京都学派的なるものの記録と記憶 木村敏と岩田慶治について
「木村敏記念臨床哲学文庫「あいだ」の図書室」という文庫が7月に名古屋市内の病院内にできたようだ。2021年に亡くなられた、木村敏先生の蔵書や原稿が一般公開されている。
「木村敏記念臨床哲学文庫「あいだ」の図書室」HP:https://yagotohp.jp/kimurabin/
HPには「木村敏のことば」として引用句が見られる仕様になっている。以下はそこに掲載されていたものだが、とてもよい抜粋である。
「自己が自己として自らを自覚しうるのは、自己が自己ならざるものに出会ったその時においてでなくてはならない。……自己と自己ならざるものとの両者は、いわば同時に成立する。西田幾多郎の有名な「世界が自覚する時、我々の自己が自覚する。我々の自己が自覚する時、世界が自覚する」は、この点を指している。……自己が自己ならざるものに出会った、まさにその時に、ぱっと火花が飛散るように、自己と自己ならざるものとがなにかから生じる。……個人とは、このなにかが、自己と自己ならざるものとの出会いを機縁にして分れて生じて来たものである。このなにかが個人以前にある。……私はさしあたってこのなにかを、「人と人との間」という言い方で言い表わしておこう」
『新編・人と人との間』ちくま学芸文庫、二〇二五年、二八―三〇頁
「自己が自己ならざるものに出会った、まさにその時に、ぱっと火花が飛散るように、自己と自己ならざるものとがなにかから生じる。……個人とは、このなにかが、自己と自己ならざるものとの出会いを機縁にして分れて生じて来たものである」・・・
これは、人類学者の岩田慶治さんとまったく同じ事を言っているなあと思う。
岩田さんは文化的体系に順化された「神」ではない、純朴な生命への気づきや底抜けのおどろきを「カミ体験」と呼ぶ。岩田さんのフィールドワークの地である、ボルネオの先住民プナンの人々は、そうしたカミを「ピー」と呼び、ピーとの遭遇を日常の至る所に見出した。鳥のピー、木々のピー、トカゲのピー、農具のピー、土器のピー、穀物のピー・・・などなど。具体的なあらわれは異なれど、いずれもみな同じピーである。トカゲはトカゲのまま、カラスはカラスのままで同じカミなのである。こうした存在が息づいていることに気づく。ハッとすることによって、「私」の所在も確かめられる。それを「地に足がついたような安心感」と岩田さんはいうのだ。
文庫のHPを見ていると、2024年のシンポジウムを基にした書籍も創元社から出るようだ。今年は安永浩先生の名著『精神の幾何学』が今になってなぜかちくま学芸文庫から新装版が出たりしているので、人文系から精神医学がふたたび注目される予感。
ちなみに、私は木村敏シンポジウムに現地で参加していたのであった。長距離バスで京都まで行ったのである。
登壇者として檜垣先生が講演されていたが、その際、フェストゥム論の話題に関して「京都学派は現在が溢れまくっている」といったことを仰られていた。同時に荒れ狂うような筆致のドストエフスキーの草稿にも言及していておられ、「時空間を悠々超えてしまう脳内スパーク体質が可能にする思想的伝統」というのに非常に納得した(南方熊楠のいうところの「脳力」である)。先述した岩田慶治さんは直接的に京都学派を名乗っているわけではないが、私の中では完全にその筋ど真ん中の人である。京大を出られていて西田幾多郎にもちらほら言及されているし、そもそも根底に道元があるので、その系譜であることは間違いない。もっとも、京都学派は特定の学問的立場というよりも、人為的にどうこうできない遺伝子やウイルスのようなものなのではないだろうか。
岩田さんは、「正法眼蔵は読まなくていい」とまで仰られている。というのも、彼は、初めからなんの衒いも驕りもなくカジュアルに悟っていて、息を吸って吐いて日々の雑事をこなすことと、自己を透脱せしめ万法を証することが等しく実現されている。そのため、ただただぼ〜っとそこにいて、一日中庭木を眺めたりお茶を飲んだり、猫を撫でたりしているだけで正法眼蔵を読んでも読まなくても同じことなのである。もちろん、文献学的な厳密さをもってテクストに向き合うことは学問には必要であるが、岩田さんのように自分の生活リズムに合わせて文献を時折参照しつつ、道元や西田を自分ごとに落とし込み浸透させてゆく方が私は好きだ。歴史的人物としての西田ではなく、自分の中に自分だけの西田性(姿形はなんでもよい)をいつでも呼び出せるように持っておくといい感じである。
生活において、京都学派のエッセンスをハンディに参照してゆく、という読み方は木村敏先生も同様である。
外来での臨床が素地になっているため,字句を引用して、解釈を後付けするのではなく、自分の体験を説明するための言葉を外に探している感じがある。そのためか、理解に無理がある感じが全然しない。西田が喋っているのか、木村敏が喋っているのか曖昧な部分も多い。上に引用した文章もそうである。
これは、「西田幾多郎の文章」を引用したいわけではなく、「私に内在化された西田性がこう言っている」あるいは「私が思うことをたまたま西田も言っている(そのことを再発見する)」という感覚に近いのではないか。それに対し、「どの文献のどの頁に書いてあるのか」といった批判は非常に無粋というか、ナンセンスの様に思う。しかし得てしてそういう場合が多いので、木村先生のように「専門外」という立場をうまく使って堂々と好きなことを言える方が哲学をやる上では自由なのだろう(岩田さんも同様である・・・)。
岩田さんは、木の葉がカサっと音を立てることや、トカゲの目がキラッとすることにハッとし、木村先生は、ぱっと火花が飛散るように、自己と自己ならざるものとがなにかから生じることにハッとした。どちらも事事無碍法界の手触りを日常のごく些細なところに見出したわけである。それをどういっても良いし、何をもってきっかけとしてもよいのだが、彼らがハッとした同じなにかに対して、わたしも確かにハッとする。時間と空間に限定された「事」を通じて、等しい「理」に達するわけである。華厳の本を読んでいても正式にそのような表現は聞かないが、「ぱっと火花が飛散るように、自己と自己ならざるものとがなにかから生じる」というのは、事々無碍であり「事理無碍」のような、そういったニュアンスかもしれない。どちらでもよいのだが・・・。
「自己が自己自身の底に自己の根底として絶対の他を見るということによって自己が他の内に没し去る, 即ち私が他において私自身を失う, これとともに汝もまたこの他において汝自身を失わなければならない。私はこの他において汝の呼声を, 汝はこの他において私の呼声を聞くということができるのである (『西田幾多郎哲学論集1 私と汝』上田閑照編 , p. 325)」
「個人以前にあるなにか」から分かれ生じて来ることを、このように表してもよい。「私と汝」を読むたびに、これは公にされた宇宙の真理であるとともに、誰も知らない秘密のピロートークなのではないかとも、思ったりしているのである。如実に自心を知ることが、仏の心を知ることであり衆生の心を知ることでもあると空海は言っているが、宇宙の僻地でささやくやさしい睦言がそのまま、三心平等として、大日のことばであると思えたら。
また、自然と直に感応する、交感するというのも、同じことである。木や石や水や鳥や、有情非情あらゆるものの存在と、さながら親密な睦言を交わすように無碍に関わるのである。たぶん、岩田さんや道元はそのようにして世界と交わっていたはずである。そうでないと、あんな自在な言葉は書けない。
「六大無碍にして常に瑜伽なり」とは、そういったスケールの官能をたたえていると思うのである。そこでは、もっとも個人的で私秘的なことが、もっとも普遍的で開放的なことになる。
著作集のどれであったか、ポラロイドカメラを覗きながら片目でこちらをじっと見つめる岩田さんの写真が載っていた。その目が、内側から閃く様にキラッとしていたのである。これほど鋭く、聡明な目を持つ岩田さんは、カメラなんて必要ないんじゃないか、と思ったが、ともあれいい写真だった。
大学の地下書庫に揃っている岩田慶治著作集は、おそらく私しか読んでいる人がいない。先日久しぶりに手に取ると、黄色いイチョウの葉っぱが乾いた状態で挟まっていた。2022年に借りた時に入ったものと思われ、その頃に使っていた手帳にも同じ時、同じ場所で拾ったイチョウの葉が挟まっている。
無くしたパズルのピースが嵌ったような、タイムカプセルのようだった。
岩田さんは晩年、哲学の道の疎水沿いを散歩することを「一日一微小発見」とよんで日課とされていた。当時の私は、岩田さんの『<わたし>とは何だろう 絵で描く自分発見』に示されている手描きのイラストと文章に従って、実際に哲学の道を歩いたりもしたのである。
大豊神社のあたりに大きなムクノキがあるという記録を頼りに、どれがそれかを探したが、結局よくわからなかった。岩田さんが「いつか絵に描きたい」と思っていた画角を求めて、それらしき木を眺めてみたりした。
「散歩はわが家を出て疏水沿いの道をーー「哲学の道」と呼ばれているーー南禅寺の方向に南下し、ちょうどその中間にある大豊神社のところで折れ曲がって帰ってくる。この神社の鳥居のところに立派なムクノキがある。私はその木の下に立ち、木のまわりを周り、木の幹に触れて帰ってくる。」(『<わたし>とは何だろう 絵で描く自分発見』, p.29)

背景にあるのは、西田幾多郎の歌碑である。「人は人我は我也とにかくに我行く道を我は行く也」・・・


「多分これが岩田さんのいうムクノキであろう」と自分の中で納得した大豊神社の樹木の写真をいくつか撮っている。幹の曲がり方が本の描写と一致するような感じがした。
しかし、この木が果たして本当に件のムクノキかどうかは、重要なようでさほど重要ではないのである。岩田さんと同じように、木の下に立ち、木のまわりを周り、木の幹に触れただけで満足であった。
考えてみると、あまり出かけない私が直近で京都に行ったのは上述の2回であり、いずれも結局のところ同じ理由で同じことをしているのである。
