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ハッセルブラッドVシステム、その深淵なる愉しみ

王道セットと変化球セット

およそ20年前、私がハッセルブラッドVシステムを使い始めた頃は、ちょうどフィルムからデジタルへの移行期だった。幸いなことに、中判フィルムカメラの中古価格は、今と比べればまだ比較的手頃だった。そんな時代背景と、いくつかのかけがえのない縁が重なり、少しずつカメラやレンズが手元に集まってくるという幸運に恵まれた。

最初に手に入れたのは、ハッセルブラッドから撤退されるプロカメラマンから譲り受けた500C/Mと、50mm・80mm・150mmの三本である。広角、標準、望遠。まさにハッセルブラッドにおける「三種の神器」とでも呼びたくなる、王道の組み合わせだった。価格は35万円也。当時の私にとっては十分に大きな投資だったが、現在の高騰ぶりを考えれば、まだ手に入れやすい時代だったと言える。

しかも幸いなことに、ストラップ、フィルター、ファインダー、スクリーン、フードなど、さまざまな付属品まで一緒に譲っていただいた。今となっては、これが非常にありがたかった。もともとライカの修理でお世話になっていた業者の方に、「ハッセルを手放す方がおられたら、ぜひ教えてください」と声をかけておいたのが良かったのである。

それから数年。三日坊主になることなど一切なく、どのレンズで撮っても感触が良く、私は次第にハッセルブラッドへ深くのめり込んでいった。そんな折、今はなき大阪のあるカメラ店で、かなり尖った構成でハッセルを所有されている年配の店員の方と知り合った。

その方のセットが面白かった。100mm、135mm、そして250mmのスーパーアクロマート。色収差を極限まで抑えた超高性能レンズである。そこに500C/Mが付く。先ほどの50mm・80mm・150mmという王道の三本とは一切重複しない。その隙間を絶妙に縫うような構成で、今考えればかなりの「へそ曲がりセット」である。

当時の私はまだ知識も浅く、ただ「何だか凄そうなセットだ」という程度の印象だった。しかし、その方が「スーパーアクロマート」という言葉を、少しニヤリとしながら口にしたことは、今でもよく覚えている。ハッセルユーザーにとって、それだけ特別な響きを持つ言葉だったのだろう。

その方がハッセルを引退するときには、まとめて譲ってもよいと言ってくださった。その言葉を信じて待つこと約一年。実際に、そのセットを譲り受けることになった。同時に、さまざまなアクセサリー、ゴッセンの露出計Luna-Pro SBC、色温度計、三脚、カメラバッグなど、一切合切を引き継ぐことができた。

62万5000円の交渉

このときの価格交渉も印象深い。最初に先方が提示した金額は100万円だった。それに対して私は、「60万円で」と切り出した。すると先方は、間髪入れず「65万円」と返してきた。私が「うーん」と少し考えていると、「それでは、もう一声、間を取って」という話になり、最終的に62万5000円で決まった。

今考えて高かったのか安かったのかは分からない。ただ、自分が何とか出せそうな上限の金額に収まり、付属品まで丸ごと譲っていただけた。しかも、その後約20年間、使用頻度に多少の波はありながらも使い続けている。そう考えれば、今でも良い買い物だったと思っている。

当時、あの「売値が高すぎる」と評判だった大阪の某カメラ店でさえ、250mmスーパーアクロマートが60万円程度で売られていたことを覚えている。現在では、このレンズの先白がなんと293万円で売られている。誰が買うのかと思ってしまう。

「売らなくて良かった」──空白の10年

これらの機材を手に入れた後、私はアメリカへ引っ越した。ところが、渡米後最初の10年ほどは、時間的にも経済的にも、そして精神的にも、フィルムカメラをじっくり楽しむ余裕がほとんどなかった。妻によると、一、二年もの間、ハッセル一式を入れたカメラケースが、押し入れの中で眠ったままになっていた時期もあったらしい。

今振り返ると、本当に売らなくて良かったと思う。もしあの時期に、「もう使わないから」と二束三文で手放していたら、今頃どれほど後悔していただろう。

その後、ここ五、六年ほどで再び状況が変わった。フィルム価格の高騰にも負けず、フィルム撮影を再開し、さらにデジタルバックまで手に入れた。そして今では、フィルムにデジタルに、再びVシステムを謳歌している。一応、ミラーレスのHasselblad X2Dも所有しており、それなりに便利に使っている。しかし正直なところ、「フィルムのVシステムだけでも、身に余るほど十分なのではないか」と思うことも少なくない。

今の500C/Mは高すぎる

その一方で、現在のVシステム、とりわけ500C/Mと標準レンズの異常な価格高騰は、いかんともし難い。私自身なら、500C/MとPlanar 80mmのセットを、現在の高騰した価格で改めて購入しようとは思わない。

その影響はアクセサリー類にも及んでいる。たとえば、いつかゆっくり手に入れようと思っていたプリズムファインダーPM45なども、いつの間にかずいぶん高価になり、買い損ねてしまった。ただし、標準レンズ以外には、まだ比較的手頃なものも残っている。すでにボディを持っているのであれば、そうしたレンズを少しずつ増やして楽しむのは、今でも十分に「あり」だと思う。

デジタルバックがフィルムを復活させた

2019年には、Xシステムの規格に合わせた比較的手頃なデジタルバック、907X CFV II 50Cが登場した。私も数年後に手に入れた。

では、このデジタルバックが6×6フィルムの代わりになるか。私の答えは「ノー」である。ハッセルブラッドVシステムの魅力は、やはり6×6判、実寸約56mm×56mmの正方形フォーマットがあってこそだと思う。中判デジタルで一般的な44mm×33mmのセンサーでは、Vシステム本来の画角や開放感を、そのまま再現することはできない。

しかし面白いことに、デジタルバックを入手したことで、私は逆にもう一度6×6フィルムと真剣に向き合うようになった。結果として、フィルム撮影の量まで増えた。デジタルがフィルムを駆逐したのではない。私の場合、デジタルがフィルムを復活させたのである。

技術的な制約から、56×56mmを完全にカバーするデジタルバックが一般的になるには、まだ時間がかかりそうだ。しかし、現在のVシステムには、それを補って余りあるほどの拡張性と楽しみ方が残されている。

Vシステムの拡張性と、現代での楽しみ方

フォーカルプレーン機の魔力

私は長い間、500C/Mを中心としたレンズシャッター機しか使ってこなかった。ところが数年前、フォーカルプレーン機用のFE 110mm F2を入手したことで、新しい世界が開いた。このレンズにはレンズシャッターがなく、もともとはフォーカルプレーン機で使うためのレンズである。

最初はミラーレス機などでデジタル撮影に使ってみた。そして、一瞬でその写りの虜になった。そこで昨年、とうとう2000FCを手に入れた。電子制御のフォーカルプレーンシャッターを持つ古い機械なので、故障への不安はある。それでも、今のところ所有するF・FE系レンズは110mmだけだが、このシリーズには大変な魅力を感じている。

そして、その先を見れば、さらに深い沼が待っている。CFE 350mm F5.6スーパーアクロマート。さらには、Tele-Superachromat FE 300mm F2.8という、当時受注生産だった怪物のようなレンズまで存在する。東京のある店では、中国から来た客が、「これで二本目だ」と言って、さらりと現金で購入していったという話まで聞いた。世界には上には上がいる。

さらにフォーカルプレーン機を遡れば、オリジナルの1000Fという存在もある。非常に魅力的ではあるが、故障が多く、修理も容易ではないと聞く。早田カメラなどで修理可能な場合もあるようだが、高額な修理費が必要になることもある。そのことが頭から離れず、いまだ所有するまでには至っていない。

修理と改造が旧世代機を蘇らせる

しかし、こうした古い機材を現代に蘇らせようとする人たちもいる。先日、タイのバンコクから情報を発信している「Hasselblad Experts」のJohn氏によるYouTube動画を目にした。そこで驚いた。本来ならシンクロ接点の仕様やシャッター幕の挙動の問題から、デジタルバックとの組み合わせが難しいはずの1000Fに、907X CFV II 50Cを装着して軽快に撮影していたのである。

John氏はハッセルブラッドを専門とする熟練エンジニアで、1000Fのデジタル対応改造だけでなく、絶望的と思われたフォーカルプレーン機の修理にも取り組んでいるという。もちろん、ハッセルブラッド公式の修理拠点ではない。私自身が修理を依頼し、その品質を確認したわけでもない。しかし、後述するHassyPBまで開発しており、ただ者ではない雰囲気を強く感じる。

少なくとも、「壊れたら終わり」と思っていた旧世代機にも、まだ可能性が残されていることを知った。世界は、まだまだ広い。

あえてモータードライブ機を選ぶ

かつてプロ用機材として使われていた553ELXなどのモータードライブ内蔵機も興味深い。その大きさと重さから敬遠されがちだが、赤城耕一氏によると、デジタルバックとの親和性はかなり高いらしい。

私は500C/Mの手動巻き上げを含めた撮影のリズムを楽しんでいる。しかし、我儘な話ではあるが、デジタルの即時性に慣れてしまうと、Vシステム特有の巻き上げという「儀式」が、デジタルバック撮影のときだけは少しもどかしく感じることもある。そんなとき、モータードライブ機は案外理にかなっている。こうした「不人気だが実力派」の機材に光を当てるのも面白いと思う。

ただし、アメリカで売られている個体には一つ困ったことがある。高確率で、高価なウエストレベルファインダーが外されているのである。手元に余分なウエストレベルファインダーがあるとはいえ、ファインダーを外された状態で売られている姿を見るたび、何となく残念な気持ちになる。そのため、今のところ購入には至っていない。

サードパーティが広げる世界

フィルム時代にはポラロイドバックがあった。現在では、それに代わるような新しい製品も登場している。富士フイルムのインスタントフィルムを利用できるNONSや、タイのJohn氏が開発したHassyPBなどである。価格も、おおむね数百ドル程度。

フィルム撮影前の確認だけならデジタルバックでも同じようなことはできる。しかし、そのたびにデジタルバックを脱着するより、こうしたインスタントバックを気軽に交換する方が、撮影の流れとしては面白そうだ。すでに特許の切れたであろう古い機材に対して、現代のサードパーティが新しいアクセサリーを作ってくれる。これは古いシステムを使う者にとって、非常に心強いことである。

そして私には、密かに欲しいものがある。ウエストレベルファインダーの見え方を保ちながら、必要なときには電子的にピントを拡大できる「夢の電子ファインダー」である。どこかのメーカーが作ってくれないだろうか。もし実現すれば、Vシステムの撮影体験はさらに面白いものになると思う。

大判カメラへ広がるデジタルバック

Vシステム用デジタルバックの恩恵は、Vシステムの中だけに留まらない。最近、少しかじり始めた4×5の大判カメラにも、その世界を広げてくれた。

大判カメラの後部にハッセルブラッドのデジタルバックを接続するためのアダプターが販売されている。これは大判フィルム撮影の練習にも使える。さらに面白いのが、デジタルバック自体を上下左右へ移動させて複数枚撮影し、それらを後で結合するShift/Stitch方式である。

これを使えば、44×33mmという現在のセンサーサイズを超える巨大な画像を作ることもできる。「デジタルバックのセンサーは、なぜもっと大きくないのか」と嘆いていた私にとっては、まるで神のような仕組みである。古い大判カメラと現代のデジタルバックが組み合わさって、また別の撮影方法が生まれる。Vシステムから始まった興味が、いつの間にか4×5まで広がってしまった。

修理できるうちに修理する

もちろん、Vシステムにも大きな不安がある。修理である。堅牢なカメラシステムとはいえ、機械式カメラである以上、いつかは故障する。この20年間だけでも、三本のCレンズに不具合が生じ、修理を必要とした。ボディやフィルムバックにも、そろそろ整備が必要ではないかと思うものがちらほら出てきている。

最近も、ボストンの有名な修理業者へレンズを送った。ところが、その修理が完了する前に、修理を担当されていた方がお亡くなりになってしまった。数年前には、アメリカでハッセルブラッド修理の大御所だったDavid Odess氏も亡くなられた。これでアメリカにおける重要な修理拠点が、また一つ失われたことになる。

幸い、日本にはまだ複数の修理店がある。ヨーロッパにも、ハッセルブラッド修理の最後の砦とも言える工房がいくつか残っているようだ。しかし今後、純正交換部品が少なくなり、熟練した修理技術者も減っていくことは避けられないだろう。だからこそ、「壊れてから考える」のではなく、「修理できるうちに整備する」という発想が必要なのだと思う。

6×6という、至高の正方形

44×33mmの現代デジタルバックがもたらす利便性は大きい。撮影したその場で画像を確認できる。古いレンズをデジタルで使える。大判カメラへ接続することすらできる。しかし、それでも私は、6×6フィルムを手放せない。

56mm×56mmという、あの大きな正方形。ウエストレベルファインダーを上から覗き込んだときに広がる、あのスクエアの世界。そして現像が終わるまで結果が分からないフィルムならではの時間。それらには、デジタルでは完全には置き換えられない情緒がある。

デジタルか、フィルムか。どちらか一方を選ぶ必要はない。デジタルバックの利便性を享受しながら、6×6フィルムの開放感も楽しめばよい。レンズシャッター機を使い、時にはフォーカルプレーン機を使う。古い純正アクセサリーを探しながら、新しいサードパーティ製品にも興味を持つ。そして故障すれば、修理できる場所を世界中から探す。

考えてみれば、実に面倒なシステムである。しかし、その面倒さまで含めて楽しい。約20年前、500C/Mと三本のレンズから始まった世界は、今でも終わる気配がない。むしろ、知れば知るほど、その先にまた別の世界が現れる。

これからもフィルムとデジタルの両輪を回しながら、この完璧なスクエアの世界を、できる限り長く楽しんでいきたい。それこそが、私にとってのハッセルブラッドVシステム、その深淵なる愉しみなのである。


SWC, Portra 400, Toronto, Canada, April 2026


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