散文・石は磨いて輝くから
もう何年も前、十数年前かな。
深夜のラジオから流れてきた話。
「前向きになれず下ばかり見てしまう」
そんなリスナーからのメールに、
そのラジオパーソナリティは、
『下にはキレイないしも落ちてるよ』と答えた。
ぼんやりと耳にしていただけのラジオから聴こえてきた言葉に、私はハッとして、なんてステキな返しなんだろうと思った。
話を聴いているうちに、もしかすると『いし』は『石』だけではなく『意思』にもかけられた言葉かも知れないと感じた。
『キレイないし』というのは、
傷ついている、悩んでいるその人だからこそ気づける優しさや日常のありがたさ、自分の本当の心、気持ち。時には薄暗くて悲観した感情かも知れないけど、ある意味それだって飾らない本心だ。
それも含めて『キレイな石(意思)も落ちてるよ』
下を向いてしまうというその人をけして否定せず、そして、その時間だって無駄ではないよ、という肯定の言葉が『キレイないしも落ちてるよ』という表現になったのだと思う。
前を向こう、上を見よう、と言うのは簡単だ。悩んでいる時にはこうしましょう、こう考えましょう、というアドバイスも世の中には溢れている。
自分に合うものがそこに見つかるなら参考にするもいいし、助けて欲しいと手を伸ばすのもいい。だけど、どうしたって顔を上げられない時だって人にはあるだろうし、あってもいいと私は思っている。
1人の時間が大切なことだってあるのだから。
あの時のラジオ。
たまたま聴こえてきた言葉。
『下にはキレイないしも落ちてるよ』
きっとこの言葉は、私にとっての『キレイないし』そのものだったのかな、なんて今は思っている。
たまに思い出す。悩みがあるとか落ち込んでいるとかそんな時でもなく、何かの時にふと思い出す。
下を向いてしまうのだってけして悪いことじゃない。私の価値観を変えた言葉のひとつだ。
