銀河フェニックス物語【少年編】第十六話 感謝祭の大魔術(まとめ読み版)
銀河フェニックス物語 総目次
<恋愛編>第七話「彼氏とわたしと非日常」
<少年編>第十五話「量産型ひまわりの七日間」
<少年編>マガジン
「二週間後に感謝祭を開く。それまでの間、一切仕事は受けない」
アレック艦長の命令は絶対だ。
戦艦アレクサンドリア号は久しぶりに宇宙空間へと飛び立った。
領空侵犯した敵機を捕獲した後、捕虜が死亡した。人権委員会が仲介に入り銀河連邦とアリオロン同盟の交渉が秘密裡に行われた。中継地点では面倒な尋問と事務作業に追われた。隊員たちには気分転換が必要だ。特にあいつにはな。
**
ほとんど船が通らねぇ辺境空域をパトロールだっつって慣性飛行してるが、これ、仕事さぼってるだろ。訓練時間も短縮されて、感謝祭の準備で忙しい。何に感謝するんだか知らねぇけど祭りは嫌いじゃねぇ。パーティの出し物として俺はヌイと歌を歌うことにした。

防音室でヌイのギターに合わせて、選曲していた時だった。突然、アレックが顔を出した。
「お、レイター、がんばってるな」
何だか嫌な予感がした。こういう笑顔のアレックは大体面倒なことを持ち込んでくる。
「お前に頼みがあるんだ」
やっぱりか。
「なんでぃ」
「感謝祭にアーサーを出演させたいんだ」
「は?」
「あいつももっと、みんなと親睦を深めたほうがいいだろ」
「アーサーなら観客として出席する、って言ってたぞ」
アレックはにやにや笑っている。
「出席じゃない、出演だ」

「あんたが出ろ、って命令すりゃいいじゃねぇか」
「お前がやれ」
「やだね」
「ふ~ん、船を操縦できなくなってもいいのか?」
俺は全身の力が抜けそうになった。
「脅しかよ。大人って汚ねぇな」
「脅し? 違うぞ、艦長命令だ。ヌイ、手伝ってやれ。アーサーと三人で歌ってもいいぞ」
それだけ言うと、アレックは愉快そうな足取りで出ていった。
「お前さん、大変な任務をさずかっちゃったね」
ヌイが苦笑しながらマイナーコードでギターを鳴らした。
「あいつが歌を歌うと思うか?」
「思わないよ」
「だよな」
はぁ。俺は長いため息をついた。
**
近づいてくるレイターの様子がおかしい。何かをたくらんでいる顔だ。
「なあ、あんた、感謝祭に出ねぇか?」
僕はレイターの問いかけの意味がよくわからなかった。
「出席する、と言ったはずだが」
「いや、俺たちと歌、歌わねぇか?」
「……」

新しい嫌がらせだろうか。
僕が歌わないことを、こいつはよく知っているはずだ。僕は音楽に対してコンプレックスがある。
「三人じゃないと困ることでもあるのか?」
「いや別に。とにかくあんたに感謝祭に出てもらいてぇんだよ」
「どうして?」
「知るか」
投げやりになっている。誰かに言われたな。
「誰に頼まれたんだ?」
「アレックさ」
隠すことでもないのだろう、レイターは肩をすくめて答えた。
「艦長が?」
あの人は時々、思い付きで行動する。この感謝祭の開催自体がそうだ。
「とにかく、これは艦長命令なんだよ。だから出ろ」
「それは人に物を頼む言い方じゃないね。それに僕はそんな命令は受けていない」
レイターが貧乏ゆすりを始めた。
「頼む。頼みます。お願いします。出てください。あんたが出ねぇと、船の操縦させてもらえねぇんだよぉ」
手を合わせて今にも泣きそうな顔をしている。こいつにとって船の操縦は食事以上の存在だ。艦長も酷な条件を出すものだ。
「僕が歌わないことは、お前もわかっているだろう」
歌でなければ、協力できないこともないが。
「ちっ、だから、こうして下げたくもねぇ頭を下げてるんじゃねぇかよ」
舌打ちをするレイターにカチンときた。
「お前が船を操縦できなくても僕は一切困らない。出ないと言ったら出ない」
「マジかよ」
レイターの困りきった顔を見ていると、楽し気な気持ちが湧きあがってきた。自覚したことはなかったが、自分は意地悪な人間なのかもしれない。
**
空気が切り裂かれ震えている。拳のスピードが人間のものとは思えない。
ヌイは自室のベッドに腰かけてバルダンの動きを見ていた。気合が入っているなあ。感謝祭で披露する新しい演武だという。

さて、僕らのデュエットはどうなるだろう。坊ちゃんはいい声をしている。本人さえやる気になれば、トリオも出し物としては面白い。
と思ったところへ、がっくりと肩を落としてレイターが入ってきた。一目でわかる。坊ちゃんに断られたな。
「出ないと言ったら出ない、だってさ」
力なくドアに寄り掛かるレイターにバルダンがすかさず蹴りを仕掛ける。レイターが反射的に型で受け返した。そのまま基本形の動きを二人で続ける。組演武か。
「そうだ、坊ちゃんにバルダンと一緒に演武をしてもらったらどうだい」
「それ、いいじゃん」
僕の提案にレイターの目が輝いた。バルダンが肩をすくめた。
「残念だな。アーサーは俺の勧誘をすでに断っている」
「え?」
「創作組演武の相手を探していてな。アーサーに声をかけたんだが、仕事に関わることは出し物としてやりたくない。と断られた」
真面目な坊ちゃんらしい。
「代わりに俺が演舞の相手してやろっか?」
レイターが続く突きを打つ。バルダンが受けながら返す。決まった動きとはいえ、レイターは器用だ。バルダンの攻撃を上手くいなしている。
「お前はチビ過ぎだ。俺がいじめているように見える」
「フン」
「坊ちゃんは仕事に関わらなければ、出てもいいという反応だったのかい?」
蹴りかけた足を止めてバルダンは答えた。
「出たくない、とは言わなかったぞ」
「あいつ、誰にも誘われねぇからな。ほんとは出たいんじゃね?」
「じゃあ、歌と仕事以外の何かを探してみないかい? 彼の趣味は何だろう?」
「あいつの趣味と言えば、仕事だぜ。世界平和が大好きなんだ。あとは難しい本を読むことだな」
「うーん。出し物としては微妙だな」
レイターがはっと顔を上げた。
「趣味じゃねぇけど特技を知ってるぜ。宴会芸にもってこいだ」

「何だい?」
「暗記術だよ。よく番組でやってるだろ。みんながトランプを引く時にちらりとカードを見せて、後で誰が何を持っているか当てるやつさ。あいつなら百発百中だぞ」
「確かに」
バルダンも相槌を打った。アーサーの記憶力は高性能のカメラ並みだ。見たものすべてを暗記する。天才と呼ばれる所以だ。けど、僕は賛同できない。
「それ、誰も驚かないよ。隠し芸でも何でもないし、坊ちゃんがやりたがるとも思えない」
「隠し芸か。じゃあ、音楽が苦手なのに実は音階暗号譜の解読ができるってのは?」
「それは仕事」
「早食いは? あいつ食べるの早いぜ」
「俺は負けんぞ」
バルダンが手を挙げた。白兵戦部隊は大食いで早食いだ。
「ですよねぇ」
早くも煮詰まった。
「お前たちは、何歌うんだ?」
子どもの頃に合唱団にいたというバルダンは歌に興味がある。
「まだ、検討中さ。オリジナルも入れたいけれど、みんなが盛り上がれる曲がいいよね。リクエストあるかい?」
「レイター、お前、ギミラブ歌えよ。あれは盛り上がるぞ」
銀河の歌姫の大ヒット曲で不倫のバラード『ギブ・ミー・ラブ』。レイターが路上ライブで披露したのを聞いたことがある。元歌手の僕が嫉妬するほどうまかった。バルダンもあの時のことが頭にあるのだろう。
「受け狙いに走り過ぎだろ」
「今更何を言ってやがる」
「みんなが知っている曲だし、いいかもね」
僕も賛同した。
「俺がギミラブ歌うなら、隣でアーサーに歌姫の仮装させようぜ」
レイターは次から次へとアイデアを思いつく。
「ふむ、確かに女装してもべっぴんさんだな」
バルダンが悪乗りする。
「お前さんたち、坊ちゃんが女装すると本気で思ってるのかい。レイター、お前さんが歌姫の格好をしてギミラブ歌えばいいだろ」
レイターが口をとがらせた。
「俺じゃつまんねぇよ。意外性があるから隠し芸なんだろ。女装じゃなくていいから、あいつに仮装させてぇな」
バルダンが身を乗り出す。
「仮装か面白いな。何に仮装させる? ロックスターか」
「歌わねぇロックスターより、いいアイデアがあるぜ」
「なんだ?」
「将軍様さ」
「バカか、親睦会だぞ」
パシンッとレイターの頭をバルダンがはたいた。
僕もレイターをはたきたいと思った。アーサーと一般隊員の間には見えない壁がある。『将軍家のお坊ちゃん』という呼び方は親しみを込めているわけではない。

「痛ってぇなあ。将軍の格好であいつが踊ったら受けるぞ。面白れぇんじゃん」
「面白いことより、坊ちゃんを感謝祭に出させることが大事だろ」
「う~ん。じゃあさあ、将軍の格好で手品はどうでぃ」
「手品?!」
僕とバルダンは顔を見合わせた。それは隠し芸という感じがする。しかし、手品ってどうやってやるのだろう。
レイターが手のひらを差し出した。
「小銭貸してくれや」

「これでいいか」
バルダンが五百リル硬貨をレイターに渡した。
「タネも仕掛けもありません」
レイターが手品師の様な口上を始めた。
「そりゃそうだ、俺のカネだ」
「右手に握ったこのお金」
そう言いながら硬貨を握った拳を、一旦手の甲をむけるようにひっくり返した。
「どうやら旅に出たようです」
そう言いながらレイターは、左手で右手の甲をバチっと叩いた。右手の拳を握ったまま表を向ける。旅に出た、って文字通りに受け止めれば無くなっているはずだ。手品らしい手品だ。レイターがやりたいイメージは伝わる。
レイターがゆっくりと指を開いていく。これで硬貨が無くなっていたら凄いが、そんなことあるはずがない。こんなに近くで、ずっと目の前で見ているのだ。
ところが、
「えええええっー」
僕とバルダンは二人して大声をあげた。
あり得るはずのない事が起こった。手のひらから硬貨は綺麗サッパリ無くなっていた。
「俺のカネどうしやがった!」
バルダンがレイターの襟ぐりを締める。
「ぼ、暴力反対」
「バルダン落ち着け」
バルダンを引き離す。レイターが手品を続けた。
「どうやら帰ってきたようです。でも旅にはお金がかかったみたい」
そう言いながらレイターが右手を開くと、そこには百リル硬貨があった。
「おい、何の真似だ」
「面白かっただろ?」
「俺のカネ返せ」
バルダンが殴りかかろうとする。僕は財布から五百リルを取り出してバルダンに渡した。
「ほら、バルダン。僕のお金を渡しておくよ。後からレイターから取り立てておくから」
「ちゃんと取立てろよ。お前、レイターに甘いから」
レイターはへへへと笑っていた。こいつ、僕に返すつもりは無いだろう。それでも、今の手品は上手かった。だから、まあいいや、感動代だ。
「お前さん、他にも手品できるのかい?」
僕は聞いた。
「トランプある?」
「レクリエーション室にあるぞ」
バルダンがトランプを取ってきた。
「タネも仕掛けもありません」
レイターは手慣れていた。カードを切るその指遣いが美しい。思わず見とれる。
「お前上手いな」
バルダンも感心している。レイターが調子に乗ってカードを扇の様に開いたり自由自在に操っている。
「お前さん、感謝祭でそれを披露すればいいんじゃないかい」
「だから、俺がやっても面白く無ぇだろが」
「面白いけどな」
「違うだろ、アーサーが将軍の格好してやったら面白いって話だろ」
忘れていた。坊ちゃんをどうやって感謝祭に出させるかという話だった。
レイターは鮮やかな手つきでカードマジックを披露した。これなら坊ちゃんも乗ってくるんじゃないか。そんな予感がした。
**
自室で物質構造の論文を読んでいる時だった。
レイターがヌイを連れて入ってきた。歌の練習ならお断りだ。
「アーサー、感謝祭のことなんだけど」

ヌイに誘われても答えは同じだ。
「お断りしたはずです」
レイターが馴れ馴れしく寄ってくる。
「まあまあ、人の話は最後まで聞けよ」
ヌイの提案は意外だった。
「お前さん、マジックやらないかい?」
マジック? 不思議がる私の前でレイターが五百リル硬貨を取り出した。
「タネも仕掛けもありません」
レイターがコインを握った右手の甲を叩いた。
「はい、この五百リルは旅に出ました」
何を言ってるのだろう。不思議に思って見ているとレイターが開く手のひらの中にコインが無かった。
「え?」

不覚にも驚いてしまった。冷静に考える。コインが消えるはずは無い。レイターの動作を思い出す。
「袖だな」
僕の答えにヌイが驚いた顔をした。当たりだ。コインを袖に落として手を握ったのだ。
「ご名答」
レイターは驚きもせずにカードを取り出した。
「じゃあ次はこれだ」
器用にトランプをシャッフルする。
右手から左手へと整列したままカードが宙を飛ぶ。円を描いたカードが一瞬で束に収まる。伸縮自在な生物のようだ。思わず息を飲む。
扇形に広げられたトランプが眼前に突き付けられた。数字が描かれた面は下を向いていて僕にもレイターにも見えない。
「ここから好きなカードを一枚引いてマークと数字を覚えな。忘れるなよ」
忘れることのできない私に忘れるな、というのは冗談のつもりなのか。引いたカードはハートのクイーンだった。
「さて、俺には見せねぇでカードをこちらに戻してもらおうか」
レイターが机の上に置いたトランプ束の上に、抜いた一枚を乗せた。
「それ、自分で納得いくまで切って」
カードを切りながらもレイターの動きに注目する。手品師はテクニックでカードをコントロールする。カードは僕の手にあり、レイターに不自然な動きはない。束を机の上に戻した。
「さて、あんたの選んだカードは……」
もったいぶるようにゆっくりとカードを指さした。
「ハートのクイーンだ。どうだい?」
「……当たりだ」
マジックなのだから当てるだろうという予測はしていた。だが、どうやって。トリックは見破れていない。
満足げな顔をしたレイターが机の上にあるトランプの束を私に手渡す。
「ちょっと確認してくれねぇか。あんたの大切なハートのクイーンさまがお出かけしてねぇか」
出かけているだと? 一枚ずつ確認する。ハートのクイーンが無い。
「あれ、女王さまは俺のことが好きなのかな?」
そう言いながらレイターは胸のポケットからカードを取り出した。
女王が描かれたハートのクイーンだ。
レイターの動作を思い返す。どこかで何かをしているはずだ。記憶を手繰り寄せる。
「手渡す際にカードの束をすり替えたな」
僕の答えにヌイが驚いた。
あいつが「確認してくれねぇか」と僕にカードを渡す瞬間、手で死角ができていた。普通に見ていても気づかない。だが僕は脳内で何度でも速度を変えて再生ができる。クイーンの入っていないトランプとすり替えたタイミングはここだ。
レイターは平然としていた。
「さすが天才、と言いてぇところだが、そいつは、俺がカードを当てた種明かしにはなってねぇぜ」

悔しいがレイターの言う通りだ。どれだけ記憶を再現させても、あいつは胸ポケットに触っていない。最初からカードはポケットにあり、僕はハートのクイーンを引かさせられたということだ。一体どうやって?
「あんた、トリック知りてぇだろ?」
知りたい。だが、教えてもらいたい訳では無い。自分で見つけたい。
「あんたなら考えられると思うんだよな」
「何をだ?」
「スペクタクル大魔術さ」
こいつは何を言っているんだ?
「奇跡の大脱出ってマジック知ってる? 鎖で縛った箱ん中から人が別の場所へ移動するやつ」
子どもの頃、マジックショーの番組で見たことがある。
「知っているが」
「あれ、やりてぇんだよ」
全く意味がわからない。ヌイが首をかしげて聞く。
「アーサーに手品をやってもらうんだろ?」
「そうさ。さっきまではテーブルマジックって思ってたけど、こいつにやらせるならイリュージョンのが面白いじゃん。将軍に仮装してやったら受けるぞ」
将軍に仮装だと。
「お前、何を考えているんだ」
「とにかく、まずそのカードを切って操ってみな」
手にしたトランプをシャッフルし、扇形を作ってみる。
「貸してみ。こうやるんだよ」
あいつが手にした瞬間、カードが動きだした。鮮やかな羽を広げる鳥の様だ。滑らかで流れるようなモーションに目が奪われる。レイターは身体は小さいが指が長い。手品に向いている。シャッフルする中から一枚が私の方へ飛んできた。
カードを掴むとスペードのエースだった。

「これくらいはできねぇと、マジシャンって感じが出ねぇだろ」
興味が湧いてきた。マジックというよりあのカード捌きをやってみたいと思った。指の動きでカードを自在にコントロールする。自分は不器用では無い。少し練習すればできるだろう。
レイターに教えてもらう必要は無い。あいつの動きは全て記憶している。頭の中から引き出して再現すればいいのだ。
カードを再度手に取る。レイターの手の動きを思い出す。
「お前さん、上手いよ」
ヌイが私の動きを褒めた。
だが、レイターはニヤニヤしている。あいつはわかっている。滑らかさのレベルがまるで違うことに。
「じゃ、練習用にこいつをやるよ」
そう言ってレイターがもう一組のトランプを取り出した。何だこのカードは。五十二枚全てがハートのクイーンだ。どれを引いてもハートのクイーンしかないのだから当たるに決まっている。
僕としたことが、トランプに種が仕掛けられていないか確認するのを忘れてしまった。最初のカードさばきに見とれたせいだ。
こんな簡単なことに気づけない自分が可笑しかった。
「手品、やってみるか」
自分でもどうしてそんなことを言ってしまったのかわからない。
「イヤッホー、将軍」
レイターがバク宙をした。
「将軍の仮装はしないからな」
それだけは、何がなんでも絶対にしない。
隊員たちが僕のことを「将軍家のお坊ちゃん」と揶揄して呼んでいることは知っている。いい気はしない。僕が「その呼び方はやめてください」と言えば、おそらく誰も使わなくなるだろう。だが、それは根本解決ではない。僕個人の快か不快かで思料する話ではないのだ。連邦軍に影響があるかどうかで判断すべき案件だ。僕は十二歳で特別待遇を受けている。これは事実であり、やっかみに対するガス抜きであれば、このままにしておいた方がいい。一方で放置することで将軍家への信頼が損なわれるのであれば、対策が必要だ。
対策というほどのことではないが一つのアイデアが浮かんだ。「坊ちゃん」という要素を自から減らしてみよう。
*
「このコンテナ、大魔術に使えそうだぜ」
自分の身体がすっぽり入るケースを抱えてレイターが部屋へ入ってきた。食糧庫で見つけたという。
スペクタクル大魔術の流れはこいつが考えた。コンテナにレイターを閉じ込めて、鍵をかけた上に鎖でしばる。コンテナに布をかけて回転台でくるりと回す。
鍵を外してふたを開けるとレイターはいない。舞台の袖からヌイと歌いながら出てくるという構成だ。
ここまでやりたいというのだから、てっきりレイターはトリックをわかっているのかと思ったが、
「あん? トリックなんて知らねぇよ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「それを考えるのが天才の仕事だろが」
そういうことか。私に考えろと。

「ちなみに、俺、こんなことできるぜ」
どこから持ってきたのか手錠を自分の手首につけると、一瞬で器用に抜いて見せた。
「今のはトリックじゃないな。物理的に関節をはずしたのか」
「さすが天才」
レイターは身体が柔らかい。狭いところで動ける身体能力もある。こいつは密航してから二週間、この艦の配管設備の中で暮らしていたのだ。この能力は役立ちそうだ。
「ほら、これ見たらあんたならわかるだろ」
マジックショーの動画が大量に集めてあった。映像を脳内にインプットしイリュージョンを分析する。仕掛けはすぐにわかった。
「観客席側に仕込みがあるな。これと同じものを作ればいい」
レイターに説明をするとあきれた顔をされた。
「あんた、そんな大掛かりなものを誰が作るんだよ。工務部に頼むつもりかよ」
仕掛けを自分たちで作らなくてはならない、となるとトリックが制限される。アレクサンドリア号の構造を一から見直した。新しい物事を生み出すのは難しい。だが刺激的だ。つい、仕事中も脱出方法について考えていた。いけない。こんなことは初めてだ。
*
さらに私はつまづいていた。
イリュージョンの前に私がカードマジックを披露することになったのだが、レイターが名付けた「クイーンのお出かけ」のためのカード捌きが思うようにできなかった。
「あれぇ、お坊ちゃんはまだできないんですかぁ?」
面と向かって馬鹿にされることに対し、自分には免疫がない。情けなさ、怒り、苛立ち、恥ずかしさ。激流の川下りのように湧き上がる感情に名称を付け分類することで冷静さを保つ。
何とかあいつと同じように、いやそれ以上にうまくやりたい。自分に出来ないはずがない。何度もやってみるが違う。何がいけないのだろう。
「一体どこでこんな技を覚えたんだ?」
「そりゃ、ダグんとこだよ。学校の手品クラブだと思ったかい?」
そうか。賭場か。
「カレットじいさんは凄かったぜ」
その名前に覚えがある。
「テーブルマジックの異彩、カレット・メアか?」
三十年以上前に引退したプロのマジシャンだ。最後は確か賭場を巡る抗争に巻き込まれて命を落とした筈だ。

レイターがニヤリと笑った。
「さすが、物知りだね。天才のあんたは俺の真似すりゃできるって思ってるだろ。でも、いくら見たってわかんねぇと思うぜ」
「どういう意味だ」
「カレットじいさんが俺に教えたのは、目に見えねぇことだったからさ」
目に見えないこと。レイターは語彙力は少ないが時に真実を含む言葉を放つ。
「カーペンターもそうだったんだよな。最初は言ってる意味が全然分かんねぇんだけど、ある日、急にわかっちゃったりするんだ。師匠って何だか似てるな」
レイターが師匠と仰ぐ元S1レーサーの「超速」バラドレック・カーペンター。

彼から何を教わったのかわからないが、レイターの操縦は尋常ではない。生まれつきの才能に加えて、師匠が正しいルートで導き、最短でたどり着いていると推知できる。
一方でこれまで私には師匠と呼べる人はいない。文献を読み独学で解決してきた。
「あんた、俺の弟子になるなら教えてやるぜ」
ニヤニヤしている表情が腹立たしい。
「結構だ!」
感情的に大声を出してしまった。そんな自分に落ち込む。あいつはどうしてこうも私を苛つかせるのか。
昔の人は、師匠の技術を「見て盗め」と教えたと言う。だから私にできない筈はない。自分のカードの扱いを頭の中のレイターの動きと照らし合わせる。指の角度、速さ、タイミング。コピーは完璧に出来ている。
なのに違う。異なっていることは明確だがどこに差異があるのか不明だ。「師匠が教えたのは目に見えないもの」か。あいつは一体何を学んだのだろう。
自分の目では限界だ。客観的に他人に見てもらう必要がある。思いついたのは一人しかいなかった。
「私のカードの扱いを見ていただけませんか?」
ヌイは驚いた顔をした。迷惑だっただろうか。
「自分ではわからないんです」
言い訳の様に理由を伝えた。
「喜んで見せてもらうよ」

呼吸を落ち着けてカードをシャッフルする。右手と左手に分けて持ち二つの扇の様に広げた。自分の中のイメージ通りに指を追随させる。手をクロスさせながらSの文字を作り、蛇の様に動かす。
ヌイは拍手をした。
「いやあ、坊ちゃ、いやアーサー。凄いよ。この短期間でここまでできるなんて。まるでプロのマジシャンの様に見えるよ」
「ありがとうございます」
褒められると少しホッとした。でも、私が求めていることは褒めてもらうことではない。
「レイターとは違う気がするのです」
「うん、違うね」
即答だった。
「どこが違うのでしょうか?」
ヌイが考え込んだ。全てを記憶する私がわからないのだ、難しい問いだ。
「僕に答えられるのは、あくまで僕が見たイメージだけれど、お前さんのカードはお前さんが綺麗にカードを動かしている。レイターの場合は、勝手にカードが動き出していた。生きているっていうのかなあ。カードに命が吹き込まれている。別個の生命体をあいつはただ支えているだけ、という感じ」
ヌイは作詞をしているだけあって、レイターと違い語彙力が豊富だ。言語化する能力が高い。レイターのカードが持つイメージがよく伝わる。
「動きはコピーしているんです。角度やタイミングは同じです」
「うーん。ここから先は、ムーサの世界かもね」
ムーサ。ヌイが信奉している音楽の女神か。ヌイはギターを取り出した。
「同じに見えても、音は変わるんだよ」
ヌイがコードを二回鳴らした。同じ場所を同じように。それなのに一回目と二回目では違って聞こえた。音楽が苦手な私でも聞き分けられる。
「見るだけでは分からない違いがたくさんあるよ。微妙な力の入れ方とかね。最後はハートだ。精神性と言うのかな、レイターのあのカードさばきは、芸術の域にあるんだと思う」
ヌイの言葉の意味は理解できた。同時にそれは、私には出来ない、と言われている様に聞こえた。
「そんな難しい顔しないでおくれ、お前さんはこれでプロになるわけじゃないんだから。感謝祭の出し物としては申し分ないよ」
ヌイの言っていることは正しい。だが、釈然としない。
「どうして、レイターはそれが出来るんでしょうか?」
「うーん。あの子はいい先生に恵まれているね。一流、と言うのかな。本物に触れて育ってる」
やはり話は師匠へと辿り着く。カレット・メアはプロのマジシャンの中でもトップクラスだった。ヌイはレイターの過去をどのぐらい知っているのだろう。
「一流の人だったんだと思うんだよね。レイターの母親って」
「母親、ですか?」
ヌイが持ち出した名前はカレット・メアではなかった。住民データベースに偽造情報が登録されていたレイターの母。
「セントラル音楽学院で音楽を学んだと言うだけでもすごいけど、あいつを見てると伝わってくるんだ。ムーサに本気で愛されてた人だって」
セントラル音楽学院は難関の名門校だ。音楽の技術は確かだったのだろうが、偽造登録で入学できるとは思えない。違和感に包まれる。
「レイターの弾く鍵盤聞いたことあるかい?」
「いえ」
「凄いんだよ。技術が」
「そうなんですか」
初耳だ。

「だから、彼のお母さんは外で弾くな、ってレイターに言いつけていたんだそうだ」
「上手いのに、ですか」
「あいつにとって鍵盤を弾くのはゲームなんだよ。速く間違えないでボタンを押すっていう。そこに、精神性や芸術性がまるでないんだ。不思議な子だよ、歌やギターだと感情を表現できるのに、鍵盤だと出来ないんだ。だから、母親は封印したんだと思うんだよね」
「封印する必要があったのでしょうか」
「僕の想像だけれど、技術が秀でた子どもは、すぐ天才少年って持ち上げられるからね」
天才少年、と言う言葉が引っかかる。自分はずっとそう呼ばれて育ってきた。
「アーサー、お前さんはいいんだ、僕らが考える天才と同じことができるんだから。でも音楽の天才は技術が上手いだけじゃダメだ。レイターのお母さんは一流だから、そこを勘違いさせないで、ちゃんと育てたかったんじゃないのかなあ。あいつは表現において芸術的なセンスを持ち合わせているから」
「それで心を動かす実演ができると」
「それだけじゃないよ。あいつが身に着けている音楽の知識は半端なものじゃないんだよ。素晴らしい教育者が正しい道を導いていたのに、僕では続きを教えてあげられない。ほんとムーサに申し訳ない」

残念そうに肩を落とすヌイの話を聞きながら、私は自分自身を振り返った。
「私にはこれまで師と仰ぐ人がいませんでした。自分の成長の限界が見える気がします」
一流の素晴らしい教育者、すなわち師匠とのやりとりから人は壁を超えて成長する。レイターには母がいて、カレット・メアがいて、カーペンターがいた。本物に直接触れる、という関わりがあった。見て盗む中にも関わりが存在する。私は自分がこれまで関わりと言う部分を軽視していたことに気づいた。
「随分と恐れ多いことを言うね。お前さんのその柔軟さはまだまだ成長を感じさせるよ。ところで、一人称を変えたんだね」
「はい」
ヌイは気が付いてくれた。
「いいと思うよ。お前さんは十二歳に見えないから、僕より私のほうがしっくりくる。坊ちゃんと呼びにくくなったよ」
ヌイとの会話を通じて、私はある決意をした。 それは相当にハードルの高い決意だった。
何と言ってもレイターを師として仰ごうというのだから。
自室に戻るとレイターはベッドに寝っ転がってレース動画を見ていた。

いざ、本人を前にすると上手く言い出せない。「師匠になってください」か「弟子にしてください」か。そんなことを言ったら「師匠と呼べ」とか「金払え」とか言い出しそうだ。
やはり無理だ。あきらめかけた私にレイターは身体を起こして声をかけてきた。
「どうかしたか?」
こいつは何かと目ざとい。私の迷いを敏感にかぎ取る。どうにでもなれという気持ちで口にした。
「カードのシャッフルを教えて欲しいんだ」
「あん? あんた、俺から教わりたくねぇんだろ」
警戒した目で私を見る。
「自分でできると思っていたが無理だった。お前が師匠から教わった目に見えないものは私一人では掴めない。お前から教えてもらわないことには先へ進めないと判断した」
正直に伝えるとレイターは天井を見上げた。
「う~ん、この先を教えるのって、難しいんだよな。あんた、形はちゃんとできてるんだから」
それはわかっている。だからその先を知りたいのだ。だが、目に見えないものは存在が確認できないことと同義だ。
「じゃあ、カレットじいさんの言葉通りに伝えるぜ、血液の流れる音を聞け、だ」
「血液の流れる音?」
「ここじゃ難しいかもな。静かなところじゃねぇと」
宇宙船内は常に音がしている。
「それは、物理的に聞こえるものなのか?」
「う~ん、ある日、突然聞こえた気がしたんだよな。カードを持つ指先から足の裏までつながって流れてるのが」
実際に聞こえたのかは不明だが、意識をしなければ聞こえない世界だ。外から見た形を追うだけではない、本質の部分に近づいていく様な感覚がある。
そして気がついた。自分が想像していた以上に簡単にレイターが極意を教えてくれたことに。私はこれまで人に教わるという経験がほとんど無かった。自己完結出来ない世界に飛び出すことに躊躇し、自分でハードルを設けていたのでは無いだろうか。
「お前の師匠、カレット・メアに会ってみたかったな」
「偏屈だったけど、爺さんは命の恩人なんだ」

「命の恩人?」
レイターはベッドから飛び降り、スッと近づいてきた。一瞬、違和感を感じる。
「何をした?」
「やっぱ、あんたには気づかれるか。ほとんどばれたことねぇんだけどな」
レイターの手にあったのは、私の階級証明カードだった。
「なっ?」
私は驚いて胸ポケットを確認した。カードがなかった。いつの間に抜き取られたのか。
「ダグに命狙われてから、飯を調達するのも大変でさ。スリでも万引きでも何でもやったんだ。爺さんから技を教わってなかったら、俺は飢え死にしてたところさ。笑えることに、マジックの練習も元々はダグから言われて始めたんだけどな。なぜか、船の操縦もぐんとうまくなるからやめられなくてさ」
師匠が教えた技術は、手品だけに収まるものではなかった。
こいつは気配を消して近づいてくる。本人が気づいているかわからないが、身につけた身体の動きや集中力が、船の操縦にも戦闘能力にも生かされている。そして、スペクタクル大魔術にも。
**
艦長室のドアからするりと幼い顔が入ってきた。いつも思うが猫の様な身のこなしだな。
「アーサーは、感謝祭に出演するからな」
「ほう」
「艦長命令に従ったんだから、俺が船を操縦するのを止めるなよ」
「わかった。好きにしろ」
アレックは感心した。こいつは餌を吊るすと難題でもきちんと仕上げてくる。使える奴だ。

「あいつがてこずってるの見ると面白いぜ」
「天才がてこずってるのか?」
「マジックやらせてんだけど、アーサーの奴、完璧を求めるからさぁ」
これは面白い。隊員との親睦を、と考えたことだがアーサーに思わぬ経験を与えているな。
「で、相談があるんだ。あいつに将軍の仮装をやらせてぇんだけど」
「お前、何考えてるんだ?」
「面白いだろ」
「面白いな」
「で、あんたの勲章貸して欲しいんだ」
「大佐の俺のじゃ、将軍には足りないぞ」
「いいんだよ、作りものじゃねぇ、ってとこが大事なんだ。昔、将軍と一緒にもらった奴があんだろ」

「ふむ、これか」
俺は引き出しから古い勲章を取り出した。
「サンキュー」
ひったくるように手にすると、レイターは来た時と同じようにスっと姿を消した。あいつとはどうも気が合う。拾って良かったな。
**
血液の流れる音、にはたどり着けていない。
だが、身体を動かすための集中力が一段上がったように感じる。カードの動きが少しレイターに近づいた。気が付くと感謝祭のことばかり考えている。
「アーサー、がんばってるな」
廊下ですれ違いざまアレック艦長に声をかけられた。
「は、はい」
足を止め反射的に答えたが、何をがんばっていると言われたのか、すぐにはわからなかった。
「スペクタクル大魔術のトリックをこっそり俺に教えてくれ」
艦長は嫌味を言う性格ではない。だが、仕事に集中できていないことを指摘されたように感じた。
「すみません、勤務外のことにうつつを抜かしており」
「何を言っとる、感謝祭は勤務だぞ。俺はお前が将軍に就任するのを楽しみにしているんだ」
「は?」
艦長は機嫌よさげに去っていった。レイターのバカが何か言ったに違いない。艦長は大きな勘違いをしている。
スペクタクル大魔術のトリックは思いついた。勤務中も考えていた成果だ。配線溝を利用した大掛かりな仕掛けだが、思ったよりスムーズに完成した。というのも、レイターは戦闘機の整備を自分でやるだけあって工務部並みに大型工具を扱えたのだ。
ただ問題があった。
「これじゃあ間抜けなんだよ」
レイターが腕を組んでコンテナを見つめる。抜け出した後、舞台裏まで移動するのに想定以上に時間がかかっていた。
「あんたもやってみろよ。関節外してこの狭い中を匍匐前進って。これ以上早くは無理だぞ」
やれと言われても、私は入ることすらできない。
「もう少し広い会場なら、ジェットボードで移動するという手はあるがこの狭さでは無理だ」
「じゃあ、艦幅広げてくれよ、天才」
肩をすくめたふざけた態度に返す声が荒くなる。
「できるわけないだろ」
「あんたって、冗談がわかんねぇんだな。艦幅広げてみるか、って笑えばいいのに」
「……」
冗談だったのか。コミュニケーションの判断は難しい。
「じゃあさ、ジェットボードの代わりにブースターブーツはどうだ」
「リスクは低くなるが、危険だ。それに噴射の際に音が出る」
「音ならノープロブレムだ。解決策はある。ただ、あんたに問題があるな」
「私に?」
「あんた、音楽苦手だろ?」
*
感謝祭は食堂とその隣の大会議室をつなげて行われる。
前日、出し物の参加者それぞれに会場を使ったリハーサルの時間が割り当てられた。
ヌイとレイターはギターを手に音響の確認をしていた。二人はプログラムのトリを務める。私の出番はその直前、前座の様なものだ。
「これは何なんだ!」
レイターから手渡されたものを広げて私は思わず声を荒げた。
「あん? マジシャンの衣装だよ」
黒いひざ丈のワンピースだった。細かなビーズがいくつも縫い付けられエスニック調の模様になっている。
「女装はしない」
レイターに衣装を突き返すとあいつは噴き出して笑った。
「女装じゃねぇよ。この下に黒のスラックスはくんだよ。確かにこのまま女装でも面白いけど」

大声を出した自分が恥ずかしくなった。どうしてこいつといると感情がコントロールできなくなるのか。
黒マントと帽子も用意されていた。ライトを浴びると小さな飾りが反射して輝く。
「帽子やマントの必要があるのか?」
「あんた、技術が未熟なんだから衣装やパフォーマンスでカバーするしかねぇだろが。マジシャンらしいほうがみんな騙されやすいんだよ」
師匠の言葉に私は反論できなかった。
「似合うじゃん」
レイターが黒づくめの私を見て言った。

「お前は似合わないな」
「うるせぇよ。何といっても俺は王子さまだからな」
蝶ネクタイにタキシードという衣装はサイズがあっておらず、まるでコメディアンのようだ。ぶかぶかなズボンの中に見えないようブースターシューズを履いている。
リハーサルの最初はカードマジック「クイーンのお出かけ」だ。束の入れ替えがマジシャンの衣装で問題なくできるかチェックする。動きやすい。よく計算されて作られている。
レイターにカードの扱いを見てもらう。
「いいか、ここから後はイメージだ。あんたは邪悪な魔導師だ。カードの蛇を思い通りに操って、女王をさらう」
邪悪な魔導師。この黒づくめの衣装はそういうイメージなのか。こいつの発想には恐れ入る。と同時にレイターが目に見えないものを自分に伝えようとしているのを感じた。
続いて、スペクタクル大魔術だ。
音楽がスタートした。
「あんたちゃんとBGMに合わせて動けよ」
と言いながらレイターはコンテナの中に入った。
「わかっている」
ゆっくりとふたを閉める。ブースタの点火音を消すため音楽とタイミングを合わせる。音程を正確に取る自信はないが、リズム感が悪いわけではない。曲に合わせたイメトレもした。
レイターが入ったコンテナをくるりと回す。ここだ。
「やあ」と掛け声をかける。
そのタイミングでシンバルが鳴った。あいつは、今ブースターを点火したはずだ。会場に点火音は聞こえない。これならいける。
空になったコンテナを観客席に向ける。この後レイターが舞台のそでからヌイとともに登場する。
だが、あいつはなかなか現れなかった。遅い。この間を持たせるのはしんどい。と、思ったところでレイターが不満げな顔で姿を見せた。
「ブースターの出力は4じゃ足りねぇ。やっぱ5まであげようぜ」
ブースターブーツの出力目盛りをめぐって意見が割れていた。狭い場所での高速加速は危険だ。私は『3』を、レイターは『5』を主張し、結局『4』に設定した。
「こんな余興で怪我をするリスクを負う必要はない」
「じゃああんた、今の間をどうやって持たすんだよ。巧みな話術で何とかできんのかよ」
「……」
反論できない。
「こいつは余興じゃねぇ、真剣勝負なんだよ」
リハーサルの時間はそこで終わってしまった。
*
感謝祭が始まった。会場には、コックのザブリートさんが腕によりをかけた料理がブュッフェ形式で並んでいる。この艦の厨房で高級ホテルの様なメニューを生み出すとは流石だ。おいしい食事をいただきながら、他の人の出し物を楽しむことにする。私の出番までまだまだ時間がある。
バルダンは目を引く衣装で現れた。

神話に出てくる戦士の様だ。よく似合っている。そこから繰り出される創作演武は素晴らしかった。彼から演武をやらないかと誘われた時に私は「仕事は出し物にしない」と断った。しかし、バルダンの演武は仕事のそれとは明らかに異なるものだった。彼は演武で物語を芸術的に表現していた。自分の頭の固さを痛感する。
アレック艦長はモノマネを披露していた。

ただ誰の真似だかさっぱり分からない。私だけではなく他の隊員たちも反応に困っている。艦長は自分では面白いと思っているのだろうが、「下手くそお!」とヤジが飛び、笑いを誘っていた。今日は無礼講だ。
順番が近づいて来た。
私は楽屋として用意された裏の部屋でマジシャンの衣装に着替えた。帽子をかぶりマントを付ける。
ぶかぶかのタキシードを着たレイターが近づいてきた。
「最後はあんたと手をつないで万歳してから、礼をする。右、左、真ん中だ」
「わかっている」
こいつの頭には成功した自分のイメージしかない。ブースターの目盛りは『5』にしているのだろう。ぶっつけ本番でやるつもりだ。レイターの言う通り、これは真剣勝負だ。
同じタキシード姿でもギターを下げたヌイは決まっていた。音楽祭の授賞式を彷彿させる。少し長髪で優し気な顔つき。どこから見ても軍人には見えない。

「僕は裏で待っているから。お前さん、ちゃんと帰って来いよ」
「任せとけって」
レイターは笑顔で応えた。
*
子どもの頃から人前に立つことには慣れている。なのに珍しいな。指の先が冷たい。息を長く吐いて呼吸を整える。ここまで来たら、やれることをやるだけだ。
レイターが言うところのミステリアスな音楽がかかる。ステージへと踏み出す。
「ほぉ」
拍手とともにこれまで自分に寄せられたことのない声が聞こえた。怪しげなマジシャンに仮装するなど初めてだ。恥ずかしくないと言えば噓になるが、意外性は観客の興味を誘う。レイターの作戦は正しい。
正面を向いて無言でカードさばきを始める。
「あんたは邪悪な魔導士だ。蛇を思い通りに扱える」師匠の言葉を頭にトランプを操る。カードがいつもより上手く手に吸い付く感じがあった。扇形に開いたカードを蛇をイメージして動かす。命を吹き込むとまではいかないが、滑らかに形作る。
「ヒュー」
観客から感嘆の口笛と拍手が聞こえた。
「どなたか手伝って下さい」
私の呼びかけに数人が手をあげる。師匠の指示は「階級の高い奴を指名しろ」だ。
モリノ副長を指名する。「上の奴が騙されてアホ面するのを見るのは楽しいだろ」とあいつは言った。

ハートのクイーンの束であることを気づかれないようモリノ副長に一枚引かせる。
「私に見えない様にして、そのマークと数を覚えて下さい」
副長は引いたカードを観客にかざした。皆んながハートのクイーンを覚えたところで、カードを戻してもらう。
ここで、ハートのクイーンが入っていない普通のトランプとすり替える。「失敗しねぇように、って考えたら失敗するぜ。船の操縦と一緒さ。カーペンターによく怒られたもんさ。小惑星帯を抜ける時に、ぶつけないって考えるな、きれいに旋回するイメージだけ持てって」師匠たちの言葉が自分を支える。すり替えは誰にも気づかれなかった。
目を閉じて副長の方を向く。
レイターの演技指導は「思いっきりもったいぶって、できる限り芝居がかれ」だ。私は邪悪な魔導士だ。
「副長、あなたが引いたカードが瞼の裏に浮かんできました……赤い札、そして女性の姿が見えます」
なり切りながら、ゆっくりと目を開き、副長を見つめて伝える。
「貴方が選んだのはハートのクイーンですね」
「おおおぉ」
歓声が起こる。気持ちがいい。すり替えたカードの束を副長に渡す。
「そして、その女王は私がいただきました」
「何?」
「あなたの手の中に女王はいません」
副長が手にしたトランプを一枚一枚確認する。
「おい、本当にハートのクイーンが無いぞ」
観客もざわついている。静まるのを一拍待ってから口にする。ここが一番の見せ場だ。
「女王は私の手に」
声を張り、胸ポケットからハートのクイーンを取り出す。ゆっくりと副長と観客に見せる。
「へぇ~」
感嘆の声が漏れる。
「どういうことだ?。おい、そのクイーンのカードを見せてくれ」
いつも冷静な副長が慌てている。隊員たちが笑った。レイターのシナリオ通りだ。
手にあるカードを渡す。副長は真面目で細かい。さっきのカードとは違う、とか言い出したらどうする。現場対応力が問われている。
「う~っむ、わからんな」
助かった。モリノ副長は眉間にしわを寄せたまま席へと戻っていった。
安堵している暇はない。続いてスペクタクル大魔術だ。
「女王の次は……」
私の言葉に合わせて照明が暗くなり、更に怪しげな音楽がかかった。この曲に合わせて進行させなければならない。
業務用小型コンテナを配膳用のカートに乗せてレイターが運んできた。

ぶかぶかのタキシード姿に笑いが起こる。レイターが普段食堂で使っている見慣れたこのカートにも仕掛けがある。
「王子をいただく」
私はセリフを言いながら小型コンテナのふたを開ける。レイターが悲しげな声で頭を下げた。
「みなさん、さようなら」
身軽に自らコンテナに入る。私はふたをして鍵をかけた。さらに鎖でコンテナを縛ると指をパチンとならした。
音楽と身体を連動させる。教養として社交ダンスを習ったことが役に立つ。手順に遅れは無い。
その時だった
「ちょっと確認していいか?」
と手を挙げたのはアレック艦長だった。

まずい。音楽とタイミングがずれてしまう。だが、断るわけにもいかない。
「ご覧あれ」
艦長は鎖をがちゃがちゃと引っ張った。
「ふむ、備品か」
ブースターの点火音を消すために行ってきたイメトレは完全に崩れた。どうする。
シナリオ通りコンテナに大きな黒い布をかける。音楽に合わせて、コンテナをくるりとカートごと百八十度回転させた。
パチン。再度指を鳴らす。もう百八十度回転しなくてはいけない。この場所では、抜け出す際にうつ伏せの体勢が仰向けになってしまう。
だが、シンバルのタイミングが迫っている。レイターも気づいているはずだ。ブースターの音を隠すにはこのままいくしかない。
メロディーが転調しボルテージが上がる。ええいままよ。
「やあ!」
腹から声を出す。掛け声と共に大袈裟に布をめくる。
シンバルが「ジャジャジャ~ン」と鳴った。
レイターがブースターを点火したかどうか、音にかき消されて聞こえなかった。
小型コンテナの鍵を外す。
「さあ、王子の運命はいかに……」
セリフを口にすると不安に駆られた。あいつが点火をしなければ、マジックは失敗しコンテナの中にいる。点火をしたとして、無事に裏までたどり着けたのかわからない。まさに運命がどうなっているかわからない。
ゆっくり蓋を開ける。
観客が期待で身を乗り出す。コンテナの中には暗い空間が広がっていた。レイターは脱出していた。よかった。空のコンテナを隊員たちに見せるため倒す。
「おおぉぉ」
カートを動かしコンテナを右の観客と左の観客に向ける。驚きの声が広がる。
早く戻ってこい。隊員たちの興奮が治まる前に早く戻ってこい。間を持たせる芸当は持ってない。
一秒はこんなにゆっくり進むのか、まるで永遠の様だ。ドクン、ドクン。自分の血液の流れる音が聞こえた。
一瞬の静寂の後、清らかなアルペジオのギター音が会場に響いた。
新曲『ハレルヤ』の前奏だ。このスペクタル大魔術のためにヌイが作った。隊員たちは何が始まるのかと私を見つめる。
「”ハレルヤ~”」
歌声が届いた。ヌイとレイターのコーラス。
レイターの高音を聞いた時、身体中の筋肉が弛緩するのを感じた。自分は想像以上に緊張していた。
「”僕らは生まれ変わる”」
歌いながらレイターとヌイが舞台の袖から入ってくる。

「ブラボー!」
「ヒュー!」
歓声が連鎖するように沸き起こった。拍手と口笛が飛び交う。手を振るレイターに怪我をした様子はない。
私は舞台の真ん中に立つとレイターの手を握り両手を挙げた。心地よい興奮を感じながら深々と礼をする。これで私の手品パートが終わり二人の歌に引き継ぐ。
右側の観客に向けて礼をしようと身体を右側に向けた。その時、違和感を感じた。レイターが私の胸に触れた。 まぶしい。スポットライトの様な照明が当たった。
「おおおぉ」
ひときわ大きな歓声が観客席から上がった。
何かが舞台で起きている。客席を向いている私には分からない。予定通りに深く礼をする。
『ハレルヤ』は間奏に入った。
頭を下げた時に気がついた。私の衣装が違うことに。
「な、何だこれは!」

「次、左の客だぜ」
レイターの言葉は耳に入ってこなかった。私の黒い服が白くなっている。
いや、白くなったわけではない、白く見えるのだ。映像が投影されている。これは将軍家の継承式で着用する連邦軍の白い正装。幼い頃、父上が将軍に就任した際、この服を着て式に臨まれた。
私をスクリーンとした三次元プロジェクションマッピング。
長い上着丈がちょうどリンクしている。服の飾りに見えた小さなビーズのいくつかに受像機が紛れ込ませてあるに違いない。
そして戴冠帽。帽子とマントもそのための小道具だったのか。随分と手の込んだ仕掛けだ。
レイターの奴にはめられた。これはもう完全に将軍の仮装だ。
そして、私の左の胸には勲章が輝いていた。さっきの違和感はこれか。
この勲章はアレック艦長が授与された本物だ。父と艦長は同じ部隊にいて、同じ表彰を受けている。着用には規程があり、きちんと保管してあるべきものだ。
どういうことだ、アレック艦長は大笑いしている。「お前が将軍に就任するのを楽しみにしているんだ」と話していたのはこのことか。
あり得ない。
「馬鹿野郎!」
私はレイターに思いっきり罵声を浴びせた。こんな口汚い言葉を口にしたのは生まれて初めてだ。こいつは素知らぬ顔で『ハレルヤ』を歌い続けてる。
多くの人の前で感情が制御できない。将軍家として恥ずべきことだ。頭でわかっている。なのに、どうすればいいのか。驚愕、激怒、羞恥、狼狽、動転、いろいろな種類が織り混ざった波に飲み込まれ、溺れそうだ。おそらく私の顔は真っ赤になっている。
その時気がついた。この『ハレルヤ』のコード進行とメロディーラインが将軍家の継承式典序曲とそっくりだと言うことに。こいつが似合わないタキシードを着ているのも式典をイメージさせるためだ。
ヌイもアレック艦長も共犯か。
隊員たちが笑っている。取り乱した私を見て。
スペクタクル大魔術は私に対するドッキリカメラ企画だったことにようやく気がついた。
皆楽しそうだ。権力者を笑う。それはユーモアの基本だ。
「将軍、おめでとう!」
冷やかしの歓声が更に爆笑を誘う。無礼講だ。今日の出し物で一番笑いを取っているのではないだろうか。
もう、どうにでもなれ。
やけを起こすとはこういうことか。私は手にしていたハートのクイーンのカード五十二枚を観客に向けて一気に投げつけた。
「連邦軍に幸あれ!」
気持ちがいいほど飛んでいく。まるで花吹雪だ。快感だ。皆が笑いながらカードを奪い合う。可笑しい。腹筋が揺れ、笑い声を止めることができない。腹の底から笑うというのはこういうことか。
「坊ちゃん、サイコー!」
いつもなら快く思わない言葉だ。だが、今日は私の拙い手品への賛辞に聞こえた。努力が実る実感をこんな形で感じるとは。
最後に私はレイターと手を繋ぎ、もう一度正面に向けて深々と礼をした。
やり切った充実感と共に私は舞台を降り、ヌイとレイターに主役を譲った。
*
プロと言うのは、やはり違う。感謝祭と言う名の隠し芸大会の中で、全てが違っていた。ヌイの歌はレベルも完成度も。

そこにレイターがコーラスを添える。目立ちたがり屋のレイターが主張しすぎず、ヌイの主旋律をうまく引き立てている。
これはお金を払ってでも聴きたいレベルだ。
途中でレイターがギターをヌイから受け取った。
「バルダンのリクエスト、やります」
ギターの前奏の後、レイターの身体から美しい声が響きだした。
「”愛しかった人との時間が、今はもう”」
銀河の歌姫のヒット曲「ギブ・ミー・ラブ」だ。笑い声が起こった。レイターの幼い姿と不倫を歌う歌詞の違和感は笑いを誘う。
だが、すぐに静かになった。
声変り前のボーイソプラノ。透明感のある澄んだ声が男性への恨みを告げ、艶美な女性のイメージが浮かび上がる。
静かな歌い出しから、誰もが知っているサビへと移行する。
音楽の女神ムーサが微笑んだと言う圧倒的な歌唱力で七オクターブを歌いきる。
「”貴方の優しさは裏切り。私に愛を与えなさい。ギム・ミー・ラブ”」
オペラ歌手の様な声量。あの小さな身体のどこからあふれてくるのか。
聴く者の気持ちが高揚し、心が揺さぶられる。ヌイの言葉を思い出す。レイターは歌なら感情を表現できると。
レイターの初恋の相手ジュリエッタ・ローズが頭に浮かんだ。

あいつは今、自分の恋愛を歌っている。報われなかった恋。失われた命。あいつが血を吐きながら叫んでいる。命に代えても愛を与えて下さい、と。叶わぬ願いが声とともに宙に消えていく。
思うように息ができない。私は恋をしたことはない。なのに苦しい。あいつと共鳴するのはなぜだ。音楽の女神ムーサが、魔法をかけているのか。
あいつは無意識のうちに自らの経験を芸術へと昇華させている。レイターの母がこの才能を育てたのだ。ヌイが言う通り素晴らしき一流の師匠だったに違いない。
*
レイターは舞台の袖へと下がり、ヌイ単独のオンステージとなった。
感謝祭の最後はヌイの新曲『故郷のあなたへ』だった。
「僕たちの任務はまだまだ続きますが、皆んな無事でいられることを願って」
イントロの後、ヌイの柔らかい声が語りかけてくる。
故郷で待っている人はどうしているだろう。
後ろを向いても星空しか見えない。
街からは遠く離れてしまった。
ヌイの歌声が前線で過ごす私たちの寂しい心の奥を刺激し、普段は忘れている記憶を呼び起こす。月の家で待つ妹はどうしているだろう。
身体の弱いフローラは元気にしているだろうか。もう生きて会うことはないかも知れない、それでも僕は行く。そんな覚悟でこの艦に乗ったことを思い出す。

恋の歌だ。曲調は明るいのに郷愁にかられる。懐かしさに触れる中で初心が思い起こさせられた。家族を、恋人を、街を、故郷を、銀河連邦を守るために私たちはここにいる。
隊員たちが共感している。涙を浮かべている人もいた。
「ブラボー!」
ヌイは拍手の渦の只中にいた。その顔はアーティストそのものだった。ムーサが横で微笑んでいるのが見えるようだ。
感謝祭を締めくくるのに相応しい大トリだった。
*
自室でレイターにねぎらいの声をかけた。
「大魔術はよく対応したな。コンテナの向きが逆だったのに」
「あん? あれは想定内だぜ。音痴のあんたが失敗することは織り込み済みさ。うつ伏せでも仰向けでも通り抜ける練習はしておいた」
返す言葉がなかった。自分に余裕がなかったことを認めるにしても、レイターのリスク対策に助けられたということだ。こいつは大雑把な言動に似合わず慎重だ。
レイターがニヤリと笑う。
「ところで、あんた、俺に授業料いくらくれるのかな?」
手のひらを上に向けてねだる。
「授業料?」
「当然だろ。マジックがうまくいったんだから成功報酬も上乗せしろよ。それから、俺のこと一生『師匠』って呼ぶんだぜ、わかったな」
私は絶句した。あまりに想定通りの発言だった。もう無性に可笑しくなってきた。
「くくくくくっ、ハハハハハ」
笑いが止められない。きょうは感情のタガがはずれてしまったようだ。
「何笑ってんだよ」
「お前は私にいくら払うんだ、授業料を」
「は?」
「宇宙航空概論、もう教えないぞ。月謝を払って私のことを一生『師匠』と呼ぶなら教えてもいいが」
「ちょ、ちょっと待てよ、おい」
口達者なレイターの慌てた顔がおかしい。
自分に師匠はいないと思っていた。だが、私にとってレイターは師匠で、レイターにとって私は師匠。ヌイもバルダンもみんな私の師匠なんじゃないだろうか。そんなことを考えたら急に肩が軽くなった。
関わりの中でまだまだ自分は成長できる。愉快だ。きょうは笑ってばかりいる気がする。
「あんた、大丈夫かよ」
笑いの止まらない私をレイターは怪訝そうな顔で見ていた。
*
スペクタクル大魔術は思わぬ効果があった。休憩時間に話しかけられることが多くなった。
「あの手品凄かったですね。練習は大変でしたか?」
「はい、トランプの扱いにはかなり苦労しました」

「へ~え」
乗艦以来、隊員との間に自分が壁を作っていた意識はない。ただ、こちらから積極的にアプローチをしたこともなかった。おそらく隊員のみんなもだ。お互いに仕事以外に、話しかけるきっかけがなかった。「将軍家の坊ちゃん」と揶揄される不快感に対して、自分さえ我慢すればいいと考えていた。孤独には慣れている。
気付くと見えない壁が私の周りにできていた。
そんな中、レイターが思いついた疑似将軍戴冠式は、思わぬ破壊力で壁を粉砕した。
共通の体験は雑談を生む。笑うことが増えた。
感謝祭では感情に翻弄される姿を見せてしまったが、隊員たちが持っていた「将軍家の坊ちゃん」というネガティブなイメージは良くも悪くも親しみやすい「次期将軍」へと塗り替えられたようだ。
鎖に縛られたコンテナからの脱出。スペクタクル大魔術が解放したのはレイターではなく、将軍家に縛られた私だったのではないだろうか。
感謝祭というアレック艦長の突飛な思い付きに、感謝しておくべきかもしれないな。私はまた笑ってしまった。
(おしまい)
いいなと思ったら応援しよう!
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」
レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」
ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」
レイター「なんか、すげぇな……」