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「5分で紹介」北海道|「五稜郭城」攻め

いざ!城攻めじゃあ!
全国各地にある城を攻めまくり、「天下統一」を目指すことにしたよ。
これは、そんな夢見がちな「足軽サラリーマン」の ”城攻め” の記録を5分で紹介する記事です!

こたびの戦で攻めるのは、北海道は函館の「五稜郭」です。江戸時代の末(幕末期)にロシアなどの侵略に備えて建造された日本初の西洋式城郭で、それは見事な星の形をした要塞です。

なぜ五角形の星形かと言えば、角の曲輪ごとに大砲や狙撃手を配置して、互いに援護射撃を行える構造、死角をなくすことが目的だったからです♪
城内を歩くと形がうまく掴めませんが、五稜郭タワーに登ればその全景がはっきりと見渡せます。

五稜郭は日本の歴史の観点からも、とても重要な意味があり、外国からの侵略に備えた城だったのにも関わらず、幕末の徳川幕府と新政府軍の国内の内乱(戊辰戦争)で最後の戦場となりました。(函館戦争・五稜郭の戦い)
新撰組副長「土方歳三」が幕軍として戦い、戦死したことでも有名です。
野田サトル先生の漫画「ゴールデンカムイ」でも大々的に取り扱われており、ファンからは外せない一大聖地の1つとなっています。
"黄金に染まる函館"
早速行ってみましょーっ!

函館駅にて。さすが金カムの一大聖地♪
函館駅から1駅、JR五稜郭駅が最寄駅となります。

五稜郭駅から徒歩で2.4km(30分程度)か、バス(こちらも30分)で五稜郭後に到着します。

▪️五稜郭の攻めどころ
①外国の脅威が迫る中、1857年に江戸幕府が築城を開始、7年後の1864年に完成しています。
②当初は外国からの侵略に備えていましたが、皮肉なことに幕末の内戦(戊辰戦争)で戦火を交えます。
③榎本武揚ら幕臣が立て籠もり、新政府軍を迎え撃ちます。
④築城当初にあった函館奉行所の建屋(塔部分)の背が高く、遠く函館港付近からの新政府軍の艦砲射撃の際の目印となってしまいました。
④稜堡(りょうほ)と呼ばれる外郭に突き出した5つの角が特徴で、星形の五角形は死角をなくし、互いに援護射撃ができるように設計されています。
⑤「日本百名城」(No.2)に選定されています。

五稜郭に由縁のある歴史上の人物
五稜郭はぐるっと一周広い堀に囲まれています。
一の橋を渡って城内に入ります。
城壁と同様に美しい星形に堀が巡らされています。
二の橋
奉行所門を通り城内に入ります。
城内には土塁、石垣があります。
城内中央部に建つ函館奉行所。
築城当時からあり、現在のものは当時と同じ建材、工法で当時の3分の1の大きさで復元されたものです。
城の中央は広い芝生広場になっています。
かつては奉行所付随の建物が20棟も建ち並んでいたらしい。
ここも金カム推し。御城印。
奉行所建屋の中には五稜郭にまつわる展示もあります。(入場は大人1名500円です)
当時の大砲
土塁の上、かつてここに大砲などを引き上げました。今もその引き上げに使われた坂が残っています。
城に隣接して五稜郭タワーが聳えたっています。
五稜郭タワー。早速行ってみましょう!
ちょうどゴールデンカムイの「黄金に染まる函館」のイベント期間中でした。
アシリパ 等身大パネル
土方歳三像と幕府軍、新政府軍のそれぞれの大砲か展示されています。
展望台からは五稜郭の美しい星形が全て見渡せます♪
金カム 土方歳三
本当に見事な星形!
土方歳三の坐像もあります。
360度のパノラマビュー
函館山もこんなに近くに見えるんです!
五稜郭の歴史や函館戦争時のミニチュアも多数展示されています。
五稜郭タワーを出たところに建つ「函館戦争供養塔」です。全没者が祀られています。

「5分で紹介」「五稜郭」おしまいです。
石垣に刻まれた時間に、また1つ歴史の風を感じた日だったよ。

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五稜郭の春

明治二年(1869年)の春。
蝦夷地の空はまだ冷たく、五稜郭の堀には薄氷が残っていた。

土方歳三は土塁の上から遠くを見ていた。かつて新選組副長として京を駆けた男は、今や旧幕府軍の陸軍奉行並として最後の戦いに臨んでいる。

「ここで終わりかもしれんな」
誰に言うでもなく呟く。

前年、榎本武揚らとともに蝦夷地へ渡り、箱館政権を樹立した。しかし新政府軍は圧倒的な兵力で迫り、戦況は日に日に悪化していた。
それでも土方は諦めなかった。
部下たちの前では常に毅然としていた。
「戦えるうちは戦う。武士の意地を見せろ」
その言葉に兵たちは奮い立った。

五月十一日。
新政府軍が総攻撃を開始する。
箱館市街では激しい戦闘が続き、味方は次々と後退した。

土方は馬に乗り、前線を駆け回った。
敵弾が飛び交う中でも恐れる様子はない。
新選組時代から変わらぬ姿だった。

やがて一本木関門付近。
味方の守備が崩れかけているとの報を受け、土方は自ら増援を率いて向かった。

「退くな!」 叫んだその時。
一発の銃弾が土方を襲った。
馬上の体が大きく揺れる。
胸を撃ち抜かれていた。
土方は静かに崩れ落ちる。
享年三十五。
土方の死は瞬く間に広がった。

数日後、五稜郭は降伏した。
旧幕府軍最後の戦いは終わりを告げる。

もし土方が生きていれば、新しい時代をどう見ただろうか。
その答えを知る者はいない。
ただ一つ確かなのは、幕末という激動の時代を最後まで戦い抜いた男がいたということだ。
五稜郭の星形の城郭は、今も静かに北の空の下に佇んでいる。そこには、最後の瞬間まで刀ではなく信念を握り続けた土方歳三の影が残っているようだった。
遺体は混乱の中で埋葬場所が定かにならず、今も確かな墓所は分かっていない。

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