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【黒衣の未亡人】 unit status:deleted ~最初の記録~


もし、この戦場が、この涙が、誰かの指先一つで操作される「データ」に過ぎないとしたら。
1944年、ライン川上空。夜間戦闘機P-61「ブラックウィドウ」が遭遇したのは、敵軍の新兵器ではなく、この世界の「綻び」だった。
新シリーズ『UNIT STATUS: DELETED』
SF×ヒューマンドラマをお送りします。



黒衣の未亡人


1944年、ドイツ西部。ライン川の上空は、凍てつくような闇に支配されていた。

P-61「ブラックウィドウ」の狭い機内では、エンジンの重低音に混じって、無線越しにクルーたちの取り留めもない雑談が流れていた。

「……なあジャック、この任務が終わって国に帰ったらさ。俺、ミズーリにいる幼馴染のベティに、ちゃんと指輪を渡そうと思ってるんだ」

後部座席のレーダー手、ビルが照れ臭そうに笑う気配が伝わってきた。

「へえ、あの写真の可愛い子か。お前にはもったいないな」 
「うるせえよ。あいつ、俺が消防士になりたがってたの知ってて、『あんたは危なっかしいから私が守ってあげる』なんて言いやがってさ。……帰ったら、今度は俺が守るって伝えるんだ」

操縦士のジャックは、鼻を鳴らしながら操縦桿を握り直した。 「いい話じゃん。俺は、親父が持ってる農場を手伝うよ。あそこで作ったアップルパイ、世界一なんだ。お前もベティを連れて食いに来いよ」

そんな、どこにでもある「未来の話」が、冷たい夜の空気に溶けていく。

その時だった。

「……おい、ジャック。12時方向。何だありゃ」

ビルの声から余裕が消えた。 ライン川の蛇行に沿うように、数個のオレンジ色の光球が浮遊していた。それは生き物のような滑らかさで、P-61の翼のすぐそばまで音もなく近づいてくる。

「ドイツの新型か!? ……いや、違うな」

光の球は、まるで獲物を観察する爬虫類の目のように、不気味に発光していた。 ジャックが回避行動に移ろうとしたその瞬間。

雑音だらけの無線の奥から、「それ」が聞こえた。

『この3番機(ユニット)、次のイベントで廃棄予定だから。弾薬の無駄w』

「……え?」

ジャックは耳を疑った。今、誰か笑わなかったか? ユニット? 廃棄? 隣を飛ぶ光の球が、一瞬だけカメラのレンズのように絞りを絞った気がした。

「今、何か聞こえたか、ビル」
「いや……ノイズだけだ。……クソ、あの光、消えやがった」

光の球は、物理法則を無視した加速で夜空の彼方へ消えていった。 後に残されたのは、ベティへのプロポーズを夢見る男と、父のアップルパイを心待ちにする男。
そして、彼らを「ただの使い捨てデータ」として見下ろす、透明な悪意の残響だけだった。



翌夜、ジャックとビルを乗せたP-61は、ライン川に架かるレマゲン鉄橋の爆撃を掩護するため、再び黒い空へと放り出された。

彼らにとって、それは祖国のための、そして自分たちの未来を勝ち取るための「決死の任務」だった。だが、この空を管理する「住人」にとって、それはただの時限イベントに過ぎない。

「ビル、レーダーはどうだ。……ビル?」
 「……ああ。いや、さっきから変なんだ。計器がときどき、砂嵐みたいになる」
ビルの声には、昨夜の快活さは微塵もなかった。 ベティへの指輪のことも、消防士の夢も、今の彼には遠いお伽話のように感じられていた。

その時、機体の周囲にまた「それ」が現れた。 昨夜よりも数が多い。5つ、6つのオレンジ色の光が、編隊を組むようにP-61を包囲する。

『——ここ、カットしないで。爆破シーンの引き(画角)重要だから』

まただ。 ジャックの頭の中に、冷え切った電子音のような声が突き刺さる。
 眼下には、目指す鉄橋が見えてきた。ドイツ軍の激しい対空砲火が、夜空に幾何学的な模様を描き出す。

「よし、橋を捉えた! 爆撃隊を……」

ジャックが叫びかけたその瞬間、P-61の左エンジンが、何の前触れもなく火を噴いた。 対空砲が当たったわけではない。弾道はすべて、計算されたように機体を掠めていただけだ。

ただ、「そこ」で壊れるようにプログラムされていた

「クソッ、消火装置作動! ビル、脱出の準備をしろ!」 
「ダメだ、ジャック! キャノピーが開かない! ロックされてる!」
火炎に包まれ、制御を失ったブラックウィドウが、ライン川の濁流に向かって急降下を開始する。ジャックは必死に操縦桿を引き続けた。父の待つ農場の景色が、アップルパイの匂いが、走馬灯のように脳裏をよぎる。

だが、風防のすぐ外側を並走するオレンジ色の発光体は、その必死の形相を「最高のアングル」で記録し続けていた。

『よし、ナイス墜落。エフェクト最高w。あ、3番機(ユニット)消滅したわ。乙』

ジャックの鼓膜に届いた最期の音は、ビルの絶叫でも、エンジンの爆発音でもなかった。 どこかの誰かが、ポテトチップスを齧りながら放ったような、軽薄な「笑い声」だった。

衝撃。 
そして、ライン川の水面がすべてを飲み込んだ。 

システムログにはただ1行「Unit 003: Deleted」
とだけ記録された。


第1話 了


今日も世界のどこかで、誰かの物語が「削除」され、新しい「周回」が始まっているのかもしれません。
では、次の戦場でお会いしましょう。
あなたのステータスが、まだ「ACTIVE」であることを願って。


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