「5分で紹介」京都|「福知山城」攻め
いざ!城攻めじゃあ!
全国各地にある城を攻めまくり、「天下統一」を目指すことにしたよ。
これは、そんな夢見がちな「足軽サラリーマン」の ”城攻め” の記録を5分で紹介する記事です!
こたびの戦で攻めるのは、日本人なら誰もが知る歴史的大事件の主人公「明智光秀」公が築いた「福知山城」です。
大河ドラマ「麒麟が来る」でも取り上げられましたよね。長谷川さんかっこよかったですね!
近年では、なぜ主君「信長」に反旗を翻したのかといった研究も進んでいる様です。
知れば知るだけ"単なる謀反の首謀者"、"裏切り者"、"主君殺し"と言った不名誉な立場から、「武士として、人として、譲れぬ正義」が光秀を突き動かしていたことが段々と明らかになってきました。
京都とは言え、御所がある京都中心部から80km以上離れた丹波の地に築かれた福知山城、早速攻めてみましょう!
▪️福知山城の攻めどころ▪️
①1579(天正7年)に、丹波を平定した光秀公が、この地に築きました。
②天守は明治政府の廃城令で取り壊しにあい、昭和の時代に再建されたものです。当時を再現した物なのでなかなか雰囲気を放っています。
③北近畿エリアで唯一の天守を備えた城郭です。
④別名「竜ヶ城(たつがじょう)」とも呼ばれてます。かっけえー♪
⑤最大の見どころは光秀が築城した当時からの石垣(野面積み)の中にはめ込まれた「転用石」と言う石です。
野面独特の自然石に混じって墓石やら五輪の塔やらの人工物が至る所に積まれています。なんと石垣内に500個以上、中には石臼などもあるとか!
⑥天守入口の目の前にドドンとある「豊磐の井戸」(とよいわのいど)は、深さなんと50m!本丸内の井戸としては日本一の深さだとか。



街を挙げての光秀色が濃い!

アーチの角度がエグっ!











福知山城の天守です!



マジかーっ(←まったくの無計画)
天守に登れると思ってワクワクで来ていた外国人観光客も私と同じリアクション笑

深さ50mの日本一です♪



さて、福知山城の代名詞とも言える石垣の転用石を見て回りましょう!




これ光秀公が築いた時から石垣の材料として積まれており、現在も我々を楽しく驚かせてくれます♪


めちゃくちゃイケメンじゃんか!

天守には上がれませんでしたが、福知山城は外からでも色々と楽しめる、すごい城でした。
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福知山城 ―炎の報せ
丹波の空は、いつも低い。
霧は山々の稜線をなぞり、谷を満たし、人の心まで湿らせる。
ここは京とは違う。華も、秩序もない。あるのは土豪たちの猜疑と、終わらぬ争いだけだった。
光秀は馬上から由良川を見下ろした。
幾度も氾濫し、村を呑み込む暴れ川。
そしてその向こうには、未だ従わぬ丹波衆の城が点々と煙を上げている。
「ここに城を築く」
そう口にしたとき、家臣たちは驚いた顔をした。
戦を終えるための城。
支配の象徴ではなく、秩序の礎としての城。それが光秀の考えだった。
時は下り天正十年六月。
丹波の朝は、いつもと変わらず始まった。
光秀が築き、育んだ福知山の城下。
通りでは市の準備が進み、商人たちは荷を広げ、農民たちは川向こうから野菜を運び込んでいた。戦の気配は遠く、人々はようやく訪れた平穏に慣れ始めていた。
城門では足軽たちが槍を立て、眠気を払うように雑談を交わす。
「京では大軍が動くらしいな」
「中国攻めだとか聞いたぞ」
織田軍の進撃は、もはや珍しい話ではない。天下は織田のものになりつつある――誰もがそう信じていた。
その時だった。
街道の彼方に、土煙が上がる。
一騎の早馬が、息を切らせて城へ駆け込んできた。
馬から転げ落ちるように降りた使者は、汗と泥にまみれていた。
「急報! 急報――!」
声はかすれ、言葉にならない。
番兵が支えると、男は震える唇でようやく叫んだ。
「本能寺にて――上様、討たる!」
一瞬、誰も意味を理解できなかった。
上様。それは天下人、織田信長を指す言葉だったからだ。笑う者すらいた。
「馬鹿な。京のど真ん中だぞ」
だが使者は首を振り続ける。
「明智勢……謀反……本能寺炎上……」
城門の空気が凍りついた。
天下が揺れた。
平和とは、かくも脆いものだった。
光秀の築いたこの福知山が、再び歴史の渦に飲み込まれていく。
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「5分で紹介」「福知山城城」おしまいです。 石垣に刻まれた時間に、また1つ歴史の風を感じた日だったよ。
