銀河フェニックス物語【出会い編】第五話 今度はハイジャックですって?!④
第一話のスタート版
今度はハイジャックですって?!① ② ③
操縦室でアーサーはオグリースをみるまに椅子に縛り付けた。手慣れたその様子をティリーは見ていた。
中央船室を映すモニターにレイターが映っている。
レイターが銃を抜いた。

わたしは息を飲んだ。レイターは銃を持っていたんだ。
ボディガードなのだから持っているのが当たり前。頭ではわかっている、けど。
レイターが引き金を引いた。
ハンスたちが次々と倒れる。
わたしはうつむいてぎゅっと目を閉じた。

「ティリーさん、大丈夫ですよ」
アーサーさんの優しい声がした。
何が大丈夫だと言うのだろう。
レイターがハイジャック犯を倒したという意味だろうか。
息ができなくて苦しい。
レイターと行った初めての出張で、レイターはわたしの目の前で狙撃犯を撃ち殺した。正当防衛だった。
でも、わたしの故郷アンタレスでは銃は所持するだけで重罪なのだ。
以来、レイターが銃を持っているのを見るだけでわたしは軽いパニックを起こしてしまう。
アーサーさんがわたしの背中をさすった。
「彼らは死んでいません。気を失っているだけです。レイターが使ったのは出力の弱いレーザーですから」
わたしは目を開けてアーサーさんを見つめた。
なぜだろう、アーサーさんはわたしのことをわかっている。
「さて、私は彼らを拘束するためここを出ますが、ティリーさんは酸素マスクを外さないでください。中央船室で毒物が飛びましたから」
そのままアーサーさんは操縦室から出ようとした。わたしは聞いた。
「あなたは酸素マスクがなくて大丈夫なんですか?」
アーサーさんは振り向いて言った。

「レイターと同じぐらいには平気です。将軍家ですから」
* *
さて、まずは警備室。それからコンパーメント船室だ。
方向音痴のティリーさんが見たという人影はライロットに違いねぇ。
レイターは警備室へ向かって突き進んでいた。
警備室には残る反ス連の四人がいた。
仮眠をとっていた者も警報サイレンで目を覚まし、四人はモニターで中央船室の様子を凝視していた。
恐怖に震えながら顔を見合わせる。
あの純正地球人の男は仲間を次々と銃で殺害した。
操縦室にいたリーダーのオグリースも殺されたに違いない。
そして、男はここへ向かってきている。僕たちを殺すために。
警備ロボットも動かない。
頼りにしていたミスターRはどこかへ行ってしまった。
逃げるか。いや、どこへ逃げるというのか。
ここが一番安全だ、警備室の守りは固い。
*
レイターが警備室のドアの前に立った。
「おい、ハンス。開けろ。降伏するなら命は助けてやるぞ」
「・・・」
リーダーのオグリースが機能せず指揮系統が乱れている。降伏するという判断すらできねぇでいるな。
出てこねぇなら、それはそれで結構だ。レイターは銃を抜いた。
*
警備室のハンスたちはモニターを凝視した。
あの純正地球人の男が持つ銃では硬合金のドアは破れない筈だ。
ドアの前で男は銃を何やら操作した。
赤い光線。熱線レーザーが発射された。
だが、大丈夫だ。このドアは簡単には焼き切れない。
男はドアとドアの接続部を熱線レーザーで炙っていた。赤く光った硬合金が溶け出す。
職人のようなその様子を見ていたハンスたちは気が付いた。あの地球人はドアを破ろうとしているのではない。扉を溶接している。
僕たちはここ警備室に閉じ込められてしまった。
* *
カシオペアの船内は広い。
さて、ライロットの奴はどこだ。
レイターは銃を握りながらコンパーメント船室の通路に出た。百室超えるコンパーメント船室。

俺なら一番値の高いコンパーメントを使う。
だが、あいつは違う。ライロットは。
ハイジャック計画が失敗した事はあいつもわかっている。となれば逃走経路に入るはずだ。
カシオペアには救命艇と警備艇が配備されている。いずれにせよ、船内後方だな。
アーサーの声で船内放送が入った。
「シートベルトの着用を確認してください。当船はまもなく無管轄空域へ到着します」

まずいぞ。早くライロットを見つけねぇと。
腕の通信機が鳴った。アーサーだ。
「アリオロンの高速戦闘機が近づいている。距離八千三百」
「マジか」
カシオペアの甲板なら着艦できる。俺は細い階段を駆け上がった。
*
前を走る足音が聞こえた。
いた。ライロットだ。
俺は銃を抜いた。
あいつは踊り場の影に隠れた。
「君が乗っていたのは誤算だった。レイターフェニックス」

「俺もびっくりだよ、天下の豪華客船であんたとデートとはね」
ビュンッ。
ライロットからレーザー弾と共に、青い液体が飛んできた。
よける。
『暗殺協定』の発動だ。
あいつ、レーザー銃とスプレー銃の二丁拳銃かよ。
甲板へと続く階段を昇りながら、ライロットはスプレー銃で毒をこっちへ撃ち続ける。俺には効かねぇってわかってるはずなのに。
狭い通路の床や壁が青い液体で染まる。
階段の先にライロットが見えた、銃を撃つ。

ちっ、外したか。
ライロットは角を回りながら逃げていく。
まずい、身体が重くなってきた。
毒のせいだ。
毒を避けようとすると、スピードが落ちる。靴底や上着に少しずつ青い液体が染みついていく。
「はあ、はあ」
この階段は甲板への最短ルートだ。
上から青い毒が霧状に降ってきた。頭に上着をかけて防ぐ。
息を止める。直接吸ったらやられる。
目がかすむ。手足の感覚がおかしくなってきた。
頭上からライロットの声がした。
「毒に慣らした君の身体も飽和状態だ。もう、これ以上こちらへ来ない方がいい」
「うるせぇ」
毒の濃度が高い。ちょっと浴びすぎた。

毒の弾幕かよ。
この通路に誰か入ってきたら一発で死ぬぞ。
俺は走りながらキョウコに連絡を入れた。
「甲板後方へ向かう階段に毒物が散乱した。中和してくれ」
「かしこまりました。そちらへ向かいます」
続いて、アーサーの声が通信機から聞こえた。
「高速戦闘機がカシオペアの甲板に着艦した」
戦闘機に乗り込まれたら、間に合わねぇ。
カシオペアの船内図を思い出す。
毒の染みた上着を置いて階段から外の通路へ出る。
思いっきりきれいな空気を吸い込んだ。
走るぜ。
* *
レイターフェニックスの姿が消えた。
さすがの彼もこの毒の細道を通っては来られまい。大回りして私を追いかけるには時間がかかるだろう。
ライロットは甲板へ出るための二重ドアに到着した。
部下の声が通信機から聞こえた。
「エルカービレ中佐、甲板の環境制御が解かれてしまいました。宇宙服をお持ちします。お待ちください」
普段は甲板に普段着で出られるよう気圧や温度が地上と同じに保たれている。その制御を解除して宇宙空間と同じにしたのか。
姑息な時間稼ぎ。
さっきの艦内放送、聞き覚えのある声だった。
天才参謀で次期将軍のアーサートライムス少佐か。
「レイターフェニックスが現れたら迷わず射殺せよ」
暗殺協定が発動中だ。
部下に見張らせながらアリオロン軍の宇宙服を着用する。
多少の時間を取られたが、レイターフェニックスは現れなかった。
甲板へ出て我がアリオロン軍戦闘機の後部座席に乗り込む。
この黄色い二人乗りの機体は超高速型だ。さらばだ、レイターフェニックス。
戦闘機が宇宙空間へと離陸した。
暗殺協定は次回におあずけだ。
と、その時、前方操縦席の部下が報告を入れた。
「エルカービレ中佐、警備艇が追いかけてきます」
すぐにわかった。レイターフェニックスだ。
「民間機です。問題ありません」
「あなどるな!」

私は怒鳴った。
まずい、あの男を船に乗せたのは。彼は『銀河一の操縦士』だ。
「中佐、チーム緑の応援機が三機到着しました。援護させます」
* *
カシオペアの後部甲板から黄色い小型機が飛び出すのをティリーは中央船室の窓から見た。
初速が驚くほど速い。戦闘機?
船を見た医師の男性が言った。
「あれはアリオロンの戦闘機だ。ハイジャックの首謀者が逃げたのだろう」
わたしを含め中央船室にいる乗客全員が窓の外を見る。
首謀者の逃亡に安堵と腹立たしさが入り混じる。
と、その戦闘機を後ろから追いかけていく船がいた。
カシオペアの警備艇。うちの、クロノス製の警備艇だ。
あの警備艇には戦闘機に追いつくだけの能力はない。なのに、何て速いの。もう少しで黄色い戦闘機に追いつく。
その時、緑色の迷彩色に塗装された戦闘機が三機飛来し、警備艇を攻撃し始めた。
* *
ちっ、邪魔だ! レイターは舌打ちした。
ライロットの奴だけ殺りたいんだよ俺は。雑魚はどけっ。緑の奴ら、撃墜するぞ。
つってもこの警備艇が積んでるのはライトレーザーか。撃ち落す能力はねぇな。
おっと、撃ってきやがった。
当たる訳ねぇだろ。俺を誰だと思ってんだ。銀河一の操縦士だぜ。
* *
ティリーは気がついた。
あの警備艇。誰が操縦しているのかわかる。あんな風に飛ばせるのはレイターしかいない。

アリオロンの戦闘機が機銃掃射した。危ない!
レイターの警備艇はすっと器用によける。
そして、旋回しながらライトレーザーを発射する。ライトレーザーは一時的に船の航行能力を麻痺させる。
迷彩色の戦闘機に命中。
戦闘機の動きが止まる。
「やった!」
船内から歓声が起こった。
レイターが操縦する警備艇は先に逃げた黄色い戦闘機を追撃する。
別の迷彩色が撃ってくる。
レイターはよけながら首謀者が乗るの黄色い船だけを狙っている。
迷彩色の戦闘機の動きが止まった。いつの間にかライトレーザーが当たっている。レイター偉いわ。
あとは黄色よ、捕まえちゃえ。と思った、その瞬間、
ダダンッツ。
「きゃあ」
わたしが乗っているカシオペアが大きく揺れた。
* *
ライロット、これであんたも最期だ。

銀河一の操縦士から逃れられると思うなよ。レイターはライロットの乗る黄色い機体を追いかけた。
ライトレーザーには船を落とす威力はねぇが、至近距離から操縦席を撃てばあんたを殺せる。
黄色の後部座席に直接お見舞いしてやる。あと少しでロックオンだ。
とその時、
「レイター、カシオペアへ戻れ」
通信機からアーサーの声がした。
「うるせぇ、こっちはそれどころじゃねえ」
無視だ。無視。俺はこれで終わりにしてぇんだよ。暗殺協定を。ライロットの息の根をあと少しで止められる。
「カシオペアが被弾した。二発目を撃たれたら危険だ」
アーサーの声が珍しく緊迫していた。一瞬思考が停止した。
「まじかよ」
アーサーの声が続いた。
「船体が大型すぎる。よけられない」
そりゃそうだ。銀河一の操縦士の俺でも大型客船じゃ戦闘機の攻撃をかわせねぇ。残る緑の一機か。
畜生っ! ライロットの野郎、姑息な真似しやがって。
俺は警備艇を急旋回させた。
* *
「シートベルトを着用してください」
アーサーさんの指示が船内に響く。
わたしも急いで席に座った。
わたしたちが乗るカシオペアを緑の迷彩色の戦闘機が攻撃したのだ。民間船を撃つなんて・・・。
ここは無管轄地域。なんでもありなんだ。怖い。
と、ルギーナ王妃が叫んだ。
「警備艇が戻ってきたわ」

窓の外にレイターの警備艇が見えた。船内に急速に安心感が広がる。
アリオロンの戦闘機はレイターの船を確認すると一気に遠ざかっていった。
*
「やったー」
船内は大喜びだ。
何だか奇妙な感じだ。迷彩色の戦闘機はカシオペアを撃ち落とすつもりはなかったようだ。
そうか、レイターが追いかけていた首謀者の黄色い戦闘機を逃がすためにカシオペアを攻撃したんだ。
「おい、あれは何だ」
乗客の声で窓の外を見る。
戦闘機の大群が目に入った。何百機もいるように見える。
戦闘機だけじゃない、戦艦もいる。
一難去ってまた一難。
これに囲まれたらカシオペアはひとたまりもない。
絶望的だ。
レイターの警備艇が一隻いてもこれは無理。船内に緊張が走る。
その緊張を破る声が船室に響いた。
「あら、ダーリン。うちの軍隊じゃないの」
ルギーナ妃が通信をしていた。
「ルギーナ、無事か?」
慌てた様子のメルバ王の顔が見えた。
「無事よ、レイターが一緒だったの」
「何じゃ、そうと聞いていれば慌てなかったものを」
「ダーリンお願い。その辺りを飛んでいるアリオロンの戦闘機を捕まえてちょうだい」
「わかったぞい」
通信を切るとルギーナ王妃が頭を下げた。
「ごめんなさいお騒がせして。うちのメルバ宇宙軍だったわ。ダーリンったら戦争でもする気かしらねぇ」
戦争されてはたまらないけれど、メルバ王がルギーナ妃を愛していることは伝わってきた。
レイターの警備艇がカシオペアに戻った。
「安定飛行に入りました」
アーサーさんの声を聞いてわたしはシートベルトを外した。
今の操縦すごかったわ。レイターにお礼言わなくちゃ。
わたしは後方の格納庫へと向かった。
* *
警備艇をカシオペアに着船させると、レイターは操縦席の通信機のスイッチを無造作に入れた。
「ちっ、ライロットに逃げられた」
アーサーが答えた。
「後はメルバ軍に任せる。ハイジャック犯は全員逮捕した。任務は完了だ」
「完了したのはあんたの任務だろ」
俺はスイッチを思いっきり切った。イライラする。
ライロットの奴はメルバ軍には捕まらない。俺の暗殺協定はまだ続く。
疲れた。やべぇ。
身体が思うように動かねぇ。立ちくらみがする。
ふぅ。毒が分解しきれてねぇな。気持ち悪りぃ。吐き気がする。
身体を引きずるようにして船のドアを開けるとキョウコが立っていた。
綺麗だ。
俺はそのままキョウコの身体に倒れこんだ。

キョウコが俺を抱いて支える。
ロボットなのに肌は柔らかく温かい。体中の力が抜ける。このまま寝ちまいたい。
意識が朦朧としてきた。
キョウコの顔が俺の顔に近づいてきた。いい香りがする。
キョウコは唇を俺の唇に合わせた。俺はされるがままだ。
ん? キョウコが口移しで何かを入れた。俺はそのまま飲み込む。
意識が急速にクリアになってきた。手足のしびれが治まる。
唇を離すとキョウコは美しい声で言った。
「即効性の経口解毒剤です」
「サンキュー、キョウコ」
俺はキョウコの身体を思いっきり抱きしめた。
* *
見てはいけないものを見てしまった。と格納庫に着いたティリーは思った。
熱烈なキス、そして熱い抱擁。信じられない。
レイターが女好きなのは知っている。キョウコは美しいとも思う。
けれど、人型ロボットなのよ。
「お~い、ティリーさん」
わたしに気付いたレイターが手を振った。
「迎えに来てくれたんだ」
嬉しそうにわたしの元へと走ってきた。
あんな濃厚なラブシーンを見せられたわたしはどう反応していいかわからない。

「何怒ってんだい?」
レイターが不思議そうにわたしの顔をのぞきこんだ。
レイターが操縦する警備艇が凄くて興奮して、助けてくれてありがとうってお礼を言おうと思ってここまで来たのに。
「何でもありません」
つっけんどんに答えた。どうしてこうなっちゃうんだろう。
*
中央船室に戻るとルギーナ王妃とアーサーさんが向かい合っていた。
王妃が驚いている。
「坊ちゃんじゃないの?」
「王妃、ご挨拶が遅れ失礼致しました」
アーサーさんが帽子を取って深々とお辞儀をする。
アーサーさんの長い黒髪がはらりと落ちる。

「アーサー殿下・・・」
人質だった乗客たちはその瞬間、この人が誰だか理解した。銀河連邦にいれば将軍家を知らぬ者はいない。
「アーサーもいたなら、ますます心配するだけ無駄だったわね。早く言って欲しかったわ」
ルギーナ王妃が肩をすくめた。
レイターが手を叩きながらアーサーさんに声をかける。
「はいはい、銀河航空の見習い機長、アーサー・ブラウンさん、操縦室に入った入った。お仕事ですよ」
ルギーナ王妃が笑いながら言った。
「あなたたちって、ほんと昔から変わらないわね」
*
副操縦席に座るアーサーさんが真面目な顔で機長席のレイターに話しかけた。わたしは後ろの席で聞いていた。
「お前に伝えておくことがある」
「あん?」
「父上から『今月中に家へ顔を出せ』と言付かっている」
「ジャックが? 何の用だよ」
アーサーさんの父上とは、ジャック・トライムス現将軍のことだ。

連邦軍の統帥権を持つ元帥。
「お前を横領罪で告訴するそうだ」
思わず息を飲む。一体レイターは何をしたの?
「マジ? どの件だよ」
眉をひそめるレイターの顔を見てアーサーさんが満足そうに笑った。
「冗談だ」

アーサーさんの答えに気が抜ける。冗談? 面白くも何ともない。
ただ、レイターには思い当たる節があるようだ。
「ジャックが話したいってのは税金の件か」
「そうだ、父上に立て替えさせるのは止めろ」
レイターは将軍に税金を立て替えさせている?
アーサーさんが続けた。
「昨年は父上が立て替えた分を踏み倒しただろう」
「船舶税は払ったぞ。住民税はまあいいじゃねぇか」
「よくない!」
「わかった」
レイターが妙に素直だ。
「脱税しとく」
アーサーさんが怒った声で言った。
「お前、将軍家に脱税させる気か」
わたしもつい口を挟んだ。
「脱税はダメよ。市民の義務なんだから」
レイターが振り向き、口を尖らせながら言った。
「あんたも知ってる通り、俺はフェニックス号に住んでるの」
それは知っている。
「たまたま、こいつん家で住民登録してるだけだぜ。なのに、何で税金支払わなきゃ何ねぇのさ。変だろ?」
レイターは間違っている。
変じゃありません。住民登録をすることで得ている権利やサービスはあるわけで、それを将軍家が払う方が変です」
レイターが不機嫌そうに舌打ちをして前を向いた。
「チッ、とっとと帰るぜ」
またやってしまった。わたしは肩を落とした。
自己嫌悪に陥る。
わたしたちアンタレス人は順法意識が高く真面目。つまり融通が利かないのだ。正論を言って相手に不快な思いをさせてしまう。
アンタレスにいる時はこんなことなかったのに。
「ティリーさん。ありがとうございます」
「とんでもありません」
アーサーさんが振り向いてお礼を言ってくれた。少し気持ちが楽になる。
それでも、落ち込んだ気分は浮上しない。
はぁ。小さくため息をついた。
レイターがイライラした声で言った。
「おい、アーサー、自動操縦になったらあんた操縦しろ。俺はティリーさんと出かける」

「わかった」
レイターは突然何を言い出すのだろう。
大好きな船の操縦を人に任せまでして、厄病神はわたしを一体どこへ連れて行こうというのか。
*
レイターに連れられて中央船室の外へ出た。
並んで無言で通路を歩く。
突然、レイターがあるドアの前で足を止めて言った。
「折角だからティリーさん、遊ぼうぜ」
遊ぶ?
「この船の娯楽施設は使い放題だからな」
レイターがドアを開けた。そこは室内遊園地だった。
誰もいない。
ここを担当している人型ロボットもいない。おそらくどこかで固まっているのだろう。
それでも、室内遊園地は普通に動いていた。
レイターと二人貸し切り状態だ。
一角にゲームセンターがあった。レイターの後について入る。ゲームの電子音で随分とにぎやかだ。
「結構うるさいのね」
レイターが驚いた顔で振り向いた。
「あんた、ゲーセン行ったことねぇの?」
「校則で禁止されていたもの」
「俺は学校よりちゃんと通ったぜ」
ハイスクール中退の飛ばし屋だったというレイター。あまりにありそうで思わず噴き出してしまった。
そんなわたしを見てレイターが言った。
「さっきは悪かった。ちゃんと住民税は払う」
「え?」
思わずレイターの顔を見上げる。それを言うためにわたしを誘ったんだ。
*
「お、二次元の新型だ」
レイターが走る先に宇宙船レーシングゲームの操縦席が四台並んでいた。その一つにレイターが乗り込み座る。
S1レースだ。
操縦席の前の二次元モニターに宇宙空間が映った。
設定画面を操作し、レイターは自分がいつも応援しているスチュワートの船を選択した。
楽しそう。
わたしもやってみたい。左隣にある対戦相手の操縦席に座った。

「エースの船にしたいんだけど」
「あいよ」
レイターが隣の席から身体を乗り出してわたしの船の設定をする。『無敗の貴公子』エースが乗るクロノスの最新機。
これなら、プライベーターのスチュワートの船には勝てるかも。
「ティリーさんの腕を拝見できるとは楽しいねぇ」
「負けないわよ」
操縦桿を握りしめた。
エンジン音が気分を高める。わたしはレース観賞が趣味。免許も持っている。イメージは出来ている。
スタートのランプがついた。
よし、スタート。
モニターに船のテイルランプと噴出口が映ったと思ったら一気に小さくなっていく。
あれ? 今の船は対戦相手、つまりレイターの船ね。
ブォンブォン。
アクセルを入れているのに、わたしの船は一ミリも動かない。
隣の席からレイターの手が伸びてきた。
「ブレーキ解除しねぇと」
レイターの指がスイッチに触れた瞬間、船は進み出した。
「きゃあ」
レーシング船の加速は凄い。最初は直線。とにかく操縦桿を動かさないでまっすぐ進む。速い。
第一コーナーだ。操縦桿を右に傾ける。
「きゃあぁっ!」
一気に船が傾いて飛んでいく。
「あんた何やってんだよ」
隣のレイターがわたしの手を左手で掴む。
レイターの右手は自分の船を操縦している。レイターの船はもう第三コーナーの小惑星帯を飛んでいた。
「すごぉいー」
レイターは左手でわたしの船をコースに戻しながら、右手で小惑星を猛スピードで避けていく。その様子を見ていると自分が操縦するよりよっぽど面白い。
一体どうやってるのだろう。
大道芸人の芸というか、感動の域だ。
「あんた、自分の船何とかしろ」
レイターが手を離した。
一人で操縦桿を握る。つまんないな、と思った瞬間だった。
わたしの船はコーナーガードに激突。きりもみ状態になって爆発した。
電子音と共に『GAME OVER』の文字が画面に飛び出してきた。
「終わるの早すぎだろ」
レイターが呆れた顔でわたしを見た。
よそ見をしながらもレイターの船はハイスピードで飛んでいる。
「仕方ないでしょ、初めてなんだから」
「ったく、あんたの操縦レベルがよくわかったよ」
レイターの画面を隣からのぞく。ほんとに上手だ。このゲームの実況を公開したらみんな夢中で見るに違いない。
「これまでにもこのゲームやったことあるの?」
「あん? このゲーム機は初めてだけど、俺は『銀河一の操縦士』だぜ。S1のコースなんて目をつぶっても飛べるさ」
レーシング免許は持っていないくせに、という言葉を飲み込む。
限定解除免許を持っているんだからレーシング免許も取ればいいのに。
レイターが操縦に集中する。
その真剣な横顔はレーサーの顔だ。思わず見とれる。
ゴールへと突っ込んでいく。
『WINNER』の文字が点滅し景気の良い音楽が流れた。
ランキングは圧倒的な一位。
途中でわたしの船と両方操縦していたとは思えない。
「すごいわ」
素直に感心する。
「へへへ」
レイターが嬉しそうに笑った。
*
遊園地の中には小型のジェットコースターがあった。わたしはジェットコースターが大好きだ。
「ジェットコースターに乗らない?」
「俺はいい」
レイターが断った。
つまんない。スピード狂だから喜んで付き合ってつくれるかと思ったのに。もしや。
「怖いの?」

「ば、馬鹿いえ、俺は普段この千倍の速さを操ってるんだぜ」
レイターが慌てた様子で否定する。ますます怪しい。
「じゃあ何でよ?」
「俺は自分で操縦するのが好きなんだ」
下手な言い訳に聞こえる。
「乗ろうよ!」
レイターを強引に誘った。わたしの機嫌を直すために遊園地へ来たんだからわがままを聞いてくれてもいいと思う。
「へいへい」
レイターは渋々隣の席に乗った。
*
カタカタという音とともにゆっくり上り、一気に急降下。
きゃあ。楽しい。
レイターの船でバトルしている時のようにワクワクする。続いて三百六十度の回転。両手を万歳してみる。
ちらりと隣のレイターを見た。
むすっとしていて顔色が悪い。
どんなピンチでも平気なこの人が、怖いんだ。直感的にそう思った。
レイターは絶対認めないだろうけど。
* *
メルバ宇宙軍が迷彩色の戦闘機二機を回収した。レイターがライトレーザーをあてた機体だ。
アリオロンの首謀者が乗った黄色い戦闘機はメルバ軍が総力を挙げて追いかけたけれど、捕まらなかった。
*
毒物で中毒を起こしマヌ星に運ばれた船長たちは後遺症なく体調が回復していると報告が入った。
乗客みんなで喜んだ。
「彼氏のおかげだよ」
と、医者に褒められた。悪い気はしない。レイターは彼氏じゃない、と否定するのをまた忘れてしまった。
*
オグリースたちハンス十人の身柄は銀河警察に引き渡された。
実は、彼らは十九歳で、アラ星系では未成年だということがわかった。
そして、ヘルメットを取ったオグリースは美少年だった。
アリオロンに利用された少年たちの刑罰は配慮されるだろうとマスコミが伝えていた。
手錠をかけられ、銀河警察に連行されるオグリースにアーサーさんが声をかけた。
「私は微力ながら連邦を良くしたいという思いで動いています。いつか力を貸してください」

オグリースは何も答えなかったけれど、うつむく彼の目から涙がこぼれ落ちるのが見えた。
*
レイターの操縦で豪華客船カシオペアはアラ星系へ戻ってきた。
わたしはルギーナ王妃と一緒にカシオペアの船内を思いっきり堪能した。
食事も美味しかったし、リラクゼーションルームにエステ。超一流のプロの技に加え、復活したスタッフロボのサービスは素晴らしかった。
王妃からは
「ダーリンが忙しくて、わたし淋しいのよ。でもね」
と、のろけ話をたくさん聞かされた。
王妃は本当に素敵な女性だった。
室内遊園地で王妃とジェットコースターを楽しんだ。
(レイターも誘ったけど彼は二度と乗らなかった。)
「ティリーさん、今度はレイターと一緒にメルバ星系に遊びに来てね」
ルギーナ王妃に誘われた。
「はい、喜んでうかがいます」
と答えた後で不安になった。
厄病神を連れて行ったら何が起こるかわからないわ、って。
* *
黄色の戦闘機は無管轄空域を抜けアリオロンの軍艦に着艦した。
格納庫に降り立ったライロットは不機嫌な面持ちを隠そうともしなかった。

チーム緑の戦闘機二機に乗っていたパイロットは連邦軍に捕まった。
人権委員会の開催を目指した結果がこれでは立つ瀬がない。素人を利用した私のミスだ。
レイターフェニックスと初めて出会ってから七年。
彼が船を操るのを初めて見た。
噂通り、いや噂以上の腕だった。『銀河一の操縦士』を名乗るだけのことはある。
あの男が我が英雄『ハゲタカ大尉』を撃墜したのだ。齢十四歳にして。
この仇はいつか討つ。 (おしまい)
第六話「アステロイドと美味しいご飯」に続く
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」
レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」
ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」
レイター「なんか、すげぇな……」