私は外国籍の者だ
自分は言う必要がなければ、自ら日本人だとは名乗らない。台湾人でないことを言う必要がある時も日本人と言わず、外国籍の者だと言っている。もちろん相手から国籍はどこ?と聞かれれば、日本と答えるが、言う必要がない時は日本とは言わず、曖昧にしておく。何人であると他人に特定して欲しくない。
自分も皆さんと同じ台湾の住民だと見てもらいたいし、自分も無意識に自分は日本人だと意識しないようにしていると思う。だからなのかはわからないが、日本人だと特定されることは非常に少ない。
7年前に30年ぶりにニューヨークへ行った。5回目のニューヨークだった。初めて行ったのは1983年、自分以外は皆んな大勢の白人か黒人みたいな環境は初めてだったので、着いたばかりの2日間ぐらいは街に一人で出るのがちょっと怖かった。当時はチャイナタウンにでも行かないと東洋人を見かけることはほとんどなかった。でも7年前の5回目のニューヨークではチャイナタウンとかコリアタウンへ行かなくても、中国系や韓国系の人が経営している商店があちこちで見られたし、チャイナタウンへ行かなくても、どこでも中国系の人たちとすれ違った。彼らから直接、広東語や共通中国語で話しかけられた。住民だと思われたこともあったし、観光客だとさとられた事もあったが、日本人だとは思われなかった。英語が苦手なので、買い物する時や食事する時はなるべく中国語が通じそうな店を選んだ。
以前、台北市内でバス停で妻とバスを待っている時、妻とずっと日本語で話していた。傍にいたおばさんに好奇心で「あなたたち今、何語で話しているの?台湾人じゃないの?」と聞かれた。この時は流石に「日本語です。日本人です。」と答えた。
戦前に日本語教育を受けたお年寄りも多く、若い人でも日本語学習経験のある人が多いし、日本のドラマがテレビで吹き替えなしで放送される台湾で、日本語の音を聞いて、日本語であることがわからない台湾人も存在することにちょっと驚いた。
そのおばさんに中国語は話せるのか?と聞かれ、話せるけど下手だと答えると、おばさんは「私も下手よ。母語は潮州語だし、中国語より広東語の方がまだまともよ!」と言っていた。戦後に中国から台湾へ移民してきた家庭出身者だと日本語に全く馴染みがないのかもしれない。
僕は50歳過ぎた頃から、見知らぬ人から中国語でなく、台湾語で話しかけられることが増えた。コンビニやスーパーのレジ係が僕の前の客や後ろの客には中国語でやり取りしているのに、僕にだけ台湾語で話してくることもある。僕にとっては台北市内でも台湾語が十分使われているというイメージだ。
7年前ニューヨーク、マンハッタンのチャイナタウンでお土産店を覗いたら、店員に共通中国語で「どこから来たの?」と聞かれ「台北から」と答えると、その店員は福建語で話し始めた。なんで話せるの?と聞いたら、マレーシア出身の福建系華人だった。彼女は台湾人に福建語が通じることを知っていた。
