年商80億の会社を経営していた僕が、すべてを降りてたどり着いた「利益」も「幸せ」も同時にとる経営――ゼンドリ思考
静まり返ったオフィスで
静まり返ったオフィスに、自分が叩くキーボードの音だけが響いていた。
ディスプレイには、今月の売上数字が並んでいる。目標はすでに達成していた。社員数も増えた。「新卒で働きたい会社」として名前が挙がるようにもなった。誰がどう見ても、会社は「成功」に向かっていたはずだ。
なのに、胸の奥が重く、苦しい。
その日の夕方のことを思い出す。僕がフロアに入った瞬間、にぎやかだった会話がぴたりと止まった。みんなが一斉にパソコンへ視線を落とす。「お疲れ様です」の声は、どこかよそよそしい緊張を含んでいた。
視界の先に、最近大きな案件を獲得した社員の姿があった。「あの案件、よう取れたなあ!すごいやん!」。そう声をかけようとした瞬間、頭の中で別の声が響いた。
『社員と馴れ合っていては、数字は作れない』
誰に言われたわけでもない。自分で自分に課してきた「社長としてのあり方」だった。結局僕は、短い労いのあとに、厳しい口調で改善点を並べていた。「……わかりました」と答える社員の目は、僕を見ていなかった。
誰もいなくなったオフィスに、独り言が落ちる。
「ぜんぜん、楽しくないねんなあ……」
これが、数年前の僕だった。
「うまくいっている経営者」の正体
改めまして。福岡で就労支援事業所「てとて」などを運営している中村浩之です。みんなからは「ナカさん」と呼ばれています。7人の子どもの父でもあります。
かつて僕は、福岡の老舗通販会社で、創業フェーズから組織作りと事業拡大に力を注いできました。18年間の事業責任者、そして4年間の取締役社長。その間に会社の年商は80億円に達し、従業員は300人を超えました。周りからは「うまくいっている経営者」に見えていたと思います。
でも、当時の僕はずっと孤独でした。自分が頑張れば頑張るほど、社員との距離が開いていく。成果は出ているのに、手応えがない。社員には弱音を吐けない。経営者仲間には「うちは順調やで」と見栄を張ってしまう。社員との会話は、売上目標、行動指標、進捗確認。数字のことばかり。社員の成長を一緒に考えたくて始めた1on1も、気づけば「管理の時間」になっていました。
「もっといい会社にしたい」「社員を幸せにしたい」。その思いを支えに働き続け、会社は成長しました。けれど、それに比例するように、僕はどんどん孤独になっていった。
そして2022年、僕は社長を辞任し、経営を降りました。
失敗して降りたのではありません。「成功しているはずなのに、ぜんぜん幸せじゃない」という矛盾に、耐えられなくなったんです。
もし今あなたが、「会社は伸びているのに、自分はどんどん孤独になる」と感じているなら、この記事はあなたのために書いています。あの頃の僕が何を間違えていて、今の僕が何をどう変えたのか。全部書きます。
24歳、ガン病棟で知った「人生は時間そのもの」
なぜ僕が「今の幸せ」にここまでこだわるのか。原点の話をさせてください。
僕は24歳のとき、悪性リンパ腫という血液のガンになりました。死を覚悟しました。治療をしながら病室のベッドの上で考え続けてわかったのは、人生とは「時間」そのものだ、ということでした。
「いつか」は、来ないかもしれない。だとしたら、今この瞬間に幸せでないと、意味がない。
身体は回復しました。でも皮肉なことに、経営者になった僕は、この一番大事な実感を忘れていきました。「結果を出してから楽しむ」「幸せになるにはまず利益」。いつのまにか、「いつかくる幸せ」のために「今の幸せ」を犠牲にする生き方に、どっぷり浸かっていたんです。
しんどさが限界を迎えたとき、病室での実感を思い出しました。
「結果を出してから楽しむ」では、遅すぎる。
経営が「空回り」する本当の理由
ここでひとつ、聞かせてください。あなたが経営者として、本当に望んでいるものはなんでしょうか。
売上を計画通りに伸ばすこと。かっこいいオフィス。誰もが知る会社になること。──では、その目標の奥底にあるものを、考えたことはありますか。
たぶん、「仲間とおもろいことをやりたい」「社員も自分も幸せでありたい」。そんな、とてもシンプルな思いがあるはずです。
ただ、その思いを前面に出しても人は集まらない気がして、「幸せ」なんて言葉はどこか青臭く聞こえて、「幸せになるにはまず利益が必要だ」と数字中心の計画を作る。「利益のためには厳しくあらねば」と自分に言い聞かせて行動する。
たとえば1on1で、本当は社員の将来を一緒に考えたいのに、「先週の目標、達成できた?」で終わってしまう。金曜の夕方、「今日、飲みに行かへん?」と声をかけたいのに、「馴れ合いはダメだ」という考えがよぎって、何も言えずに帰っていく。
小さなことに見えるかもしれません。でも、経営者の本当の願いと日々の行動のチグハグが積み重なると、手応えは薄れ、社員との距離は確実に広がります。制度や仕組みをどれだけ整えても、何かが噛み合わない。
これが、経営の「空回り」の正体です。本音と、選んでいる行動が噛み合っていない状態。かつての僕が、まさにそうでした。
「利益を上げなければ、社員は幸せになれない」。そう信じて必死に利益を追いかけるほど、会社からも自分からも、笑顔が消えていったんです。
「利益」も「幸せ」も、今この瞬間にとりにいく――ゼンドリ思考
じゃあ、どうすればいいのか。
答えはシンプルです。本音と行動を、分けるのをやめればいい。
「利益」か「幸せ」か。どちらかを選ぼうとするから、空回る。そうではなく、経営者の幸せも、社員の幸せも、会社の利益も、幸せに必要なものを全部マルっと獲りにいく。順番をつけない。後回しにしない。全部を同時にドリブルしながら前へ進む。
僕はこの生き方を「ゼンドリ思考」と呼んでいます。
「どっちも同時に?そんなのは理想論だ」と思うかもしれません。「経営とは、何かを犠牲にして成り立つものだ」と教わってきたかもしれません。僕もそう自分に言い聞かせていました。でも正直に言うと、しんどかった。消えてしまいたいほど、しんどかった。
だから決めたんです。「今、どっちも取る」と。
そこから、僕の行動は変わりました。自分の本音を隠さなくなった。「自分と家族と社員の幸せが大事やねん」「みんなとおもろいことをやりたいねん」「でも数字も上げたいねん」。そんな「わがまま」な本音を、仲間にさらけ出すようになりました。
そして、ゼンドリ思考で運営する就労支援事業所「てとて」は、3年で3事業所を展開できるほど、順調に成長しています。県内外から問い合わせが絶えず、利用者さんの満足度も、就業先からの評価も高い。
社員が幸せだと、業績はめっちゃ伸びる。我慢して働くチームより、楽しんで働くチームの方が、圧倒的に生産性が高い。それが、遠回りした僕がたどり着いた事実です。「仲良くすること」と「稼ぐこと」は矛盾しない。むしろ、本気の信頼関係こそが、最強のビジネス戦略になるんです。
「やりたいことなんて、聞かれたこともない」
てとてを始めて間もない頃、忘れられない出来事がありました。
利用者さんに何気なく、「これからやりたいこと、なんでも言うてくださいね」と声をかけたんです。返ってきたのは、想像もしていなかった言葉でした。
「そんなこと、聞かれたこともないし、考えたこともないです」
頭をガツンと殴られたような衝撃でした。この子は今までずっと、「やりたいこと」ではなく「できること」だけを求められてきたんや、と。子どもの頃から周りの大人に「これは無理」「これならできるかもね」と線を引かれ、その中から選ぶ人生を歩んできた。
だから、てとては「今できることから選ぶ場所」ではなく、「やりたいことを一緒に探して、それが仕事になる場所」にすると決めました。
これは、障がいのある利用者さんだけの話ではありません。あなたの会社の社員も、同じかもしれない。「やりたいことを口に出してもいい」と思える場を、経営者が作れているか。ゼンドリ思考の組織づくりは、ここから始まります。
すべての前提。「自分の幸せ」を定義する
ここからは、ゼンドリ思考を組織に実装する方法の話をします。
その前に、ひとつだけ前提があります。それは、経営者自身が「自分にとっての幸せとは何か」を知っていることです。
利益と幸せを同時に取りにいくと言っても、自分の幸せが何かわかっていなければ、何を取りにいけばいいのか、判断のしようがありません。幸せな組織の形は、経営者の数だけあります。僕にわかるのは、僕の幸せな組織の作り方だけ。あなたの組織の正解は、あなたの幸せの中にしかないんです。
経営者はもっと、「自分の幸せ」を考えていい。そう思って、僕は相談に来る経営者に、いつもこう問いかけます。
その売上目標を達成したとき、あなたは、どこで、誰と、何をしていたいですか。
僕の場合の答えは、はっきりしています。仲間とおもろいことをやって、笑い合っていること。家族との時間があること。心が震える瞬間に出会えること。だから僕は、その状態を「いつか」ではなく「今」作ると決めた。それがゼンドリ思考の出発点です。
この問いに答えられたら、準備は完了です。ここから先は、明日から真似できる実践の話をします。
ゼンドリ思考を実装する、5つの実践
「要は、社員と仲良くして楽しくやればいいんでしょ?」と思った方。ちょっと違います。
僕が目指しているのは、「みんなと楽しく仕事をして、かつ利益も最大化する組織」です。そんな欲張りな組織のために、水面下ではかなり意図的なコミュニケーションをしています。
実践1 目を見て「おはよう」と言う
拍子抜けしましたか。でも、ここからです。明日の朝、オフィスにいる仲間の目を見て「おはよう」と言う。「いつもありがとう」と心を込めて伝える。目を見て挨拶する、雑談する、相手の表情を見る。この小さな会話の積み重ねが、信頼関係の土台になります。文化は、制度や理念ではなく、日々の会話からしか育ちません。
実践2 「聞こえるように」話す
雑談をするとき、少し離れたところから声をかけて、周りにも内容が聞こえるようにします。誰かを褒める言葉、共有すべき情報、会話のボリューム。「空気ごと」デザインするんです。褒め言葉は、本人に届くと同時に、周囲への「この組織では何が称賛されるか」というメッセージになります。
実践3 「あの時の話」を混ぜる
「前に話してたあの件やけどさ」と、いきなり会話の続きを始める。これは「覚えてるよ」というメッセージです。それだけで、相手は安心します。逆に言うと、「3ヶ月前に伝えたから大丈夫」は通用しません。僕自身、考えが変わっていないから伝わっているはずと思い込んでいたら、仲間から「ナカさんがどう考えてるのかわからなくて、不安でした」と打ち明けられたことがあります。会話は、お互いの「今」を運ぶもの。伝えたかどうかではなく、今も伝わり続けているかを確認するんです。そのとき使う問いは、いつも同じです。「あなたはどう思ってる?」「今、どうしたい?」
実践4 「喜びのツボ」をパズルのように合わせる
一人ひとりの「喜び」を理解して、人と仕事をマッチングさせます。本人がまだ気づいていない才能を見つけるのも、リーダーの大事な役割です。そのためにも、日々の雑談で「最近どう?」「なんか困ってない?」と聞き続ける。側から見ればただの雑談が、実は組織のチューニングであり、信頼を保つ生命線です。
実践5 報酬設計は「熱量設計」。利益の分配プランを公開する
5つの中で、一番覚悟がいるのがこれです。そして、一番効果が大きいのもこれです。
「社員は仲間やで!」と熱く語るくせに、給料の話になると急に歯切れが悪くなる社長。実は、僕もその一人でした。「ここまでは話せるけど、これはダメ」と、線を引きながら会話している自覚がありました。仲間と言いながらお金の話を濁すのは、相手との間に見えない壁を立てているのと同じです。それが、ずっと嫌やったんですよね。
だから今の僕は、全部見せます。
まず、目標と還元を、事前にセットで示します。「今期の利益はこのくらい。あとこれだけ頑張ってもらえたら、〇〇万円は還元できる」。達成してから「頑張ったから少し上げるよ」ではなく、走り出す前に「達成したら、これだけ返す」と約束する。人の熱量は、報酬の額そのものよりも、この納得感と見通しから生まれます。報酬設計とは、熱量設計なんです。
次に、還元の形をみんなで決めます。給与に乗せるのか、ボーナスか、福利厚生か、それとも設備投資か。「どう還元されたら一番うれしい?」と、仲間に直接聞く。さらに、会社に残す再投資分についても、「この分は来期の新規事業に使いたい」と使い道までオープンにします。ここまで見せると、社員は「会社のお金」を「自分たちのお金」として考え始めます。うちのチームの熱量が爆あがりしたのは、間違いなくここからでした。
もうひとつ、大事な話をします。創業期は、見せられる数字がなく、「一緒に夢を追おう」というフワッとした説得しかできない時期があります。それ自体は仕方ない。問題は、数字を見せられるようになってからも、その曖昧さに甘え続けることです。僕は、根拠を持って分配を語れるようになった段階で、「創業フェーズは終わった」と自分に宣言し、共有の仕方を切り替えました。この宣言をしないまま規模だけが大きくなった会社が、「社長の考えが見えない」と言われるようになるんです。
そして、5つの実践すべてに共通する前提がひとつ。「全員の顔を見て話せているか」です。僕が心を配れるのは、だいたい30人まで。一対多数というラクな発信に逃げず、目の前の一人と話す。だからこそ、従業員20名以下の会社のリーダーは、ゼンドリ思考を始める絶好のチャンスなんです。社員全員の顔が見える今の規模が、一番やりやすい。
ゼンドリ思考には、覚悟がいる
ひとつだけ、理解しておいてほしいことがあります。
ゼンドリ思考で生きるのは、楽しいだけではありません。覚悟がいります。
社員を巻き込むなら、これまで以上に誠実で正直でいなければならない。経営者として「これは隠したい」と思うことも、さらけ出す覚悟が必要です。僕の場合は、会社の利益も、その使い道も、自分の役員報酬も、全部オープンにしました。
正直、怖かった。でも、それができたとき、社員からも本音が返ってくるようになり、腹を割って話せる関係が育っていきました。チームは強く、面白く、成長を続けています。
ルールで縛り、数字だけで管理するほうが、経営者はラクかもしれません。でも僕は、それをやりたいとは思わない。人と関わることは簡単じゃないし、大変なことも多い。それでも、そこには楽しさがあり、喜びがあり、心が震える瞬間がある。その先にある「信頼」や「面白さ」を、僕は信じているから、このやり方を選んでいる。ただ、それだけのことなんです。
一緒に、今を、楽しもう
最後に、伝えたいことがあります。
経営は、もっと自由で、もっと楽しいものです。
「いつか幸せになるため」に今を我慢するんじゃなくて、「今この瞬間を幸せに生きる」ために、仕事をしていい。利益も、幸せも、どっちも取っていい。
24歳でガンになった僕が、年商80億の会社を経営して孤独になり、すべてを降りて、もう一度ゼロから組織を作り直して確信したこと。それは、「利益」と「幸せ」はトレードオフじゃない、ということです。
明日の朝、仲間の目を見て「おはよう」と言うところから、始めてみてください。
もし「自分の幸せがわからない」と悩んだり、「これでいいのかな」と不安になったら、僕に会いにきてください。僕と、僕の大切な仲間たちがいる「てとて」を見にきてください。「利益」も「幸せ」も両方とりにいく生き方がどんなものか、いつでもお見せします。
一緒に、今を、楽しみましょう。
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