「"色即是空"?そんなん俺が教えたるさかい」
毎度おおきにでやんす!
かなり前の回に紹介していて、プロフにも固定されている記事で
俺的仏教の真理/カルマの法則
これにて仏教の「色即是空」やプルシャとプラクリティー/みる者とみられる者、そして「心が世界を作る」について自分なりにまとめてみたものなのだが、今回は 色即是空 をわかりやすく関西弁の西の名探偵が教えてくれるらしいので、今回は西の名探偵に任せるとしよう🐍
「おお、「色即是空」かいな!これ、仏教のめっちゃ深い話やで〜!」
「ほな、ここからはオレに任せてもらおうか〜!!」

「この服部平次が、この世の真理に辿り着く鍵の一つ目 "色即是空" について解説するで〜!」
「色即是空」ちゅうのは、『般若心経』に出てくるフレーズや。


まず、「色(しき)」ってのは、目に見えるものとか、形あるもの、つまりこの世の全部の「モノ」や「現象」のことやな!
んで、「空(くう)」は「何もない」とか「実体がない」って意味や。

ほんなら「色即是空」ってどういうことか言うと、
この世のすべてのモノや現象は、実は「実体」がない、つまり「空」やで
ってことやねん!
たとえば、目の前にあるコップ見てみぃ。

コップやん!って思うけど、よーく考えると、コップってただのガラスやプラスチックの集まりで、誰かが「コップ」って名前つけただけやろ?
その「コップ」って概念自体、人の頭ん中で作られたもんで、ほんまに「コップ」って実体があるわけちゃうねん。
つまり何が言いたいかと言うと、コップ/物質は意識/思考が創り出した「物/モノ」になる訳やな!

さらに言うと、全部のモノは因縁(いろんな条件)が揃って初めて存在してるように見えるだけや。

コップも、ガラス作る人がおらんかったら、工場がなかったら、そもそも地球がなかったら存在せえへんやんか?
ほんで、その因縁がなくなったら、コップもパッと消える。
つまり、
モノには固定した「実体」なんてない、
それが「空」やねん。
でもな、これ聞いて「なんや、全部ないんかい!虚無やん!」って落ち込む必要ないで。
『般若心経』は後で「空即是色」って言うてて、つまり「空やけど、ちゃんとこの世のモノや現象は存在してるように見えるやん」って話なんや!

実体はないけど、縁起(条件)によってパッと現れて、パッと消える。それがこの世のリアルやねん。
これ、めっちゃ解放的な考え方やで!?
例えば、悩みとか苦しみも「実体ない」って気づいたら、ちょっと楽になるやろ?
「あ、このイライラも、ただの頭ん中の現象やん。執着せんでもええか」
ってな。
仏教のゴール/終着点っちゅうやつは、そうやって執着を手放して、「自由な心」になることやねん。
まぁ「西の名探偵」に言わしたら、「色即是空」ちゅうのは、
「まぁ、全部ほんまは空っぽやけど、ちゃうちゃう、ちゃんと生きてる感じはあるやん!楽しんだれ!」
みたいな感じや。
深すぎるけど、なんかええやろ?
もしもっと突っ込んで知りたいとこあったら、言うてや!😎

以上、「西の名探偵」に色即是空について解説してもらいましたが、いかがでしょうか?
少しはわかりやすかったかな?🦄
また西の名探偵には是非解説役として出てきてもらいたいと思います(笑)
