結婚と月の裏側。
生活を共にして、約1年、籍を入れて9か月経とうとしている。
久方ぶりに会った友人、両親、職場の同僚、何かの折につけ「新婚生活はどう?」「結婚ってどう?」と聞きたがる。
ふつふつと浮かび上がる様々な光景や思いはあるものの、それらを瞬時に的確に言葉に落とし込むには、時間が必要で。そしてわたしは何度目かもう数えるのも忘れたこの問いに「楽しいよ、部屋は散らかるけどね。」とその都度、無難かつ端的に返すのだ。
時として、数年前まで縁もゆかりもなかった他人同士が、一つの家庭、すなわち二人だけのお城を築いていく。焼きたてのお菓子のような甘やかさと焦げ付いたお鍋のようなくすぶりとひりひりと痛むような苦みと、この世のあらゆる感情をないまぜにし、少しずつ少しずつ築かれていく二人のお城。
十人十色とはよく言うが、10組夫婦がいれば10組それぞれの形があるのだろう。だからこそ「結婚生活」というものが誰にとっても、一言で語りきれないゆえんであると思う。
さりとて特別でもない、多分どこにでもいるであろう平凡な夫婦、けれど世界でたった一組の、とある夫婦。
きっと今しか感じることのできない、結婚にまつわるあれやこれやをここに赤裸々に書きしたためることにする。
なお以前のエッセイでもちらりと触れたが、飾ろうとも、加工しようともしないわたしの生の言葉に近いエッセイであるがゆえ、言葉にし、形を成していく過程で、顔を覆いたくなってくるような文章も出来上がってくるのでは、と予想される。
なので、このエッセイが多くの人の目に触れることを今のわたしは、さりとて望んでいない。
というわけで、今回は有料の形をとらせていただくことをお詫びしたい。頂いたお代は、結婚の「ご祝儀」として大切に受け取り、また誰かのささやかな幸せのために使いたいと思っている。
わたしの日常と感性の断片に興味を持っていただいた、顔は知らなくても今画面の向こうで、想いを共有できる大切な方たちへ。
いつもお世話になっている大好きな友人たちへ。
万が一、いや億が一、いつかこの文章を目にするかもしれない、かけがえのないあなたへ。
そして最後に、これから変わっていくかもしれない未来のわたしへ
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目次
1、あ、これから人生を共に過ごすのかも。
2、わたしだけ、の。
3、とある日の、「イラ」。
4,わたしは強くなり、弱くなった。
5、食べることと未来を紡ぐこと
あとがきに変えて
1,「あ、結婚するのかも」
「結婚」というのは、お付き合いの延長線上にあるものというより、若かりしころのわたしは、新しい家族の形が始まる特別な何かのように捉えていた。結婚、というイメージだけが一人歩きし、具体的なイメージが一切浮かんでこないのだ。
そんなわけで、これまでお付き合いしてきた人とも結婚とあまり結びつかなかった。
しかし彼と出会い、ああ、結婚って何か「トクベツ」なものでなく、ただ続いてゆく日常の一つなんだなあ、と思うようになった。わたしはこの人とこれからの人生を共に歩んでいくかもしれない、と感じた最初の出来事を綴ろうと思う。
お付き合いして1年半くらいの頃、旅行好きのわたしたちはGWほぼ丸々を使い6泊7日かけて、九州各地をぐるりとまわる旅行に出かけた。
長崎のハウステンボス、由布院、博多など巡り、旅行もほぼ終盤を迎える頃福岡のキャナルシティという商業施設を訪れた。『シン・ゴジラ』の映画の公開に合わせてだっただろうか、3Dいや4Dの技術を駆使し、ゴジラがやってくる、みたいな催しものがやっていた。
壁に投影される映像なんて、きっと子どもだましのようなものに違いない、とわたしは高をくくっていた。
しかし、迫る火の粉や倒壊していくビルの様子がリアルで、思いのほか迫力があって面白い。
そして、わたしはふいにたまにしてしまう「もしも」シリーズを発動。
「なあなあ、もしも近くにゴジラが迫っていて、重症ではないけどわたしが怪我しちゃったらどうする?」
予想される答えは、「僕が守るよ。」とか「僕がおぶって逃げる」だ。まさか彼なら、ほったらかして逃げる、とか言うこともすることもないだろうし、恐らくこれが、ほぼ唯一の回答だと考えた。
さあ、どうだ。「僕が守るよ。」来い。そう思いながら、ちらりと彼を伺うと、少し間があったのち、出てきた回答はこうだった。
「まりさんは、血とか見たら痛い痛いってパニックになるやろうから、まずタオルとか服でそこを覆って見えなくする。そして『大丈夫だよ~ほらそこまで歩くよ~』って声かけながら歩いて、隠れれるところまで移動する。」
と言った。「大丈夫だよ~」のくだりは優しく子どもに言い聞かせるみたいな調子で。
うん、確かにわたしは血を見るのが苦手だ。自分の身体から結構な量の血が出ているのを見たら、さらに痛みも増して、わあわあ大げさに声を上げているに違いない。
その意味で見えないようにする、というのは最も有効な手段な気がする。そして、ゴジラから見つからないところまで移動する、なんて現実的なんだ。
もしも、がそうなればどうすれば良いか、わたしが想定していたより、遥かに解像度をあげて想像できるとは。その光景がありありと目に浮かぶような何ともリアリティ溢れる回答に、わたしは、思わず笑ってしまった。
いつだってそうなのだ。彼はありふれた言葉を使わないし、どんな些細なことにもしょうもないことにも、ちゃんと考えてくれる。
あまり美味しくないものを食卓に出したときは、「美味しい」なんて言わないし、試着室から身に着けて出てきた姿がちょっとイマイチかな、と思ったら「似合う」とも言わない。軽率な励ましも言わないし、未来が不確かな「ずっと」も言わない。
行動だって、予想外のことが起きてしまうとすぐにあたふたしてしまうわたしと違って、彼はどんなときだって落ち着いて、今の最善を考えて行動に移すことができる。
彼と一緒なら、何があっても一緒に生きていける気がするなあ。
万が一、いや億が一、もしもゴジラに襲われるなんて非日常があったとしても。
はっきりとそう感じ、まだ二人の間で結婚の話なんて微塵も出ていなかったのに、「結婚」という二文字がぼんやりと浮かんだ出来事だった。
ちなみにもしも、の定番(?)「もし、世界中がわたしの敵になったらどうする?」も聞いてみたこともある。真顔で返ってきた言葉は、
「世界中を敵にするなんて、まりさんがわりと相当なことをやらかしていると思う、、、。やから、反省を促す。」
・・・うん、まあそれも確かに言えている。
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2、「わたしだけ、の」
「二人のお城」を築いていくにあたって、(といっても賃貸のマンションなのだけれど)二人とも絶対譲れない部屋の条件というものは、見事に一致していた。
それが「お互い自分だけの部屋」が欲しい、ということ。
彼は、仕事上リモートワークをすることもあるので、自分の部屋という場所があるのには何かと都合が良い。
そしてお互い一人時間も愛する人間であるがゆえに、誰にも侵略されない自分による自分だけの空間、というものを必要としていたのだ。
かつてお互い一人暮らしのときに、行き来した際や、旅行した際、ひそかにどうにかならないだろうかと、悩んだ「たまにいびきがうるさい」問題が解決されることになり、少しほっとしたのも事実だ。いくら愛があろうと、毎日を共に過ごす中で、快適な睡眠の確保できるかどうかは、死活問題である。
ゆえに、わたしたちの寝室はべつべつである。
入浴後わたしの方が、保湿したり、髪を乾かしたりと何かとルーティンが多いのと、ついついそのままリビングで漫画を読んだり、SNSを眺めたりしてしまうので、彼の方が先に自室に行き、寝ていることが多い。
わたしの部屋に行く前に、彼の部屋を覗く。
すると眼鏡をかけたまま寝たり、電気をつけっぱなしだったり、パジャマの裾がめくれてお腹をべろんと出したまま寝ているという状況に高確率で遭遇する。
普段はわたしの方が、面倒くさがりでだらしないのだけれど、このときばかりは、「もう。」なんて言いながら世話を焼きにいく。
寝落ちして携帯を握ったままの手をゆっくり解き、眼鏡をそっと外して、布団、もしくはタオルケットをお腹まで引き上げてあげる。
そのままほっぺをつついたり、髪の毛をわしゃわしゃしたりすると、彼は「むう」「ふにょ」「めにゃ」と小さな声を上げる。この声は、日によって多少違うので、面白がってちょっかいをかけていることは否めない。
そして寝ているのにも関わらず、そのままうにょーんとわたしの方に腕を伸ばして抱きすくめようとしてくる長い腕。
わたしは笑い声を殺しながらよけ、時折そのまま彼の中に、大人しくすっぽりとくるまれる。
たまにリモートの扉越しに、聞こえてくる講演会や会社の人たちや顧客の人たちと話す、はきはきとした声。外ではジャケットを着こなして背筋を伸ばし、少し武装しているであろう彼。
そんな彼の、無防備な寝姿を独り占めできるのである。
ほら、ほっぺをつついたら、「めにゃ」って鳴くなんて、この世界でわたし以外誰も知らないでしょ。
なんてよく分からない得意げな気持ちになる、深夜1時過ぎ。
そんな晩を幾晩も重ねて、ふととある言葉がよぎる。
ーわたしは、「わたし専用の男の人」が欲しかったのかもしれない。
これは、わたしの敬愛する文筆家の一人、江國香織さんが「いくつもの週末」という自身の結婚生活について綴ったエッセイにて、語った言葉である。
読んだときは、わたしはわたしだし、彼は彼。別にわたしはそうは思わなかったな、、、と思っていたのだが、あるとき、、なんだかふいに、そうか、と心に落ちてきた。
外での真剣な顔も、にこやかな愛想のよい顔も全部取っ払って、まぬけな寝姿で「めにゃ」「ふにょ」言ってる姿は、わたし専用、か。
そんななんとも満ち足りた気持ちで、自分の部屋のベットに身体をすべり込ませ、わたしの1日は終わる。
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3,「とある日の、イラ。」
彼はいつでもどんなときでも穏やかで、苛立っている様や、焦っている様を見たことがない。
わたしもさほど人に対しても腹を立てたりする方でなく、至極穏やかな性分であると自負していたのだが、彼と生活しているとわたしの穏やかさなんて、ミジンコレベルだと感じてしまう。ほら、理科の時間顕微鏡でのぞいた、微生物ミジンコ。
穏やかだし、何かとわたしを喜ばせようとしてくるし、まあまあ率先して家事もしてくれるし、我が夫ながらよく出来た人だなあ、と思う。
そんなわけで出会って4年弱ほとんど喧嘩もしたことがない。
しかし最近「こんの~~~!」とふつふつと怒りの鍋が煮えたことがあった。
一足先に仕事から帰ってくると、リビングのテーブルに置かれっぱなしの干からびた、鶏そぼろ。
それは昨夜わたしがレシピを見ながら初めて作ったもので、「美味しい美味しい」と絶賛してくれたおかずだ。
「ご飯にすごく合うから、ちょっとずつ毎日食べられる~」
ってどの口が?ジューシーな肉汁とタレはどこへやら、小皿の上で大干ばつ起こしてますけど??
そう、彼は食べたものを冷蔵庫にいれる、という習慣があまりない。これまでも野菜類も放置させて、泣く泣くわたしがおさらばしたということも複数回あった。
食べ物を愛する以上、自分のミスで腐らせたり、食べられない状態にしてしまったら、わたしはとても凹む。
この干からびた鶏そぼろを見て、なぜ心が痛まないのか、、、?
ちなみに、「では気づいた方がが冷蔵庫に入れればいいのではないか」という声が聞こえてきそうだが、食べ終わった方が入れるべき、というのは覆したくない。それにいちいちテーブルの上を確認するのはめんどくさい、とこの際自分のことは棚に上げておく。
帰宅した彼をじと目で見ながら、「もう作らん・・・・。もう作らんからな・・・・。」と呪詛を吐いていたら、それ以降わりとすぐに食べたものは冷蔵庫に入れてくれるようになった。いつまで守られるのか、見守りたい所存である。
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4、「わたしは強くなり、弱くなった。」
「愛してる」の響きだけで
強くなれる気がしたよ
愛することで強くなること
信じることで乗り切れること 君が残したモノは今も胸に
歌詞にもあるように、古今東西、人は誰かを愛すると強くなりがちである。
さてはたしてわたしは、強くなったのだろうか。実は甚だわたしの中で疑問である。
彼自身や彼との時間が、すごく愛おしくて大切だと思う反面もし失ったら、と考えると果てしなく恐ろしくなる。
昔からわたしは事件や事故のニュースを耳にしたとき、被害者や遺された側の人の心情を考えてしまって、気持ちが沈むといった習性があった。
ー自分の命が尽きると悟った最期の瞬間、何を考えたのだろうか。
ー大切に思っていた人は、信じがたいニュースを受け取ったそのとき、何を思ったのか。
ーそこから、何を考えてどう生きていくのだろうか。
そんなことが、瞬時に鮮明に脳内を駆け巡り、本当にどうしようもなく悲しくなってくる。
しかし、ここ数年それが特にひどい気がする。
もし、朝「いってきます」と言って家を出て、そのまま何らかの事件や事故に巻き込まれたら。あのとき交わした言葉が、最後の言葉となったら。
反対にもしわたしが、何らかの事件や事故に巻き込まれたら、命が尽きる瀬戸際で何を思うのだろうか。
ー遺していってごめんなさい。しばらくは悲しいかもしれないけれど、どうかわたしの分まで元気に生きてね。ああでも最期、一目会いたかったな、声が聞きたかったな、触れたかったな。
ああ、もうこれを書いているだけで目の前がぼやけてくる。
以前は、このとき真っ先に思い浮かぶのは両親や兄弟などの家族の姿だった。それがいつからなんだろう、彼になった。
時にわたしにとって、共感性や想像力の豊かさは仇となる。
ここだけの話、月に1、2回は何かの拍子にそんなことを考えては、枕を濡らしている。日中は仕事や暮らしの目まぐるしさでほとんどこういったことを考えない。こんなことを考えてしまうのは、大抵は夜中、それもベットに潜り込んでから。
起きてもないことを考えるのは、あほらしい。杞憂だ。明日ももちろん仕事、子どもたちが登校して来る前に、朝からしなければならない仕事もある。泣いてる場合じゃない、早く寝ないと。そんなこと理性では分かっているはずなのに、恐ろしい妄想が繰り広げられて、気づけば2時半、、、そして3時、、、。なんてこともしばしば。
おいおい、わたしもう、繊細な思春期、なんかじゃなくもう30だぞ。こんなことを想像しては、めそめそと泣いているなんて担任している子どもたちがもし知ったら、あきれた顔でこう言うだろう。
「起こってないこと、考えても仕方ないって。」
うん、わたしもそう思っているのだけれど。
過去にも多くも少なくもない、それなりにお付き合いしてきた人がいたし、そのときはそのときで、その人のことをすごく大切に思っていた。お付き合いしていた人がいない期間も、それが特にさみしい、早く彼氏が欲しいと思った記憶もなく、
「わたしは一人でも100%楽しく生きられるけど、一緒にいたら120%楽しく生きられる、みたいな生き方をしたい。」と仲の良い友人に豪語していた気がする。
けれど、今ではもう失うなんて微塵も考えられない。もし失ったら、間違いなく以前の自分に戻れる日はやってこないだろう。散って砕けたガラスがもう二度ともとには戻らないようにーー。
ガラスといえば、美内すずえ先生の「ガラスの仮面」でいうところの、梅仙女の「魂のかたわれ」くらいに思っているのかもしれない。
「当たり前」に続くこの道が、ずっとおだやかに続くなんてどこにも保障はない。
でもそんなことは信じていたくなくて、日常のどこかにあるかもしれない凶悪に潜む深い「穴」があったら、という「もしも」が怯えさせ、足をすくませる。
そして、もしそんな「穴」があったら、抗う術はない。
せめてもの抵抗として、そんな穴があったら、落ちるのはわたしでいいと思っている。天寿を全うし穏やかに命が尽きるときても、それを先に迎えるのはわたしであって欲しいと切実に願っている。
きっと彼のいない人生なんて、悲しくて悲しくてやり切れなくて辛いだけだろうし、立ち上がれる自信がない。
何かの折に「わたしより先に死なんといてな。」なんて冗談めかして彼に言ったら、あっけらかんと「いやでも、うちの家系は癌家系やしなあ。」とか「うーん、お祖父ちゃんも早く亡くなったしなあ。」「そもそも、女性の方が平均寿命長いから」なんて平気な顔で、言う。
こんな時くらい、「うん。」って言ってくれてもいいのに、どんなときも、責任のない耳障りの良い言葉を口にしないのは、本当に彼らしい。
いつしか隣にいるのが当たり前になり、わたしは、かけがえのない充足感と温かさを知ってしまった。
そんな居場所を得て、強くなったところもある反面、もし、を考えて眠れなくなるくらいわたしは、彼に出会う前より、ずっと弱くなったのかもしれない。
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5、「食べることと未来を紡ぐこと。」
わたしが書くエッセイを読んでいただいてる読者の方々には、周知の事実だが、わたしは食べることが、すごく好きだ。そして、それは彼ももちろん、同じ。
このご時世になり、彼はお付き合いで会社の人と食べたり飲んだりすることもほとんどなくなったようで、基本的に晩御飯は毎日一緒に食べている。とはいえ、どちらもわりと仕事がハードな方なので、凝ったものを作る時間はない。どちらか帰宅時間が早い方がちゃっちゃと作る、もしくは二人とも遅かったら近くのスーパーの炒めるだけの調理済み食材や、割り引かれたお惣菜にお世話になっている。
8月子どもたちが夏休みの期間は、仕事が比較的落ち着き、残業せずに帰宅できる日が続いた。そこで平日の5日間、スーパーのお惣菜にはお世話にならず、毎日晩御飯を作ってみたことがあった。まあとはいえ、すぐに出来上がるメニューばかりで、別に大したものは作っていないけれど。
迎えた週末、外で普段家では食べられないような凝った料理をつつきながら、
「今週、頑張ったでしょ。」
と言った。
少し話は逸れるが、私たち夫婦は、褒められたければ、評価されたければ、自己申告するぜスタイルである。
共働きで、はっきり家事の分担がなされていない分、自分が多くやったり、頑張ったのに何の言葉もないと「わたしは〇〇も〇〇もやったのに、なんで気づいてくれないの、、」と不満に思いがちである。(もしかしたら彼は気にしないタイプかもしれない)
そこで、「じゃーん、作り置きしときました~」「排水溝、綺麗にしてゴミも捨てたよ~」など、お互い自分から進んで言う。
そうすることで「ありがとー!」「さすが!」「えらい!」など、称賛の言葉をもらうことで、どちらも気持ちよく過ごせると思っている。
「珍しく毎日わたしが作ったけど、1週間の中で何が一番美味しかった?」
と聞くと、しばしの沈黙の後、出てきたのは昨日の献立。
「それ、絶対覚えてないやつやん。ううわ~折角作ったのに。」
なんておどけて泣きまねをしてみるも、振り返るとわたし自身、1週間毎日何を作ったのかなんて、ほとんど覚えていなかった。
1日1日、う~ん今日は何にしよう、とそれなりに頭を悩ませて、作ったはずなのに。
その後は、「玉ねぎと残りの卵を使ったよね」「鶏むね肉と豚肉もあったもんね」と我々は、冷蔵庫に眠っていた食材から記憶の断片をつなぎ合わせ、今週食べた料理を、なんとか7割くらい絞り出した。
今からだいぶ昔、鎌倉時代の随筆家すなわちエッセイストである、鴨長明はこう言った。
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。
鴨長明は川の流れや、消え現れる泡を、世の人々の運命や人々の住家の移り変わりの激しさになぞらえた。
毎日のご飯も、同じようなものだとわたしは思う。
毎日食べるご飯とは、何を作ろうが、「この味がいいね」とたとえ言われようが、いちいち記念日になることはなく、ゆく川の流れのごとし、さらさらと過去になり、流れてゆく。
毎日連綿と繰り返される日々も食事も、川の流れと同じように変わらないように見えて、なに一つとっても同じものはない、という点も等しい。
こうして書くと日々の営みなんて、いずれゆるやかに記憶から消えてゆく、なんて儚げなものなんだろう、と思わずにはいられない。
が、最近それに相反して日々の営みは永遠に生きるものでは、とも思った。
そう思うようになったのは、この歳になり、わたしも誰かのために、料理を作るようになって、お味噌汁の具材の組み合わせだとか、酢の物の定番だとか、よくお弁当に入っていたおかずだとか、母の料理がよぎるようになったからだ。
先日は、10年ぶりくらいに自分で手作りの餃子を作った。
ニラとキャベツを刻んで、ミンチと混ぜて餡を作り終えた後、わたしはそのまま流れるような動作で、小皿に水を入れた。それは、ごくごく無意識でやったことであり、あっと驚いた。
ー包んだ後、餃子の皮をひっつけるための、水。
母と一緒に、餃子を作ったのなんて小学生、中学生くらいまでだ。
考えるより、先に身体が覚えていた。
ケーキを見ると、母が作るチーズケーキが大好きで何度も焼いてもらったこととか、幼稚園のときにしたクリスマスケーキの飾りつけがとっても楽しかったこととか、あの鶏のつくねのおかず、よくお弁当に入っていたよなあ、とか。
食べたものは姿を消しても、味の記憶やそれにまつわる楽しかった記憶は消えない。
毎日の「食べる」とは、一方通行である、ゆく川の流れのようでありながら、その一方で記憶の海の底深くにふり積もってゆくのだ。
わたしが好きな言葉の一つに、「千と千尋の神隠し」の銭婆の
「一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで」というものがある。
そんなふり積もった記憶は、普段は忘れていても、何かの折にふっと水面に顔を出す。そしてそれが、今日を、今を生きる力に変えていく。
積もってゆくものは、そうしてわたしという人間を少しずつ形づくってゆくのだ。
今日も明日も、そしてその先もこの先、共に生きていくと決めた人と食卓を囲む。
穏やかで楽しくて、心躍る日ばかりではなく、時に現れる心がどんより曇った日も、ささくれだった日も、荒々しく波打つ日も。
どんな日だって、美味しいものを美味しいと思える瞬間を彼と紡いでいきたいと願っている。
~・~・~・あとがきにかえて~・~・~・
月は、ある一部分だけを地球にむけて地球の周りをまわります。よって見ることは叶わない、月の裏側。
そんな月と同じように、誰だって他の人には見せない、見せられない一面を持っているに違いありません。今回の結婚のエッセイはそんな、普段見せることがない裏側を描こうと思い、テーマとしました。
少しでもお楽しみいただけたのなら、幸いです。こうして読んでいただける方がいることが、本当に何よりの幸せだと思っています。どう書こうかなあ、と悩みながら少しずつ、少しずつ、大切に綴りました。
気づけば1万字越え。自分の中では、わりと大作です(笑)書いては消し、書いては消し、ここまでにかけた時間も、どのエッセイよりも断トツに長いものになりました。改めて自分の気持ちを見つめ直す時間にもなり、幸せな時間でもありました。
かっこ悪いところも、気恥ずかしいことも思い切って自分の気持ちを書くことができました。それってこんなに楽しいんだ、と驚いています。
そう考えると普段書いているエッセイも、嘘偽りのある気持ちや事柄はないものの(子どもたちの個人情報のことなどのフェイクは除く)、何を書くべきで、何を書かないべきかと、無意識に取捨選択して書いていたのかな、と思いました。
そしてありのまま書く、楽しさを知ってしまった今、心に秘めていたあれやこれや、他にもたくさん表現したいことが眠っていることに気づきました。
今思いつくことでいえば、わたしがこの人生をかけて成し遂げたいこと、自らに終止符を打ととしたあの日のこと、日常の中でのより深い本音、子どもたちにまつわるセンシティブなこと、などです。これらの中にはほっこり、すっきり終わるものだけでなく、葛藤であったり、苦しさであったり、綺麗なものではないかもしれません。書くことで自分自身を救いたいと思うものもあります。
自分の奥底深く眠る気持ちと、正面きって向かい合うことは時として、苦しい。見たくなかったものまで見えてくるから。
けれど整えようとした言葉より、心からの本当の言葉、にはとてつもない力があると思っています。自分に対しても、それを目にした人にも。
ちょっと大仰な言葉になるかもしれませんが、言葉に涙し、癒され、奮い立たせられ、勇気づけられ、ここまでわたしは生きてきました。
どう見られるか、とか出来栄え、とか考えずにありのまま書くからこそ、読んだ人に伝わる何か、もあるんじゃないか。
でもそれは、誰にでも自由に公開したいわけではないんです。普段の生活にもある、誰にでも言えることじゃなくて、親しい人になら言える、そんな感覚に近いものでしょうか。こんなわたしが書くことを、読みたい、と思ってくれる人だけでいい。
今はまだ難しいけれど、いつかはより自分の気持ちの深いところ、センシティブなエッセイを載せられる部屋も開設したいなあ、と思いました。
入っていただける人がいれば、わたしが出来ることとして、同じように書くことで自分を表現しようとしている人に還元したり、学級に置く本を買って、未来を作っていく子どもたちにたくさんの物語や知識に触れてもらうことかな、と考えています。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。ここに心よりの感謝を申し上げます。
2022、10、30 碧魚 まり

