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友情は多分、余白でできているから

最近思い出す同期がいる。出会ってまだ1ヶ月程度、探り探りの距離感で話すわたしに彼女はいきなり言った。

「いずれ仲良くなれると思っていたから、最初から距離をつめなかったんだよね」

そのとき、私はうひゃあと喜んでしまった。ついニヤけてしまう顔を抑えられない私を他所目に、彼女は真剣に、淡々としている。

「いずれ仲良くなれる」。
とても特別な響きだ。出会いたての浮ついた心に任せなくても、なにか特別なきっかけがなくても、私たちは必ず仲良くなれる。根拠なんて何もないけれど、彼女はそう確信しているようだった。彼女の落ち着いた声色に、そんな直感だけでも運命と信じるには十分に思えた。

実際のところ、彼女とは不思議な縁があった。中高が一緒だったのだ。彼女の方が学年は一つ下だったから見覚えがあるといったことはなかったが、
「そういえばいた気がする」
と彼女が言うので、
「確かに、見かけた気がする」
と私も言った。
青春時代に同じ空気を吸っていたというのは、彼女が「いずれ仲良くなる」と言ったことにも通じている気もした。


彼女はわたしと同じ、考え過ぎてしまう人だった。似たもの同士だったからか、彼女が考え尽くしたことを聞くのが好きだった。

「友達ってさ、好きとか嫌いとかじゃなくて、自分にとってそれぞれ心地のいい距離感が決まっていると思うのよ」

たまに雑談する程度の関係がいい人も、感情を分かち合うことで自分らしくいられる人もいる。誰とでも仲良くなることが正解ではない、と独り言をいうみたいに彼女は言って、私の寂しさを吹き飛ばした。

学生時代、私はいつも寂しかった。誰かに、私をもっと好きになってもらわなければならないと思っていたし、そうできない自分には魅力がないのだと思っていた。けれども彼女は、それでいいのだと、その人とはそういう距離でなかっただけだと、運命論にも似た励ましをおくってくれた。

出会って3ヶ月ほど経った頃には会社で出会うとフリースペースでだべって、休みの日も一緒にいる友達になった。1ヶ月違いの誕生日にお互いの欲しいものを交換する友達は、「親友」でなければなんなのだろう。

するすると私の心の隙間に入ってきた彼女はきっと、私のソウルメイトなのだろうと思った。
人には話さない心の揺らぎや、ささやかな心境の変化も感じ取って共感し合える人。私はずっと、そんな友情を渇望していた。

「秘密」を共有するようになるまで、時間はかからなかった。

私は自分の創作のことを人に言えなかった。「書く」趣味というのは、人からどう映るのだろう。眉をひそめられるに決まっている。陰気な趣味であると思っていたし、それが大成しているわけでもあるまい。野望はあっても、コンスタントに書いていない。稼いでもいない。
書くこと自体もさることながら、書くのが好きなのにうだうだと考えて書くことをしない。そんなどっちつかずな自分はかっこ悪くて人には見せられなかった。
ぽつり、ぽつり、と秘密をこぼしたとき、彼女は私が話すのをやめないように「そうなんだ」「早く言ってよ」と笑いながら相槌を打って、ひとしきりの告白を聞いて言った。

「一緒にzineジン作ろう」

エッセイをまとめて売ろうというのだ。

エッセイを買って欲しい。これでお金を貰いたい。けれどもそれはできないことなのだと決めてしまっていた私は、彼女に引っ張りあげられた。


何本か書いたエッセイを渡すと、彼女はそれをすぐさま一冊の本にし、私の背中をズイズイと押して即売会の申し込みまでさせた。怖気付く暇もなく、彼女と作った一冊の本を売ることになった。

即売会当日、会場のブースを見渡すと、アマチュアが作ったとは思えないまさに「本」が並んでいた。完全に空気に飲まれ、私は最後まで自分の本の値段を決められなかった。わたしの文章に、本に、価値などないよと言われている気さえした。

わたしの代わりに彼女が他のブースを見て回って、「500円くらいで売れるよ」と言うので、言われるまま『500円』と書いた。立ち止まってくれた人に、彼女が声をかけて本を紹介してくれた。

まず一冊、もう一冊と売れていって、夕方には10冊近く売れた。わたしの本にお金を払ってくれる人がいるという衝撃と喜びは世界を変え、やっぱり彼女は私のソウルメイトだったのだと思った。帰り道では今日のハラハラと彼女の「いいね」、そして次のzineの構想をやりとりしながら帰った。
次は元彼との失恋の話を書きたいな、なんて笑いながら。


それっきりだった。彼女とはもう、zineを作ることはなかった。
後日電話で、もう一緒にやれないと連絡があったのだ。私のことは好きだけど、一緒にいるとたまにすり減るんだと彼女は言った。zineを一緒に作る中で、その違和感が大きくなってしまったらしい。

彼女の話の中には、率直に謝りたいことも、彼女の誤解もあって、直感的に「衝突せねばならない」と思った。
『ワンピース』だって、ルフィとウソップはメリー号をめぐって殴り合いの喧嘩をしていたし、この先にあるのはもっと深い友情であるはずなのだと、今思えば少し病的だったのかもしれない。

やりとりのすえ、『根本的に思っていることが違う』とピシャリと言われた。「あなたのことは好きだけど」と、まるで悪いのは状況だけと言うように静かに距離を置かれてしまった。

私は悶々とした。もちろん時間が解決してくれることはあるだろうが、もう半年ほどは時間が経っていた。このまま彼女に会わないままでいいのだろうか。仕事で顔も合わせる機会も減った今動かなければ、私は一生彼女に会わないのかもしれない。
そんな時に、社内の『退職予定広報』で彼女の名前を見つけた。同じ日に、彼女からも連絡があった。

久々のランチで、待ち合わせ場所で手を振ると彼女はいつも通りの真顔で手をあげた。彼女はとても「普通」だった。以前のように近況を聞いたり冗談を言い合って、彼女と会わなくなってから1人で作った『失恋zine』を渡した。
変わらなくてよかった。いつも通りでよかった。そう思いながら、私は彼女の言葉、行動一つ一つを飲み込むたびに、彼女が「すり減るんだ」と言ったことを思い出した。これが「普通」か。腫れ物を触るように言葉を選んでいると、彼女とはもう元には戻れないのだなとギュ、となった。

大人になってしまった。形ない友情の輪郭をするすると探り当てるように、彼女と私は手探りの付き合いしかできない。

〜〜

数年後、私も彼女と出会った会社を離れていた。彼女とはあのランチっきり。胸に渦巻いていた切なさも、結婚したり転職したりと私生活がバタバタとすると忘れてしまった。

新しい生活、人間関係にあたふたしながらも、気がつくと同僚というより友達と呼べる人が再びできた。

のり子さんとは、たまにランチやご飯にいく。歳は離れているけれども、本の貸し借りを通じて案外息が合うのだと気がついた。朝井リョウの『正欲』と姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』をお勧めし合ったことをきっかけに話すようになり、2人で映画を見に行ったりする。

友達というのは似たもの同士で、さまざまな感情や出来事を共有するものだと思っていた。だが、彼女とは生きてきた境遇も、性格も違う。ちょっと神経質なところが似ているくらい。

彼女には、事実婚状態のパートナーがおり、ご両親はすでに亡くなっているらしい。数度の転職、二度の住み替え、子どもを持たぬ選択。そんな私には想像できない人生経験を積んでいるせいか、おっとりとしている反面、決断力がある。
彼女の瞳を見ると、自分はそういう選択や、境遇を迫られたらどうしただろうと思う。彼女のようにさっぱりとはしていられない気もする。

会社で会って挨拶くらいしかしないこともあれば、突然話し込んでしまうこともある。彼女がもやもやしていることにわたしも引っかかって、私らしくもないマシンガントークが始まることもある。
彼女の快活な笑いがもやを晴らしてくれる。そんな瞬間は「まるで深い友情みたいだ」と思ってしまう。

ただ私は、のり子さんの「秘密」に触れる勇気がない。聞きたいことは色々あるけれど、そうしていいのかわからない。
私の秘密も、話して困らせてしまってはいけないと話さず終いだ。LINEは知っているが、連絡が来ると決まって『突然ごめんなさい』と気を遣ってくれるし、業務用のチャットでも雑談には『業務外の連絡です』と丁寧な枕詞が付いている。

お互いに間に線をひいて、深入りし過ぎないように気をつけているのは、きっと私も彼女もいい大人だから。

ある程度の距離をとって付かず離れずでいるのは、相手の心のうちをすみずみまで知ろう、分かりあおうとする私の「あるべき」友情とはまた違うからなのだろう。

それでも、不思議と彼女とはなんでも話せる気がする。私の両親のこと、夫のこと、将来の悩みもなんでもあけすけに話せると思う。彼女の正直な気持ちや愚痴を聞くと、するりと私の秘密にまで口が滑ってしまいそうになる。気を遣い合っているのに、なぜか息苦しくはない。

本の貸し借りをしたとき、彼女は私のzineも買ってくれた。あの日解き放たれた秘密に「共感した」と後日教えてくれたとき、私は昔言われたあの言葉を思い出した。

「友達ってさ、好きとか嫌いとかじゃなくて、自分にとってそれぞれに心地のいい距離感が決まっていると思うのよ」

秘密を共有して、私のことも相手のことも深く知る。そしてたとえば、拠り所がなくなったらすぐに駆けつけてくれるような人。私のおもう親しさとはそういうことだったけれど、のり子さんとのこの距離も、きっと数多ある友情の中で「ちょうどいい」ものなのではないか。

そして数年会っていない彼女との今の距離感も、あの言葉に照らすと正しいのかもしれない。彼女が解き放ってくれたわたしの「秘密」は、新たな友情を生んだ。その友情は、過去の人となった彼女が今でも友達だと教えてくれている。


近づいたり離れたりしながら、いつも一番いい距離で誰かと繋がっている。そう思うとこの余白さえ友の一部なのだと、沈黙の中にあなたを思い出す。

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