書いているのに、AIはすぐ窓を開けて換気しようとする。この部屋は多少におっているから味があるのである。
とはいえ、時代はもうAI神棚の前で柏手を打っている。私だけ地下でスカイネットに怯えているわけにもいかない。Apple Intelligenceが本当に賢いりんご教授なのか、それとも少し気取ったSiri先輩なのか。まずは触ってみるしかない。もし未来が変わるなら、それはそれで見てみたい。ただし、最初にお願いすることは決まっている。「りんご教授、私の文章を整えすぎないでくれ」。そこから、私とAIの人類抵抗軍が始まるのである。
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