静かに壊れていった5年と、誰にも言えなかった本音─40代の再起動の裏側
これは、誰にも言えなかった5年間の話です
静かに再起動を始めてから、「どうして動けなくなっていたの?」と聞かれることが増えました。
でも、その答えは簡単には説明できません。
ある日突然、大きな出来事があって壊れたわけではなくて、生活のあちこちが少しずつゆるんでいって、気づいたときには"自分の輪郭"がぼんやりしていた5年間。
朝起きる時間がずれて、名刺がなくなって、人と会う予定がなくなって、部屋が散らかっていく。
「まあ、今日くらいはいいか」を、何度も何度も重ねた結果として、いつのまにか自分の暮らしも、気持ちも、静かに壊れていたのだと思います。
このnoteは、無料で書いた前編・後編では触れられなかった、その裏側にある"誰にも言えなかった本音"をまとめたものです。
読んだ人を励まそうとして書いたものではありません。
きれいに整えた自己啓発でもありません。
あの頃の私が抱えていた静かな怖さ、孤独、崩れた日常、そして再起動の影にまだ残る揺れ。
その全部を、少しだけ言葉にしてみようと思いました。
同じように、静かに止まってしまった誰かの、小さな安心になれたらうれしいです。
1. 動きたいのに動けなかった本当の理由
「動きたいのに動けない」という感覚は、外から見るとただの甘えに見えるかもしれません。
自分でも頭ではわかっていました。
「やろうと思えば、何かできるはず」
「時間はあるんだから、動けるはず」
それでも、体も心も思うようには動いてくれませんでした。
いちばんしんどかったのは、自分が「どこの誰なのか」わからなくなった瞬間です。
仕事を辞めた直後は、朝起きなくていいことに、ほんの少しだけ解放感もありました。
「もう少しゆっくりしてもいいよね」と自分に言い聞かせて、だらだらと過ごす時間を正当化していました。
でもそのうち、名刺を持たない暮らしが、じわじわと心を侵食していきます。
会社にいた頃は、名刺という"説明書"がありました。
「この会社の、この部署の、この役割の私です」と、一枚の紙で自分の立場を示すことができた。
でも、それがなくなると、他人に自分を説明する言葉がなくなります。
誰かの奥さんでもなく、誰かのママでもない。
「今、何をしている人ですか?」と聞かれたとき、うまく答えられない自分に気づくたびに、胸の奥がすこしずつ冷たくなっていきました。
さらに時間が経つと、前職での人間関係の多くは**"立場に紐づいた関係"**だったという事実が見えてきました。
仕事を辞めたあとも会いたいと思ってくれる人、立場が変わっても連絡をくれる人。
そういう人は、思っていたほど多くありませんでした。
もちろん、それが悪いわけではない。
仕事を通じた関係が仕事と一緒に終わるのは、ごく自然なことです。
でも、同じように一緒に走ってきたはずなのに、自分だけが急に「何者でもない人」になったような気がして、取り残されたような心細さがありました。
── 自分という"芯"のなさが露わになった
名刺がなくなって消えたのは、役割だけではありませんでした。
「私は昔、何が好きだったんだろう」
「どんなことをしているときが楽しかったんだろう」
「何を大切にして生きてきたつもりだったんだろう」
そんな当たり前の問いに、きちんと答えられない自分がいました。
会社にいる間は、自分を深く見つめなくても生活は回っていました。
忙しさや仕事のミッションが、"私"の形をなんとなく形作ってくれていたからです。
でも、立場を失ったとき、自分の中に"これだけは譲れない"という芯がほとんど何もなかったことに気づかされました。
仕事をしている自分は説明できても、何者でもない自分を説明する言葉が見つからない。
まるで、自分が薄い紙のようになっていく感覚でした。
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「お金のこと」「家族に言えなかったこと」
「本当に壊れていった日常」を書いています。
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