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マイノリティーになる体験

某海外のSNSで繋がっているある日本人がそのSNS上で日本人は短期留学でもいいから海外へ行って、マイノリティーという立場になってみた方がいいと語っていて、これを読んで急に思い出したことがある。

映画を見て感動して、涙が溢れそうになることはよくあるが、1987年のアメリカ映画「太陽の帝国」を見た2時間後ぐらいに映画を一緒に見た当時付き合っていた彼女に「映画どうだった?」と聞かれた瞬間、自分の体験を思い出し、彼女や他の乗客がいる中で声を出して泣いてしまった。自分でも予期せぬことで、びっくりしたし、すごく恥ずかしかった。

当時の彼女は2歳の時に家族で日本へ移民してきた人だった。どうして泣いてしまったかを簡単に説明したが、彼女は何も言わずに背中をさすってくれた。彼女もまた子供時代に日本で散々嫌な思いをしてきた体験がある。

自分はこの映画「太陽の帝国」の主人公の少年よりは少し年上だったが、まだ少年と呼べる時代に海外で体験した嫌な体験や怖い体験や当時我慢していたこと、心配していたことなどが突然フラッシュバックし、少年の体験と重ね合わせてみたり、比べてみて、当然少年の方が全然大変な体験だったので、急に少年が非常に可哀想に思えたのだろう。

僕はあの当時、その国で小銃を突きつけられたり、威嚇射撃されながら追いかけられたこともある。映画の中の少年と同じように自分より年上の二人組にずっと後をつけまわされたこともあるし、一人でタクシーに乗ろうとしたら、日本人だとバレて乗車拒否にあったことが何回もあるし、乗れたはいいけど、途中でバレて目的地に着く前に強制的に降ろされることもあった。

僕は大人になってから、あちこちの国へ旅したし、台湾には日本人として約30年暮らしている。色々な国で多少の嫌がらせや差別があってもたいして気にならなかったのは、この少年時代の体験が影響しているのかもしれない。

また、その土地の庶民の言葉を片言でもいいから覚えて使うと、差別される側でも、いい扱いを受けることもあることを少年時代に体験している。これが大人になってから、台湾語を覚えたり、客家語や潮州語にも興味が持てたきっかけになっていると思う。

あの当時いつも父から例え家の中であってもこの国の悪口は絶対に言うな!と釘を刺されていた。どこで誰がどんな方法で自分たちの会話を聞いているかわからなかからだと言っていた。

父は空港の係官にいつも「先週はどこどこの誰々さんと会ってから、どこどこにも行って誰々さんと商談してきていますね!仕事はうまくいきそうですか?」と聞かれ、小遣いをせびられていたそうだ。逆らうとスパイとかの濡れ衣を着せられるんだと思い、いつも小遣いをあげていたと言っていた。

ある時、父の仕事のパートナーがスパイ容疑で捕まり、父も情報部に呼ばれ、目の前でパートナーの拷問を見せられた。父は空港で毎回小遣いをあげていた係官のことを思い出し、名刺をもらっていたので、連絡して相談してみたら、パートナーは無事釈放され、父もお咎め無しになった。

その係官は実は情報部関係の人間で後に情報部の大物人物になった。あの当時、国際空港の荷物検査官は目つきや態度が怖い人が多かった。体格も良かったし、どう見てもヤクザっぽかった。腰を屈めると、ズボンの後ろにコルト45自動拳銃が裸で差し込んでいるのが見えたりした。

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