『サトリ 第5話 ~来なかった日~』
※この物語は、一話完結です。
☘️ 人は別れの日を覚えている。 ☘️
けれど、本当に心に残るのは、
会えなかった日なのかもしれない。
🍀 🍀 🍀
サトリに会わなくなって、1カ月が過ぎた。
別に約束をしていたわけじゃない。
連絡先も知らない。
会う時間を決めていたわけでもない。
だから会えなくても不思議ではなかった。
不思議ではない。
そのはずだった。
ナオトはカフェの窓際の席に座る。
アイスコーヒーを一口飲む。
冷たい。
窓の外では、駅前のスクランブル交差点に人が溢れている。
信号が変わる。
人波が動く。
今日も同じ景色だった。
論文を開く。
教授から返された原稿だ。
赤ペンの跡が増えている。
逢魔が時は消しなさい。
根拠が弱い。
この表現は曖昧。
見慣れた指摘ばかりだった。
ナオトは数ページ読んでから、顔を上げる。
向かいの席は空いていた。
当たり前だ。
サトリがいつ来るかなんて知らない。
そもそも来るとも限らない。
ナオトは再び論文へ視線を落とした。
数行読んだ。
そしてまた窓を見る。
自分でも少し笑う。
「何やってんだ」
小さく呟く。
返事をする人はいない。
グラスの外側を伝う水滴だけが増えていく。
その日は、そのまま帰った。
また数日が過ぎた。
論文は少し進んだ。
教授には相変わらず細かい指摘をされている。
逢魔が時は消しなさい。
その一文も健在だった。
ナオトは赤ペンの跡を眺める。
そして、ふと思う。
サトリなら何と言うだろう。
たぶん。
「そうでしょうね」
あの調子で言う気がした。
思わず笑う。
教授は不思議そうな顔をした。
ナオトは慌てて咳払いをする。
その日の帰り。
駅前の交差点を歩いていた。
理由はない。
少なくとも、そういうことにしている。
信号が変わる。
人の流れが交差する。
ナオトはその中に紛れながら歩く。
その時だった。
黒髪が見えた気がした。
反射的に目で追う。
だが次の瞬間には、人混みに紛れて消えていた。
「またか」
小さく呟く。
最近こういうことが増えた。
似た後ろ姿を見る。
振り返る。
違う人だった。
それだけだ。
週末。
ナオトはカフェへ行かなかった。
忙しかったからだ。
たぶん。
論文もある。
調べたい資料もある。
行く理由もない。
だから行かなかった。
改札の前は人で溢れている。
買い物帰りの人。
食事を終えた人。
家路につく人たち。
誰もがそれぞれの方向へ急いでいた。
ナオトもその流れに紛れる。
その中だった。
ふと。
見覚えのある姿が目に入る。
ナオトは足を止める。
人の流れの向こう側。
改札を抜けてくる少女。
黒髪。
少し伸びた髪。
私服だった。
それでも見間違えるはずがなかった。
サトリだった。
サトリも気づく。
驚いたように目を丸くする。
それから、
いつもの笑顔をつくろうとして
一瞬だけ遅れた。
「久しぶりです」
その声は変わらない。
けれど、どこか疲れているように見えた。
ナオトは思わず聞きそうになる。
どうしたのか。
何があったのか。
だが、やめる。
まだ、その距離じゃない気がした。
「久しぶりだな」
「……少し、忙しかったんです」
「そうか」
二人は少しだけ笑った。
「また」
「はい。また」
それだけ言う。
サトリは小さくうなずいた。
そして、ほんの少しだけ息を吐く。
おわり
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