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コメントの優先順位、どうしてる?

 通知が鳴ると嬉しい。コメントなら、なお嬉しい。本当なら、その場ですぐ返事を書きたいくらいだ。

 だけど僕は、noteの通知を切っている。

 それでも、投稿した直後は十分おきにアプリを開き、自信作を投稿した日なんて三分おきに見張ってる。通知に振り回されたくないから切ったはずなのに、気づけば僕自身が通知係になっていた。

 そこで最近は「ここは我慢!」とスマホを伏せ、投稿後は犬たちを連れて散歩へ出たり、仕事場へ向かったりする。
 そうして何件かたまったところで、まとめて返事を書く。

 ところが、このまとめて返す方式にも問題があった。僕は一件ずつ丁寧に返しているはずなのに、何件か続くと発言権を奪われる。noteのシステム上では「自分喋りすぎやで」と不審者に思われているらしい。


 そこで僕は考える。限られたコメント枠を、返信に使うべきか。それとも、他の人たちの記事に「読んだよ〜」と伝えるために使うべきか。

 僕はコメントを貰ったら小躍りするくらい嬉しい。
 もうひとつ、自分の記事へ来てくれた人だけを相手にしたら、外から見れば「自分んとこだけは律儀に返す奴」と思われないかって心配もある。

 慎重に配分を考えた結果「皆さまの記事を読んで、コメントを入れる」を優先することにした。

 僕は、送ったコメントの返信が、いつになろうと気にならない。自分語りを送りつけた時点で、だいたい満足である。だから、自分の記事へ来たコメントも、相手は同じような感覚ではないかと、どこかで思っている。
 とはいえ、誰もが同じとは限らない。返信を楽しみにしている人もいるだろう。わざわざ読んで、言葉まで残してくれたのだから、まずは「ありがとうございます」と、即座に返すのが礼儀だとも思う。

 コメント数には制限がある。未だどっちが正解かはわからない。
 しかし通知を入れてしまえば、コメントが来るたびスマホを開き、返信しなければという義務感が生じる。犬たちと目を合わせる回数も減り、執筆中も、頭の隅で未返信のコメントたちが僕を見てくるだろう。
 
 先日、試しに通知を入れてみた。すると、スマホのロック画面には華やかなアイコンが並びだした。

 「すぐに女の子の所に行っちゃうから!」
 「サイゼリヤでランチデート❤️」
 「今日も可愛く輝いております😍」
 「孤覇琉哀裸舞遊❤」

 書いた記事への感想である。前後の文脈さえ読めば、すべてnote上の健全な交流である。
 しかし、ロック画面は事情を説明してくれない。名前とアイコンが、都合よく切り取られた一文を並べ、あとは見る者の想像力へ丸投げする。

 そして、妻はnoteの存在を知らない。

 万が一、スマホを覗かれでもしたら、そこにあるのは、美人さんアイコンと「スキしました!」の文字である。

 「これは記事への“スキ”であって、好意の“好き”やない」

 そう説明したところで、弁明としてはすでに弱い。しかも「また遊びに来ますね」と続いている。どこへ来るのか。noteである。もう、スマホ見ながらニヤつくことすら怪しまれるだろう。

 今日も僕は、赤い数字がたまった頃にnoteを開く。コメントを読み、心の中で小躍りし、皆さまの記事を回り、制限に引っかからない程度にコメントする。

 相変わらず、優先順位は迷っている。だけど、家庭の平和は「通知オフ」で守られている。

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