⭕️接触の内側ー三本目のレンズ

三本目のレンズ


休職期間の終わりが見えてきた。

以前にアナログカメラを持ち歩いて散策している話を書いた。

休職することになって、少しでも外出しようと、昔少し齧ったカメラを散歩のお供にしようとアナログカメラを引っ張り出した。

ただ、今、フィルムは36枚撮り3本でなんと5千円ほどもする。そこに現像代がかかるので、気軽に撮影できない。
たまにシャッターを切るだけ、しかも現像してみないと良し悪しが分からないので、なかなか上達しない。36枚フィルム一本で1、2枚、いや。3、4枚、良い作品が撮れたら嬉しい。
そんなスタイルでこの数ヶ月カメラと付き合っていた。


休職期間の終わりに、
ペンタックスの40mmのパンケーキレンズがやってきた。

これで28mm、40mm、50mmが揃った。

レンズの焦点距離が揃っただけの話なのだが、
不思議と、この数ヶ月間の観測の変化をそのまま表しているようにも思える。

広角レンズの28mmで見ていたのは、
街全体だった。

路地。
再開発。
花街。
神社。
鉄道。
橋。

人よりも先に、
都市の構造が気になっていた。

接触帯とは何か。

街のどこに人が集まり、
どこで偶然が起きるのか。

そんなことばかり考えていた。

28mmは、
そうした問いを考えるためのレンズだった。

広く写る。

だから街を説明することができる。



50mmは違った。

人物。
猫。
店先の飾り。
誰かが置いた鉢植え。

都市の構造ではなく、
都市の中の小さな出来事へ視線が向く。

だが、
50mmは少し選びすぎる。

何かを見つけてから構えるレンズだ。



そして最後に来たのが40mmだった。

28mmほど説明的ではない。

50mmほど対象を切り取らない。

ただ歩いていて、
ふと気になったものへ視線が向く。

目で見ているより、
少しだけ整理されている。

そんな距離感だ。



思えば、
休職期間の観測も似たような変化をしていた。

最初は街の構造を見ていた。

やがて、
その中にいる人たちを見るようになった。

そして最後には、

街でも人でもなく、

「そこに居合わせた瞬間」

そのものに興味が移っていった。



だから40mmが最後に来たことには、
少し意味がある気がしている。

休職期間が終わろうとしている。

これからは、
今までのように平日の街を歩き続けることはできなくなる。

けれど観測そのものが終わるわけではない。

むしろこれからは、

働きながら、
どのように観測を続けるか。

その問いが始まる。

40mmは、
そのためのレンズなのかもしれない。


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