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二度のプラハ――仕事の合間と家族との再訪

仕事で訪れた最初のプラハ

これまでにプラハを二度訪れている。一度目は仕事、二度目は家族旅行だった。仕事での滞在は四日ほどあったが、仕事があると、その街を心から楽しむことはなかなか難しい。予定が気になり、観光に出ても途中で切り上げなければならない。仕事のついでに少しでも街を見られるのは恵まれたことかもしれないが、いつもどこか中途半端な気持ちが残る。

一度目の旅行には、ライカのレンズであるエルマリート-R 28mmとズミクロン-R 90mmを持参していた。ところが、プラハへ入る前に半日だけ立ち寄ったウィーンで、United Cameraという中古カメラ店を訪ねたことから、予定が少し変わった。まず目に留まったのが、広角レンズとして名高い専用フード付きのスーパー・アンギュロン-R 21mm F4だった。価格は490ユーロで、それほど悪くない。さらに、レッドスケールのエルマリート-R 90mm F2.8が290ユーロで並んでいた。店のウェブサイトを見ると、エルマリート-R 24mm F2.8まで掲載されている。さすがに迷ったが、結局、思い切って三本とも購入した。もともと持ってきた二本に三本が加わり、仕事を兼ねた旅行の荷物としては少々大げさになった。しかし、買ったからには試さなければならない。

4時間ほど電車に揺られ、23時頃にプラハへ到着し、駅からUberでホテルへ向かった。結構な距離を走ったと思うが、運賃は10ドル以下で驚いた。木曜日と金曜日は仕事だったが、それを終え、土曜日以降はようやく完全に自由となった。土曜日は早めにホテルを移り、最後の一泊をマンダリン オリエンタル・プラハで過ごした。かつての修道院を改装したホテルで、カレル橋を旧市街から渡った先、プラハ城にも近いマラー・ストラナ地区にある。この一泊は最初から特別なものとして予約していたので、非常に楽しみにしていた。

チェックインは15時からだったが、昼前に到着すると、すでに部屋の用意ができており、しかもアップグレードされていた。一階の部屋からはそのまま中庭へ出ることができ、開放感があった。歴史ある建物、静かな中庭、街歩きに便利な立地を含め、すべてが最高だった。翌日は16時までのレイトチェックアウトも認められ、18時04分発のアムステルダム行き寝台列車まで、ホテルで過ごすことができた。旅の最後に良いホテルを一泊だけ入れるというのは、やはり効果が大きい。

ホテルの裏手にあるペトシーンの丘へも歩いて登った。頂上には「プラハのエッフェル塔」と呼ばれるペトシーン展望塔がある。丘までは徒歩で上り、塔の最後の部分だけエレベーターを使った。そこからプラハの街を一望し、おそらく買ったばかりのスーパー・アンギュロン21mmで撮影したはずである。ウィーンで手に入れた広角レンズを試す場所としては、これ以上ない舞台だった。この滞在では中古カメラ店を二軒回り、サウナにも入り、マンダリン オリエンタルで薦めてもらったカフェ・サヴォイで朝食をとった。仕事での滞在の最後に、ようやく自分の旅行が始まったような気がした。

家族を案内する二度目のプラハ

最初のプラハは、街並みが美しく、物価も比較的安かった。治安にも大きな不安を感じず、ビールは安くて美味しい。食事については「それほどでもないかな」と思っていたものの、街に対する総合的な印象は非常に良かった。そこで二度目の家族旅行にも、プラハを組み込むことにした。

二度目は、クラクフとアウシュビッツ収容所を訪れた後、クラクフから列車で五時間ほどかけて移動し、夜の九時頃にプラハ中央駅へ到着した。私にとっては二度目だが、ほかの家族にとっては初めてのプラハである。駅のどこから出ればよいか、Uberにどこで乗ればよいか、街をどのように回ればよいかを知っているのは私だけだった。自分がプラハを代表して家族を案内しているようで、多少の責任を感じる一方、それが少し心地よくもあった。自分が気に入った街を、家族にも気に入ってもらえるだろうか。案内役としては気になるところである。

日が暮れ、小雨も降っていたが、駅では迷うことなくUberを捕まえ、そのまま宿へ向かうことができた。今回選んだのは、繁華街にあるアパートメント形式の宿だった。Booking.comの写真には広い部屋と大きなキッチンが写っていた。古い建物のためエレベーターがなく、荷物を持って二階分の階段を上がらなければならなかったのには少々閉口したが、プラハの古い街並みの中にある建物なので仕方がない。ようやく部屋へ入ってみると、その内容は写真から想像していた以上に充実していた。

到着後は、夜遅くまで開いているマクドナルドで食べ物を買い、スーパーで水などを調達して空腹を満たした。私にとっては、とりあえず空腹をしのぐためのマクドナルドだったが、子供たちにとっては、同じ店でも街や国が違えば、それ自体が珍しいらしい。味の違いや現地のおまけなどを見比べながら、それなりに楽しんでいた。大人が何でもないと思う店にも、子供たちは旅先ならではの違いを見つけるものである。

翌朝は五時台から一人で散歩に出かけた。小雨は降っていたが、これくらいで撮影を諦めるわけにはいかない。傘を片手に迷わず出発すると、雨はそのうち、やんできた。二度目の街なので地図は見なかった。ハッセルブラッド500C/MにC80mmレンズと、フィルムの代わりにデジタルで記録するためのデジタルバックを取り付け、以前歩いた道と初めて通る道を適当に織り交ぜながら、三時間ほど気の向くままに歩いた。自分でも、その体力には少し驚いた。川を渡り、対岸にある公園の高台まで上がり、その先で雰囲気の良さそうなカフェを見つけた。そこで食べたスモークサーモン付きのエッグベネディクトがかなり美味しく、コーヒーも良かった。テーブルにハッセルブラッドを置き、その日に撮った写真も見直した。小雨の中を地図も見ずに歩き回った後の朝食は、実に気分の良いものだった。

帰りはさすがに路面電車に乗った。最初にプラハを訪れたときには、走っている車両のほとんどが旧型だったように記憶している。丸みを帯びた古い車両は街並みによく似合い、それ自体がプラハの印象の一部になっていた。ところが二度目の訪問では、感覚的には二割から四割ほどが新型車両に代わっていた。安全性や快適性を考えれば、車両が新しくなるのは当然である。それでも、古い街並みの中を走る旧型車両が少しずつ減っていくのを見ると、仕方がないと思いながらも、いくらか寂しく感じた。

厳しい検札と、最高の昼食

早朝撮影を終えて宿へ戻っても、インペリアル・ホテルでの昼食まではまだ時間があった。そこで、一度目のプラハで訪れた二軒の中古カメラ店をもう一度回ることにした。そう話すと、長男も一緒に行くという。まだ、その日が始まったばかりの午前中である。

私たちはそれぞれ、公共交通機関の乗り放題券を携帯電話で購入していた。私は早朝から路面電車を利用していたので、すでにチケットを有効化していた。一方、長男は購入だけを済ませ、まだアクティベーションしていなかった。二人で話しながら地下鉄の駅へ入り、長男はそこでチケットを有効化しようとした。しかし、地下で電波が弱かったのか、駅のWi-Fiが使えなかったのか、うまくアクティベーションできない。そうしているうちに有料区域との境界線を越え、検札員に止められた。

チケット自体は購入しており、意図的に無賃乗車をしようとしたわけではない。それでも、有効化されていない以上、規則上は無札と同じである。事情を説明しても大目に見てもらうことはできず、罰金を支払うことになった。規則を破ったのはこちらなので、基本的にはこちらが悪い。それでも、すでにチケットを購入し、その場で有効化しようとしていた観光客に対して、もう少し融通が利いてもよいのではないかとは思った。少なくとも、この後に利用したドイツの市内交通では一度も検札に遭わなかった。検札が来なかったことと制度が寛大であることは別だが、プラハの検札の厳しさは、旅行前に聞いていたとおりだった。

長男は、自分の不注意と検札員の対応の両方に腹を立て、苛立っていた。私は「せっかく旅行に来たのだから、嫌な気分は早く忘れたほうがよい」と諭した。旅行では、思いどおりにいかないことが必ず起こる。しかし、一つの出来事に引きずられ、残りの旅行まで嫌な気分で過ごすのは、あまりにももったいない。罰金は罰金として諦め、その後のプラハを楽しむ。それが旅行中の嫌な出来事に対する、私なりの対処法である。それでも気を取り直し、二軒の中古カメラ店を回った。

その後、家族全員で、予約していたアール・デコ・インペリアル・ホテルのカフェ・インペリアルへ向かった。一度目の訪問でも朝食を食べようとして訪ねたのだが、予約がないため入店できず、大変悔しい思いをしていた。そのため、二度目の家族旅行では、あらかじめ昼食を予約しておいた。

それにしても最近は、インターネット予約がすっかり浸透し、予約をしていなければ入れない店が増えた。予定を立てて来店する者にとっては、席が確保されるので便利な仕組みである。一方、旅先で偶然見つけた店にふらりと入ろうとする者にとっては、ずいぶん不便になった。予約を取った今回は無事に入店できたが、一度目の私は、まさにその不便さを味わったことになる。

ここで食べた料理は、「プラハの食事はそれほどでもない」という最初の印象を、良い方向へ完全に覆した。とりわけビーフタルタルは、これまで食べたものの中でも最高と思えるほど美味しかった。ほかの料理もどれも良く、長女はウサギ肉を選び、「すごく美味しい」と喜んでいた。家族がそれぞれ好きなものを注文し、めいめいが自分の料理を楽しんでいる。それを眺めるのも、家族旅行の良いところである。天井や装飾、タイル張りの壁も見事で、店内を眺めているだけでも気分が良くなった。検札の一件に腹を立てていた長男も、昼食には大いに満足した様子だった。少しは気が紛れただろうと思い、私もほっとした。罰金の直後に、この旅行で最も美味しい昼食が待っていた。まさしく、人間万事塞翁が馬、禍福は糾える縄のごとしである。

午後からは家族で市内を観光し、夕方には川のクルーズに出かけた。「ナイトクルーズ」という触れ込みだったはずだが、船の出発時刻は日没よりかなり早かった。乗船してしばらくしても空は青々としており、家族からは「これ、いつ暗くなるの?」と怪訝な顔をされた。結局、いつまで待っても夜景にはならず、爽やかな夕方のリバークルーズとして幕を閉じた。あと一時間遅い便を選んでいれば、本当のナイトクルーズになったらしい。ロマンチックな夜景を期待していた家族には申し訳なかったが、夜になる前に帰還してしまったという間抜けな結末は、今となっては我が家の笑い話である。それでも、川の上で風を浴びながら船に揺られるのは気持ちが良かった。

翌日は、早くもプラハ滞在の最終日だった。私が早朝撮影に出かけると話すと、長男も一緒に行くという。この日は500C/MにC80mmを付け、スポットメーターも持って、まずカレル橋へ向かった。長男には、ある音楽家のLPジャケットをまねて撮ってほしい場所があり、そこで同じような構図を探してハッセルブラッドで撮影した。そういえば、以前ロンドンのAbby Roadでも同じようなことをした。この朝は、Kodak Ektachrome E100を二本、Kodak Ektar 100を一本、Fujifilm PRO 400Hを一本、合計四本のフィルムを撮った。早朝からこれだけ撮影したのだから、単なる散歩というより、かなり本格的な撮影だった。プラハという街に自然とこれだけ撮らされたというのが正しい表現かもしれない。

カレル橋での撮影後は、予約していたカフェ・サヴォイへ向かった。一度目のプラハで、マンダリン オリエンタルから薦められて訪れた店である。美しい店内で長男とゆっくり朝食をとった。一度目の旅行で知った店を、今度は長男と再訪する。このような小さな繰り返しも、同じ街を再び訪れる楽しみの一つである。朝食後はアパートメントへ戻ってチェックアウトし、駅からベルリンへ向かった。

三度目を待つ街

二度目のプラハで、丸一日自由に使えたのは実質的に中日の一日だけだった。それでも、雨の中での一人歩き、中古カメラ店を巡る途中での厳しい検札、インペリアル・ホテルの昼食、日没前に終わった「ナイトクルーズ」、長男とのカレル橋での撮影、そしてカフェ・サヴォイでの朝食と、内容は十分に濃かった。

ただし、帰宅後に家族の感想を聞くと、初めてのプラハが中一日だけだったのは、やはり物足りなかったらしい。案内役を務めた者としては、少々申し訳なく思う。しかし、ユーレイルパスを持った乗り鉄の父親に旅行計画を任せると、できるだけ多くの鉄道に乗るため、多くの都市を駆け足で回る旅程になってしまう。そこは、どうか許してほしい。

以前の私は、旅行とは、まだ行ったことのない都市を次々に訪ねることだと思っていた。しかし、一度訪れた街には、初めての街にはない気楽さがある。駅の出口や公共交通機関の使い方が分かり、地図を見ずに歩くこともできる。それでいて、二度目には二度目の発見があり、新鮮味がなくなるわけでもない。同じ街を何度も訪れることについては、いずれ別のエッセーとして書いてみたいと思う。

あれほど昼食が美味しかったアール・デコ・インペリアル・ホテルを後からウェブサイトで調べてみると、時期によっては一泊100ドル台で泊まれることが分かった。あの見事な建物と立地を考えれば、破格といってよい。残念ながら二度目の旅行ではすでに満室だったが、次は早めに計画して予約すれば泊まれる可能性がある。朝はホテルで朝食をとり、そこから地図を持たずに街へ出る。気に入った二軒の中古カメラ店をのぞき、カフェ・サヴォイにもまた立ち寄る。三度目のプラハで何をするかは、まだ予約もしていないのに、すでに少しずつ決まり始めている。

一度目は、仕事の合間にウィーンで買ったRライカのレンズを試しながら歩いた。二度目は、家族と食卓を囲み、ハッセルブラッドを持って一人で、あるいは長男と歩いた。プラハには落ち着きがあり、こちらを急かすこともない。それでいて、なぜか繰り返し引き寄せられる。三度目の訪問を、もう楽しみにしている。


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