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短編小説|卒業式の後で~at Cafe Yuko~ 〔ピリカ文庫〕

「ふたりで一緒に来てくれたの、久し振りだね」
 オーナーの優子さんは、水のグラスをテーブルに置くと、直也と私の顔を見て、やわらかく笑った。
「一年振りですよ、俺。やっと来れました」
「嬉しいなあ。今日は、娘さんの高校の卒業式でしょ」
「さすが、俺達をよく知ってますね」
「3月1日にふたりでスーツ着てたら、すぐわかるよ。おめでとう」
 その祝福にお礼を言って、私達はクリームソーダを注文した。
 Cafe Yuko。ピンクの花束の水彩画が飾られた、山小屋風のこのカフェは、私が唯一、行きつけと呼べるお店だ。
 奥のテーブルで向かい合った直也と私は、一人娘の高校卒業を機に、自分達も、夫婦を卒業しようと考えていた。

 元々、高校の同級生だった私達は、卒業式の翌日につきあい始めた。やがて夫婦になり、親になって。
「卒業した次の日も、一緒にクリームソーダ飲んだよな。俺が、笑子に告白した時」
 厨房へ戻る優子さんの背中を見ながら、直也が明るく作った声で言う。
「覚えてるよ、駅前の喫茶店でしょ。あのクリームソーダ、綺麗だったね」
 観葉植物、水色の壁紙、直也の頬のにきび。懐かしい場面が蘇ってくる。
 あの日、私達の前には、透き通った青いソーダの上に、バラの花を象ったアイスクリームを乗せた、芸術的に美しいクリームソーダが置かれていた。 
「ソーダは青だし、アイスはバラだし、びっくりしたよ。俺、あれを見た時、この告白は成功だって思ったんだ」
「結局、あの日からつきあったもんね」
 でも、そんな私達の歴史は、もうすぐ終わる。

 直也は一人っ子だけれど、義父母と同居はしない。その前提で、私達は実家の近くに小さな家を買い、娘の美琴みことと3人で暮らしてきた。
 程よい距離は、良好な関係には欠かせない。
 それが崩れたのは、昨年の春。義父が、急病で亡くなったことがきっかけだった。
「おかず作ってきたの。お昼、一緒に食べない?」
 日曜のたびに、義母が手料理を持って、家に来るようになったのだ。毎週、毎週毎週。用事があると断っても、それなら晩ご飯と、夜に顔を出す。
 貴重な日曜に、全く休めなくなった私は、苛立ちと疲れを積もらせていた。
「お義母さん、来過ぎだよ。いい加減にしてって言って」
「何だよ、その言い方。親父がいなくなって、おふくろも淋しいんだ。わかるよな」
 直也が義母を庇うのも、我慢ならなかった。
 疲れがたまり、不満が重なり、笑顔が消えて。
 私達の間には、少しずつ、亀裂が入り始めていた。

「俺達の結婚生活、それなりに楽しかったな」
 水のグラスを見つめて、直也がぽつりと呟いた。
「美琴は可愛かったし、素直だし。俺、幸せだったのかな」
 そう言う彼も、もうすぐ去っていく。

 美琴は昨年の秋、卒業後の就職を、遠方の水族館に決めた。動物に関わる仕事がしたいという、子供の頃からの夢を叶えたのだ。
「ごめんね。私が家を出たら、お母さん淋しくなっちゃうね」
「ううん、全然平気」
 そう言いながらも、本心は、離したくないと強く思っていた。
 それなのに。
「じゃあ春から、直也と笑子さんは、私と暮らせるわね」
 義母が、当然のようにこう言い出したのだ。
「私達にも家があるし、同居は無理ですよ」
「あら、家なんか売ればいいじゃない」
 それを聞いた途端、胸の中で、我慢が急速に膨れ始めた。
 私は、娘が家を出る淋しさと戦っているのに、よくも図々しく。
「一緒に住むなんて、絶対に嫌。馬鹿なこと言わないでよ!」
 そして。
 怒りが、爆発した。
「ふざけないで! こっちは毎週毎週、休み潰されて、もう限界なのに」
「笑子さん、私はそんなつもりじゃ」
「おい、そんな言い方ないだろ」
 義母の肩を持つ直也も、許せなかった。
「直也もね、同居するなら独りで出てって。離婚して、お義母さんと住みなさいよ!」
 売り言葉に買い言葉、だったのかもしれない。
 けれど、亀裂はその日を境に、みるみる大きくなった。夫婦喧嘩が増え、義母は頑として同居を譲らず。
 そして、私達はついに、別な道を歩こうと考え始めた。

「お待たせしました」
 黙り込んだ私達に、優子さんがクリームソーダを運んできた。
 グラスがふたつ、そっとテーブルに下ろされる。
「えっ?」
 それを、見た瞬間。
 直也と私の声が、重なった。
「あのね、ふたりの話が聞こえたから、私も真似して作ってみたの」
 優子さんが運んできたのは、透き通った青いソーダの上に、バラの花を象ったアイスクリームを乗せた、芸術的に美しいクリームソーダだった……。

 思い切って言うけどさ、俺とつきあって。
 私達の、卒業式の翌日に、時間が巻き戻ったのかと思った。

「あの時のクリームソーダと同じだな」
 直也の声が、私を現在に引き戻した。
「うん、そうだね」
 ストローに唇をつけた途端、目の奥がぐっと熱くなる。
 終わらせようとしている今、始まりの日の思い出に巡り合うなんて。
「泣くなよ、笑子」
 そう言われて顔を上げると、直也の頬にも涙が流れていた。
「直也もね」
「お互い様、か」
 私達は泣いたまま、バラの形のアイスクリームを食べ、青いソーダを飲んだ。美味しく、そして、たまらなく懐かしい。
「俺、おふくろと住むことになるけどさ」
 やがて、グラスが空になったとき、直也が思い切ったように話し始めた。
「離婚は、考え直そうよ」
「え?」
「これからも、夫婦でいよう。別居してる夫婦なんてたくさんいるし、俺達が美琴の親だってことは、ずっと変わらないんだから」
 直也の言葉が、すんなりと心に入ってくる。
 まるで、卒業式の翌日に聞いた、恋の告白のように。

「それも、いいかもね」
 言われてみれば、夫婦を卒業するのは、いつだってできる。
 別れを急ぐ前に、もう少し、積み重ねた過去を思い出してみよう。
「夫婦卒業じゃなくて、同居卒業に変更しよっか」
 私は、睫毛に引っかかった涙を指で拭いながら、直也に笑いかけた。

〔了〕

このたび、とても光栄なことに、ピリカ文庫から2度目のオファーをいただきました。

でも、なんと言っても私は前回、あの優しいピリカ文庫に、
人ゴロ……サスペンスを書いた「空気読めない物書き」なんです。

さすがにまた、殺っちまったら、サスペンスになってしまったら、
私のイメージがアレなので、
今回は、刃物は出すまい、別なジャンルと固く心に誓って、
以前に書いた物語と同じ「Cafe Yuko」を舞台にしました。

「Cafe Yuko」のオーナー、優子さんは、私の大切な友達がモデルです。
よかったら、こちらも読んでみてくださいね。

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