「月」の童謡~白秋と雨情~②野口雨情編 - 助詞で変わる解釈 -
このシリーズでは近代~昭和初期にかけて活動した文士の作品から、「詩のどこが良いのか」「どう書けば詩なのか」を探していく。
どの記事も一本で完結している。
前回に引き続き、月にまつわる童謡から言葉の使い方を学んでいく。
今回は野口雨情氏の「雨降りお月さん」を取り扱う。
雨降りお月さん
一
雨降りお月さん 雲の蔭
お嫁にゆくときゃ 誰とゆく
ひとりで傘 さしてゆく
傘ないときゃ 誰とゆく
シャラ シャラ シャンシャン 鈴つけた
お馬にゆられて濡れてゆく
ニ
いそがにゃお馬よ 夜が明ける
手綱の下から ちょいと見たりゃ
お袖でお顔を隠してる
お袖は濡れても 干しゃ乾く
雨降りお月さん 雲の蔭
お馬にゆられて ぬれてゆく
この詩は「雨に濡れながら二日も馬に揺られて来た、妻の輿入れを労ったもの」「乳幼児期で夭折した、娘の嫁入りを想像したもの」など様々な説が囁かれているが、ここではその考察は行わない。
あくまで文面から受け取ったことを記していく。
幻想的なシチュエーション
嫁入りの厳かな空気に包まれた、静かで淑やかな女性像は、月と表現するに相応しいと私も感じた。
馬に鈴をつけるのは、周りに存在を知らせ、旅の安全を願うため。
馬の鈴がどのような音か分からないが、この詩からは神楽鈴のような音色が聞こえてくる。
雨が降っているからだ。
結婚といえば神前式を想像する。
神社で雨が降るのは、清めや歓迎の意味があるとよくいわれる。
晴天の日のまさに「あっぱれ!」というめでたさよりも、雨の意味を考えると、縁の重さがより一層伝わってくる。
シチュエーションを選ぶことは、詩においてリズムや意味と同じくらい重要だと分かる。
シチュエーションといえば、この詩では嫁入りするというのに、荷物を持っている描写が無い。
そこがまた、「本当に月が嫁入りするのではないか」という幻想性に満ちている。
落ち着いて読むと、後から嫁入り道具が送られてくるとも考えられるが。
助詞ひとつで変わる解釈
「雨降りお月さん」「雲の蔭」というくらいなので、お月さんは泣いているのではないか……と考察できるが、私はそう感じなかった。
むしろ、顔を濡らさないようにしていたのではないだろうか。
嫁入りということは、白粉や眉墨などの化粧もしているということ。それが崩れないように、袖で守っていると読み取った。
お袖は干せば乾く。
しかし顔はそうもいかないので、守らなくてはいけない。
出立から嫁入りそのものに絶望していたら、化粧落ちは気にすることもできないはず。
きっと花嫁の覚悟と矜持を、野口氏は最低限の言葉で描いたのだ。
雲がありながらも空が白んでくる描写に、望みを滲ませて。
まとめ
詩のテーマを決めた時、そのテーマを濃くするシチュエーションを選ぶ必要がある。
そして、濃くなったシチュエーションを伝えきるために、助詞のひとつにも気を抜かない。
これは詩に限らず、物語も短歌も、手紙や仕事の文書にも通ずる。
これを難しいと感じる時が来たら、私たちの生活から文字の読み書きが消えかかり、ある種の「豊かさ」が危機を迎えているのだろう。
意識せずとも、目的や意思にあった言葉選びができるように、私も精進しようと思う。

《参考および引用》
前回の記事(北原白秋編)はこちら
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