【創作大賞2025応募作・オ一ルカテゴリ一部門】氷の橋 ――君と一緒に落ちた日
あらすじ
不公平な世界に絶望した少年は、体育祭の最中、学校の屋上から飛び降りる。だが、目を覚ました先は、すべてが氷に覆われた死後の世界だった。そこには「平等な橋」が架かり、腐敗した“完璧な人間”が手招きしていた――。現実、幻想、そして再び現実へ。人間の劣等感と優越感が交錯する中、少年が手に入れたものは“腐る手”と静かな終末だった。地獄とは、きっとこういう場所のことだ。
一章 屋上にて
「世の中、不公平だ」
B男は呟いた。学校の屋上、そのヘリに立って。
下では、体操服姿の生徒たちが徒競走をしている。足が速い者は歓声を浴び、遅い者は笑われる。
「体育祭なんて大嫌いだ。いや、全部だ。この世の中が、不公平なんだ」
「ねえ、いいの? こんなとこでサボって」
甘ったるい女子の声が背後から聞こえた。
「俺の出番はもう終わったし、飽きたんだよ」
応えるのはA男。誰もが認める“完璧”な男。ルックス、学力、運動神経、さらには美人の彼女までいる。
B男はまた呟いた。「……不公平だ」
「ねえ、あそこ……誰かいる」
女が気づいた。A男もこちらを見上げる。
「おい、何してるんだ!」
一瞬驚いたようだったが、すぐに冷静な声に戻った。
さすがA男だ。まったく取り乱さずに「何してるんだ?」ときた。
……本当にかっこいいよ。あんな状況で平然と振る舞えるなんて。
それに比べて俺は、醜い猿面で、猫背で、声を聞かれるだけで見下される。どうせ、命なんてゴミみたいなもんだろ?
「ちょっと飛んでみようと思ってさ」とB男は笑った。
「やめろよ、そんな馬鹿なこと言うな。何か悩みがあるなら、話せよ」
A男は優しく語りかけながら、ゆっくりと近づいてきた。
「世の中が不公平でさ……」
「みんなそう感じてる。でも我慢してるんだよ、君だけじゃない」
ああ、出た。「君だけじゃない」。
そんな綺麗事、何百回聞いたことか。
「でも、君には分からないさ」
「………」
「じゃあ、そっちに行くよ……でも足がすくんじゃって……手を貸してくれない?」
A男は少し驚いたが、笑顔で「わかった、そこにいて」と返し、こちらへ歩き出した。
B男はその目が、一瞬だけ女の方を見たのを見逃さなかった。
そして、A男の油断をついて――一緒に飛んだ。
“僕は知ってたよ。君が、評価を何よりも気にする男だって。……だって、僕もそうだったから。”
でも、それを言う前に地面が迫ってきた。
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二章 氷の橋
どこか知らない場所。
一面が氷でできた、白く、冷たい世界。空も、壁も、鳥でさえ凍っている。僕らは死んだ。あのビルから落ちて。
目の前に橋がある。氷でできた細くて薄い橋。下は透けて、どこまでも深い闇。
「こっちへ来いよ」と、先に渡っていたA男が言う。
「いや……渡りたくない」と僕。
「死んだんだぜ? いまさら怖がることないだろ」
僕は動けなかった。
寒さよりも、ここに独りで取り残されることが、怖かった。
A男は向こうから戻ってきて、橋の上でジャンプしながら笑った。「大丈夫だろ? 強化ガラスみたいなもんさ」
それでも僕は動けない。
A男は苛立ちを隠さず言った。「お前だけ逃げようなんて、許さないからな?」
僕はようやく足を踏み出した。怖かった。でも、ここに一人きりはもっと嫌だった。
渡るほどに、体が重くなっていく。心まで凍りつくようだった。
――パキッ
橋にヒビが入った。
「やばっ!」僕は叫んで駆け出した。
「早く!」とA男が手を差し出す。
僕は必死にその手を掴んだ。「死ぬかと思った……いや、もう死んでたな」
その時、ふと腐臭がした。
「……何だよ、その手……」
A男の手が、黒く爛れていた。
「ああ、腐ってきたみたいだな。死んだ人間は、みんなこうなるさ」
白い歯を見せて、A男は笑った。肉が落ち、骨が露わになる。
「やめろ、離せ!」
僕の手も腐りはじめていた。
「何を言ってる? これが、お前が望んだ“平等な世界”だろ?」
A男の顔は白骨になっていた。
「離せってば!」
ブチッ――手がちぎれた。
僕は崖下へ、吸い込まれるように落ちていった。
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三章 目覚め
目を覚ますと、病院のベッドの上だった。
どうやら木がクッションになって、命だけは助かったらしい。
A男は……俺の下敷きになって死んだ。
周囲は同情してくれたが、あの女だけは違った。「人殺し」と、何度言われたことか。
どうでもよかった。喉が渇いた。
僕は自販機に向かった。右手には黒い手袋。――そう、真夏なのに。
「なんで手袋してるの?」
少女が声をかけてきた。
僕は黙って、右手の手袋を外した。少女は「きゃっ」と叫んで走り去った。
僕は、傍らにあった花瓶の花に触れてみた。見る間にしおれ、枯れていく。
右手を見つめ、笑った。あの女も、この手で触れた2ヶ月後に死んだ。ガンだったそうだ。
「不公平だな」
オナニーすらできやしない。けど――まあ、それもどうでもいい。
僕はグレープジュースを飲みながら、テレビを眺めていた。
画面には、小学生たちの徒競走が映っていた。
横一列に並び、ゴールも同時。笑う親たち。「誰も傷つけない体育祭です」とナレーション。
僕はジュースを置き、呟いた。
「……地獄だ」
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【作者コメント】
これは9年前、創作経験ゼロの自分が書いた、はじめての物語です。
あの頃、世の中が不公平に見えて仕方なかった。
自分は何者にもなれないと思っていたし、それを正面からぶつけられるのは“物語”しかなかった。
読み返してみると、今の自分では書けない荒々しさがありました。
未熟だったけど、だからこそ書けた言葉が詰まっていた気がします。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
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