母の振袖、父の涙
去年の10月、結婚式を挙げた。
アンチ結婚だった彼を長年の教育の末、「結婚式やるかあ」と言ってくれる夫に育てあげ、ようやく辿り着いた舞台。
挙式をしない夫婦も増えているらしいが、私は絶対にやりたかった。
正確にいうと、成人式のときにやりたくなった。
成人式で着た母の着物を、どうしてももう一度着たかったのだ。
母の着物は、彼女が成人したときに祖母が拵えた。普通の振袖よりも格式高く、袖が長い「大振袖」。
私が思ったよりも良い着物だったらしい。成人式のとき、知らないおばあさんに「あなたいい着物着ているわね」と手を握られた。
成人式の日は女優気分で一日中、その振袖を着ていた。帯は苦しく下駄は痛くて、決して着心地の良いものではなかった。だが私は、この振袖が自分を特別にしてくれるのを感じていた。
日付が変わる頃になっても、私は鏡の前を陣取っていた。超カワイイ。超キレイ。脱いでしまうのがもったいない。これをまた、絶対絶対着たい!
なかなか脱ごうとしない私に、祖母や母が口々に言った。
「結婚式でまた着れば良いのよ」
なるほど。振袖は未婚女性の正装だから、結婚式が正真正銘最後のチャンスだ。また、写真で済ませてしまったらドレスや白無垢が優先されて、振袖は着られないかもしれない。
よし。結婚式を挙げよう。この日から、結婚式は『振袖をまた着られる日』になり、私はまだ相手もいないのに式を挙げることを誓った。
数年後、いざ結婚式を挙げるとなったとき、私にはもう一つ決めていることがあった。
『花嫁の手紙』は、絶対に読まない。
しんみりとした空気は苦手なのだ。涙腺が緩いので号泣間違いなし。人様の前で両親への想いを披露するなど恥ずかしい。
今生の別れでもあるまいし、晴れ姿を見せ、楽しんでくれたら、良い思い出にしてくれたらそれで良いと思った。プランナーさんには最後まで「読まないんですか?」と言われたけれど、意思を通した。
当日は穏やかな晴天だった。
花嫁姿でも見れば、父も母も感極まるのではないかと少し心配だったのだが、彼らはヘラヘラとして写真を撮りまくっていた。私だけが友人スピーチで大号泣するも、両親にも祖母にも涙の気配はない。参列者に配った家族のことを書いたエッセイ本でさえ、皆けろりとしていた。
「振袖が着たい」。
そこから始まった結婚式も、当日までの準備の中で友人のありがたさや思い出を噛み締めたり、集めた写真のあたたかさに泣いた。
式自体は涙涙の結婚式ではなかったけれど、帰り道は夫と「やってよかった」と言い合って肩を叩いた。
式から1ヶ月ほど経って、写真データが送られてきた。良い式だったと、またしみじみする。
大事に大事に、一枚一枚写真をスワイプしていくと、最後のエンドロールムービーの上映だろうか。暗闇の中で涙ぐむ父の写真が出てきて、手が止まった。
ぐっと歯を噛みしめ顔を歪めながらも、涙は落とさないように耐えている父。
ああ、と思った。私はやっぱり、父の子どもである。
私は人前で泣くことを嫌う。できれば凛としていたい。感動して泣きたくない。たとえ、それがどんなに心揺さぶられることであったとしても。
私はこんな顔になりたくなくて、『花嫁の手紙』を読むのをやめた。
彼らからもらったものは、振袖だけではないのだ。この涙脆さ、そのくせ何もなかったように振る舞おうとするところは、父譲りである。
もしかすると父は、『花嫁の手紙』が読まれなかったことを少し残念に思ったかもしれない。「泣かずに済んだけど…」と安堵と残念が混ざり合った気持ちに、私だったらなるだろうと思った。
——読んでおけばよかったかな。
写真の中の私は、母の振袖と父の強がりをまとい、幸せそうに笑っている。
