催眠と洗脳と、コーチングと。
気になった言葉、というか耳にしてずっと残っていてモヤモヤしている言葉があります。
それは「結局は認知の書き換えなんだよ」という言葉
コーチングも催眠も、洗脳も、一言でいいあらわすと、というよりも共通項を紡いでいくと人間の心理、というより心が認知している事象、モノゴトに対する見え方を変える事。つまりは認知の書き換え、という言葉に落ち着くみたいな話の流れ。
どうしてモヤモヤしたのかなって自分に聞いてみると、答えは「そんな強烈な感じではないと思う」っていうのが最初の反応だったように思う。
書き換えって、なんだろう。CDとかDVD、もう少し慣れ親しんだものでいくと、カセットテープなんかのダビングや録音に近い行為に感じられていて。なにやら強制力があるように感じられる言葉の並びが気になったかも。
間違っているか、といわれると事象自体は書き換えと言っても遜色はないけども、どこかで否定したい。コーチングは洗脳ではない。だけど、洗脳しようと思えばそうすることもできる技術は同じ根っこを持っている感じ。
だからこそ、コーチは自律的であるべきなんだと思う。倫理的であるべきなんだと思う。だって変化をもたらした相手は、その変化をもたらす前に戻すことはできない、非可逆的(ひかぎゃくてき)なんだもの。
あと、コーチングと洗脳の違いは、コーチングではその認識の変化の主体はクライアント自身。その人自身がどう変わりたいかという願いや気持ちの変化が、まず最初にある。その気持ちはコーチによって導かれたものではなくて、クライアント自身の中から湧き出たものであるという観察をベースにしていること。
一方で、洗脳(相手に思い込みをもたせることもふくめて)主体は、誘導をかける側。主体の違いは大きな違いで、言葉の意味もちがってくる。これをコーチングという場で行われる、認識の変化と同じにされてしまうと、とても悲しい。
悲しい。違うよ、と言いたかったのかもしれない。
原理原則はそうでも、在り方が違うからコーチングは洗脳ではないし、いかがわしいものではない、といいたい。
伝わってくれると嬉しいなって思う。
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