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児童文学の可能性

私は東京駅周辺で暇な時間ができた時は、丸の内オアゾの大型本屋 丸善に行く。

そして、3階の「哲学」や「心理学」の本棚を眺める。
大型本屋なので、一般の書店には置いていない専門書が、ずらりと並んでいる。

ここには、何でもある。

この本棚を眺める習慣は、17年前から続けてきた。

私は自身の複雑性PTSDと複合的な神経症を克服するため、「自分が自分の医者になる」ために、読書療法をしてきた。私は、その"仕事"を『心理の探究のための読書』と読んでいた。(結果、22年間で1100冊も読むことになった)

今までは「この本は私の人生に絶対に必要だから、読まなきゃな」と思う本を見つけることが多かったけど、先月『心理の探究のための読書』が唐突に終わり、心の病も、ほぼ寛解し、もうどうでもよくなる境地を迎えた。

もう私が読むべき本・必要な本は、すっかり見つけることが出来なくなってしまった。



「卒業だな」と、凄く嬉しい気持ちと、寂しい気持ちを引きずりながら、トボトボと歩いて、棚を移動した。

さて、私は今後、どの本棚を眺めたらいいのやら・・・。
長年の習慣が無くなるのは寂しいから、何か見つかるといいんだけど。



少し歩くと、絵本と児童文学書のコーナーに行き着いた。

八王子夢美術館で開催していた『イメージの魔術師 エロール・ル・カイン展』を見に行きたいと思っていたので、絵本を探してみたが、見つからなかった。



絵本のコーナーの先に、児童文学書コーナーがあり、そこで小学生の時に手に取ったことがある(読んだことはない)、懐かしのミヒャエル・エンデや

アーシュラ・K.ル=グウィンを見つけた。


エンデの本をパラパラとめくると、長らく専門書や学術書を読み続けてヘトヘトになった私の頭に、文字がすっと入ってきた。

それと同時に、腹の底からワクワクする感じが湧き上がってきた。
  

熱、情熱!
情熱が呼び覚まされた!


児童文学には、深淵のイメージ群が生きづいている。
そこには、また人類の知恵も描かれている。

平易な文の中にある、可能性の大きさに、凄い引力で惹きつけられた。

私の『心理の探究のための読書』の次に来るのは、『児童文学の旅』になるだろうと確信した。

次の目標なんて、意外と早く見つかるもんだな。


早速、エンデの『モモ』を買って、読んだ。


エンデの、自由で豊かなイメージ世界に、感銘を受けた。
天才的な作家の頭の中は、計り知れない。

児童文学を読んでいたら、私の心は『心理の探究のための読書』をしていた時より、ずっと柔らかくなっていることに気がついた。


これからは、当分、児童文学に首ったけになりそう。

私のnoteの内容や語りも、影響を受けて、徐々に変化していくんだろうな、と思っている。



⭐︎おすすめの漫画⭐︎

児童文学的なエッセンスが凝縮された、フィビ鳥さんの作品は、一度読んだら忘れられない。


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