見出し画像

【童話】おきつねさま

 とある村では、おきつねさまが通られましたら一礼せねばならぬという風習がございました。長年、きつねの神様を祀っている祠がありまして、きつねという動物は神様の使いとされてきたのです。
 村に住まう多くのきつねは、それを当然のように享受しておりました。なにせ、生まれた頃から人間に敬われてきたのですから、何の疑問も持たなかったのです。
 ところが、一匹、耳の悪いきつねがおりまして、とてとてと村を通りがかるたび、人間どもがうやうやしく挨拶をしますので、どこか座りの悪い心地になっておりました。

「なんできみらは、そんなにかしこまるんだい。」

 きつねには人間のことなどまるで分かりません。ましてや、耳の悪いきつねでございますから、人間の発する言葉も、仲間たちの言葉も、あまり理解ができておりませんでした。
 きつねは聴こえが悪いぶん、目と鼻には敏感でありました。

「あやつは耳が悪い。狩りに連れていくのはよした方がいいぜ。」

 そのようなことを周りのきつねたちがこそこそと言い合っている時は、静かにその場を立ち去りました。
 きつねとて、仲間たちのお荷物になどなりたくはありません。持ち前の嗅覚を駆使して、ひとりで狩りにゆき、小さな獲物を捕えます。

「おれの飯は、これで十分。」

 ひとりでねぐらに戻り、自力で捕らえた獲物にありつくのがきつねの幸せでありました。
 ところが、きつねのねぐらに近付く影がありました。耳の聴こえが悪くなければ、草の音で咄嗟に逃げることもできたでありましょう。でも、飯に夢中になっているきつねには、こっそり物陰から近付いてくる影に気付くことができなかったのです。

「おきつねさまだ。」

 村に住む子供たちが、興味津々の様子で近付いてきました。歳の頃が十に届くかどうかの男子。それと、それよりもう少し小さい娘。きつねは、まだ二人に気付きません。

「にいちゃん、おきつねさまには、おじぎをしないと。」
「そうだけど、あいつ、変だぜ。おれたちに、気付きやしない。」

 兄の方が、勇気を出して一歩踏み出します。きつねはようやく、人間の気配に気付いて顔を上げました。

「な、なんだい。」

 きつねは慌てて、飯を隠します。それを見て、兄はぶっと笑いを吹きこぼしました。

「取りやしないよ。まったく変なきつねだなあ。」

 ほっとしたのか、妹も兄の後ろからおずおずと顔を出します。

「おきつねさま、怒らないの?」

 きつねは、なぜ笑っているのか分からず困り果てました。

「おれは、耳が悪いんだ。言いたいことがあるなら、もう少し、近くで話してくれないか。」

 兄妹は顔を見合わせます。そして、きつねの足元でしゃがむと、興味津々の様子できつねに話しかけました。

「気さくなおきつねさまがいたもんだって思ったんだ。」

 兄の言葉に、きつねは口をとがらせます。

「どうにも村は居心地が悪くてかなわねえ。おれたちは、そんな高尚な生き物じゃねえんだ。」

 きつねも人間も同じ。狩りに行って、飯を食らう。それだけだ、ときつねはずっと思っておりました。

「ねえ、おきつねさま?わたしたちと、お友達になってくれる?」

 妹の方が、目を輝かせて言いました。

「お友達……おれと?」

 きつねは、きょとんと目を丸くしました。周りのきつねたちは、誰もそんなこと言いやしませんでした。耳の悪いきつねは、狩りの邪魔だから、声をかけることさえしなかったのです。

「人間のお前さんたちと、きつねのおれが、仲良くできるってんなら、こりゃ嬉しいや。」

 きつねは、笑って応えました。今まで誰も考えやしなかったこと。きつねと人間が、友達として共生していくということ。それを無邪気に成そうとした子供たちに、興味がわきました。

「なあ、お前さんたちのことを聞かせてくれよ。人間はどんな飯を食べて、どんな生活をしているんだ。」

 兄妹は、目をきらきらとさせてきつねに話して聞かせました。仕事のできる父親と、怒るとおっかない母親の話。家族みなで囲む飯の話。近所の態度がでかい子供の話。きつねにとっては、どれも新鮮で面白い話ばかりでした。
 話をしていると、あたりはいつの間にか暗くなっていました。

「にいちゃん、かあさまに怒られるよ。」
「そうだなあ、帰らないと……。」

 ところが、さっきまできた道が、暗くてよく分かりません。きつねは、なあんだと言って先導を始めました。

「村まで送っていってやるよ。おれ、耳は悪いけど、そのぶん目はいいんだ。」

 きつねの案内にそって、村にたどり着くと、兄妹の両親が心配そうに駆け寄ってきました。

「お前たち……!遅いから心配したんだよ!」

 母親らしき人物が、ふたりを抱きしめます。

「よくこんな暗がりで帰ってこれたなあ。」

 父親が感心したように言うと、兄は胸を張りました。

「友達が案内してくれたんだ、なぁ……。」

 振り返ってみても、きつねはもういません。きつねは、村の人たちから見たら、やっぱり敬うべき存在であります。そのことをきつねは、よおく知っておりました。

「楽しかったぜ。ありがとなあ。」

 きつねは、晴れ晴れとした気持ちで、夜の森の中に溶けていきました。

 おしまい。

※使用について
朗読台本などにどうぞ。
使用の際は【よるん、】の名前明示(表記or口頭どちらでも)をお願いします。


いいなと思ったら応援しよう!

よるん、 ご飯代いただけるといっぱい頑張れます。無理のない範囲でよろしくお願いします!!