【小説】同じ色で、触れたまま
──まじか。
胸の奥で小さく呟いて、僕はポケットの中で指を握った。
三列目の端。席に腰を下ろした途端、視界の隅に同じ色が引っかかる。
くすみブルーのパーカー。
昨日、店先で迷わず手に取ったものだ。少し大きめのシルエットが気に入って、今日はそれだけで気分が整っていたのに。
隣に座る宮崎さんも、まったく同じものを着ていた。
「あ、お揃い……」
声が、床に落ちるみたいに小さい。
彼女は俯いたまま、袖を引いた。余った生地が指先に絡んで、ほどける。その動きに合わせて、細い手首がふっと現れては隠れる。
「恥ずかしいな、もう着て来れないじゃん……」
言いながら、ほんの少しだけこちらを窺う。
目が合いかけて、すぐに逸らされた。
本当は、こっちだって似たようなものだ。
落ち着かない。けれど、同じだけ動揺していると悟られるのは、もっと落ち着かない。
「なんで? 着てきなよ」
一拍、呼吸を置く。
「いいじゃん、仲良しみたいで」
自分の声が、思ったより遠くで鳴った気がした。
彼女は一瞬だけ顔を上げて、何か言いかけて、やめる。
そのまま、袖をもう一度引いた。
講義が終わる頃には、もう隠しきれなかった。
「お、ペアルック?」
軽い声が飛ぶたびに、彼女の肩が少しずつ内側へ寄っていく。
その前を歩く。理由はうまく言えない。ただ、後ろに置いていくよりはましだと思っただけだ。
中庭に出たところで、後ろから小さな音がした。
「……あ」
振り返ると、彼女の体がわずかに傾いている。
ヒールの先が、側溝の隙間に取られていた。
「あぶなっ」
考えるより先に、腕を掴んでいた。
軽い。
思ったよりもずっと、頼りない重さだった。
「……大丈夫」
「ごめん、ありがと……」
距離が近い。
ヒールの分だけ上がった視線が、ちょうど喉元のあたりにある。
呼吸のたびに、その高さがわずかに揺れる。
こんな位置で、彼女と向き合ったことがあっただろうか。
「この靴もおろしたてなんだ」
「今日はスニーカーじゃないんだ」
「うん……ちょっと、背伸び」
その言葉のあと、彼女の視線が一度だけ足元に落ちる。
すぐに戻る。その短さが、なぜかやけに残った。
「こっち歩きな」
車道側に回ると、彼女は何も言わずに並び直した。
階段を降りる。
一段ごとに、彼女の動きが少し遅れる。
同じ色の袖が、わずかに時間差で揺れる。
歩幅を合わせると、距離が近いことに気づく。
近いままでも、別に不自然じゃないことにも。
「……ねえ、中嶋くん」
足を止めて、振り返る。
段差の分だけ、視線がさらに近づく。
「何」
「本当に、お揃い……嫌じゃない?」
さっきまで隠していたはずのものを、今はまっすぐ差し出してくる。
少しだけ、ずるいと思う。
「嫌じゃないよ」
それだけ言って、また歩き出す。
歩幅を、ほんの少しだけ狭める。
隣に並ぶ。
袖が触れる。
今度は、どちらも避けなかった。
触れたまま、ほんの一歩ぶんだけ、歩いた。
読んでいただきありがとうございました。
ドラマみたいなセリフを素で吐く人っていますよね。心臓に悪いです。
こちらに応募させていただきます。
他の応募作もときめきがたくさんでニヤニヤしながら読ませていただいております。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは一次創作本を作るのに使わせていただきます。