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交換ノートが教えてくれたこと。

「先生と交換ノート、してみる?」

彼女に何をしてあげればいいのか分からない。
それは、その中での苦渋の提案だった。

小学校で、年間10万人以上。
数字には表れていないが、行き渋りや予備軍等含めると実際にはもっと多いに違いない。全国の不登校児童の数である。

これまでたくさんの子どもたちと関わってきた中で、不登校や不登校傾向の子どもの数も少なくなかった。

大抵、前年度から不登校の傾向があるケースが多い。しかし、当時担任していたかなちゃん(仮名)は、たまに体調不良で学校を休むくらいで、前の担任の先生から「少し繊細な子」との申し送りはあったが、特にその傾向はなかった。

かなちゃんは、クラスの中でどちらかというと大人しい子。授業中、答えが分かっていても挙手することは少なく、友だち関係も自分からぐいぐいいくよりも友だちが話していることにうなづいて微笑んでいるような子。

最初の欠席理由は腹痛。
3日間のお休みが続いた後、
「学校に行きたくないそうです。」
という言葉を電話でお母さんから聞いたとき、真っ先に浮かんだのは、何でだろう…という疑問だった。

久しぶりに登校できた日、個別に時間を取って、何か学校で困っていることはないか、嫌な思いをしていることはないか、かなちゃんに聞いてみた。

ところが、いつもの遠慮がちな微笑みで首を振るだけ。どうして行きたくないのかを尋ねても、首を傾げるだけ。

彼女と仲の良い友だちやクラスの子にそれとなく、何か直近でトラブル等なかったか気になる様子等なかったか聞いてみても何も出てこない。

不登校の原因は、子どもによって必ずしもこれとはっきりと言語化できない場合もあるが、大まかに5つに分けられると思っている。
1、いじめを含む、友だち関係のこじれ
2、学習に関すること
3、担任との相性
4、自立性障がいなど、健康に関すること
5、家庭環境

もちろんこれが全てではないし、様々な要因が複雑に絡みあっている場合もある。
しかし、かなちゃんは友だちとの関係も良好に見えたし、学習に困っている様子もない。
家庭環境も大きな変化がない。どの項目にも当てはまらず、頭を抱えた。

わたしには言えなくてもお母さんになら、何か話せるのかもしれない。お母さんにもかなちゃんが家でどんなことを話していたか聞いてみた。

「『別に嫌なことも、困ってることも何もない。友だちも先生もみんな優しい。』って言うんです。『じゃあ、どうして行きたくないの?』と聞いても首を振るだけなんです。わたしも全く理由が分からなくて。」
そう、お母さんは眉を下げた。

来れなかった日は、放課後お家に顔を出しても良いかお母さんに打診してみる。 

「いえいえ、先生もお忙しいでしょうし、結構です。」
「わたしもかなちゃんの様子が気になりますし、それはお気になさらず…。大丈夫ですよ。」
そう言ったわたしに、
「かなが学校に行かなければというプレッシャーになっても欲しくありませんし…。」
と返ってきた。
二つ目が大きな理由だな、と唇を噛む。
「来ないでください」そう言わんばかりの、引かれた線がはっきり見えてしまった。

毎日放課後、電話をして話すことも提案したが、そちらもあまり気が進まないようだった。

何かしらの理由があって登校しにくいならば、登校を強制はできない。けれど、このまま学校とのつながりを絶やすことはないようにしなければ。

…でもどうやって、かなちゃんと繋がろうか。

冒頭のように、かなちゃんと交換ノートをすることをお母さんを通して申し出てみると、それには彼女は首を縦に振ってくれたようだ。 

その日、彼女の気が変わらないうちに近くの店にノートを探しに走った。普段の学習ノートサイズのB5だと、お互いこんなに何を書こう…と余白が出そうだったので、小さめのノートを選んだ。

かなちゃんのイメージにぴったりの淡い優しい色合いのノート。

最初のページには、先生は周りの友だちに見せたり内容を話したりすることはないから安心して書いて欲しいこと、お母さんに見せても見せなくてもどちらでもいいことなどを書いた。
渡すときには、わたしと交換ノートをしていることはできたら周りの友だちには秘密にしておいて欲しいと頼んだ。
特に女の子は、お手紙を書いたりもらったりするのが大好きなお年頃。かなちゃんが先生と交換ノートをしていると知ったら「ずるい!わたしもしたい!」となりかねない。
さすがに何冊もの交換ノートをする時間的余裕はないから、そうなることは避けたい。

…お返事来るかな、どうだろう。
そう期待と不安を抱いて、届けた交換ノート。

翌朝、校門にお母さんに付き添われて登校するかなちゃんの姿が見えた。
「交換ノートを渡したくて来たみたいです。」
と、お母さんはおっしゃった。
その日は1時間だけ授業を受けて早退していったけれど、まずは登校できて良かった、と胸を撫で下ろす。

それからしばらくは、たまにの欠席を挟みながら、1日のうち1時間から数時間だけ登校する日が続いた。

交換ノートには、
「図工でこんなことをしたよ」
「クラスの友だちがこんなことを言ってたよ」
と学級でのことに触れたり、
「昨日家でアイスを食べたよ、かなちゃんはアイスは好き?」
など、とりとめのないことなども書き連ねたりした。

それに対して、次のページには遠慮がちな彼女の雰囲気に似つかない、はっきり筆圧の濃い、大きな字で好きな食べ物のことや、好きな動物のことなどを綴られていた。

また、「先生はなんの動物がすきですか?」など彼女から質問してくれることもあった。
わたしが文章に添えて描いたちょっとしたイラストの横に「かわいい!♡」とハートマークまで付けて反応してくれることもあった。

家での出来事、好きなもの、好きなこと、交換日記のやり取りの中でかなちゃんに関するいろいろなことを知ることができた。

そういえば、わたしから話しかけることはあっても、一対一でじっくりやり取りする機会、ほとんどなかったなあ、と今更気付く。もしかすると、こういった関わりを求めていたのかもしれない。


今回は何を書いてくれたんだろう、と彼女とする交換ノートは、毎日のわたしの楽しみにもなった。そうしてノートのページが半分ほど埋まりかけた頃、かなちゃんは何事もなかったようにまた登校し始めた。

結局、最後まで何が原因でかなちゃんは学校に足が向かなくなってしまったのかは、わたしもお母さんも分からずじまいだった。

その後も、風邪で何回か欠席したこともあったものの、その学年が終わるまでほとんど休まず登校することができた。



そして、当時勤めていた小学校から異動して数年後。公開授業に参加するために、その学校に足を踏み入れたときのことだった。

「わあ、先生や!久しぶり!!」
駆け寄ってきてくれた、当時受け持っていた子どもたち。懐かしい顔ぶれの中にかなちゃんの姿もあった。
思わぬ再会にわたしは、
「久しぶり~!みんな元気にしてた?わあ、背も伸びてて、お兄さん、お姉さんになったねえ。」
と目を細める。

背が伸びてすらっとしたかなちゃんは、当時と同じように面長の顔に控えめな微笑みをたたえている。束の間、何人かとクラブ活動のことや今の担任の先生のことなど、雑談に花を咲かせた。

そして、どうしても気になったので思わず声を潜め、かなちゃんに、
「学校には元気に行けてる?」
と聞いた。彼女は前と同じ笑顔で、
「うん。」
とうなづく。そして、
「あのね、交換ノートまだ持っているよ。」
と続けてささやいた。

交換ノート・・・!
彼女の言葉でそのときのことが、鮮やかによみがえったのだ。

今、わたしがかなちゃんに出来ることはなんだろう、と悩んで出した提案。
当時正解だったのかは分からなかったまま、勢いで始めたことだった。

「交換ノート、まだ持ってるよ。」

その一言で、あのときの提案はきっと間違いではなかったんだな、なんて丸をもらった気がした。

結局、彼女の胸の内を知ることは叶わなかったけれど、あなたのことを大切に思っているよ、というメッセージは確かに届いていたと信じたい。


#小学校
#先生の日常
#不登校




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