神様の向こう側(最終話)
第1話はこちら
神様の向こう側からは、こちらの世界が見えるんだろうか。
仏壇に線香をあげながら、和也はそんなことを考える。俺が沙希に出会ったことも、今週末には彼女とツーリングに行くことも、京香は全部知っているのだろうか。
「高校の夏休みに、行けるだけ遠くに行ってみようって、自転車で出かけたことがあったよな」
聞こえているかどうかわからない京香に、和也は静かに語り掛ける。彼女がいなくなってから、何度も繰り返した一方通行の会話。
「すごく天気のいい日で、暑かったけど風が気持ち良くて。京香の後ろを走っただけなのに、俺はすごく楽しかったよ。もうずっと忘れてたけど」
どこまでも抜けるような真夏の青空、ぽんぽんといくつも咲いた青い朝顔、京香のポニーテールをまとめていた青いシュシュ。高校2年生だった夏の1日は、記憶のあちこちに青をちりばめている。
あれから、30年以上の時間が流れたのか。
「もうわかってるかもしれないけど……俺、バイクで一緒に走りたい女の人がいてさ。京香の代わりなんて絶対に思ってないけど、その人が俺は好きで」
神様の向こう側で和也の話を聞きながら、京香はどんな表情をしているのだろう。それとも新しいいのちに生まれ変わって、そこにはもういないのだろうか。
不意に、和也はいつか見た夢を思い出した。色とりどりの花束を抱いた京香が、何かを彼に告げる夢。そのときはわからなかったけれど、今になって気付く。
大丈夫だから、と彼女は言ったのだ。
「……そうか」
少しだけ低い京香の声が、耳元でかすかによみがえる。次の瞬間、和也は顔を覆って泣き出していた。
どうして涙があふれてくるのか、自分でもわからない。悲しいのか懐かしいのか、それとも愛おしいのか。捉えどころのない想いが、波のように心を濡らしていく。
和也は幼い子さながらに声を放って、ただ泣きたいだけ泣き続けた。
〔了〕
