悪質業者から24時間 貴女(あなた)を守ります
あらすじ
SNSを用いてひとり暮らしの女性に悪質勧誘を繰り返す訪問販売員、闇金融の取立て等から、被害者を24時間守る小さな警備会社。
社長の旭川菜月(31)を中心に、ここの「レディガードチーム」は、警護担当、情報分析、法務担当等に分れ、取立てに怯える女性を、1時間1000円で守る。
そんな頃、正体不明の詐欺被害者が、悪質業者を次々と殺していくという事件が発生! 闇金業者らを逆に騙し、追い詰め、恐怖に陥れる。
菜月は、何者かの陰謀でそれらの殺人犯として疑われる!真犯人は?
菜月には、闇金の為に夫が失踪したという過去がある。幼い娘もいる。
今でも夫を愛する気持ちが、迷宮入りしたこの連続殺人事件を解決する。
登場人物
◎旭川 菜月(31)
闇金融取り立て・悪質業者・ストーカー対策専門の女性の為の警備会社
『アサヒカワ警備』の社長兼、相談員。
◎信濃 (25) 『アサヒカワ警備』私服ガードマン 菜月の助手
◎山田さくら(28)『アサヒカワ警備』女性事務員 情報分析担当
◎駿河 (30) 『アサヒカワ警備』私服ガードマン 警護担当
◎藤波 (40) 『アサヒカワ警備』ガードマン 法務担当 副社長格
◎美菜(6) 菜月の一人娘
◎茂子(75) 菜月の母親
◎鏡野寛介 警部 (50) 神奈川県警 捜査一課(殺人担当)警部
◎水谷 房美(24)
美容器具の悪質勧誘(電話勧誘)の被害者 保険事務所職員
◎田中 まつ(80) 羽毛布団の催眠商法の被害者
◎武子(55) まつの娘
◎ 久保田 (30) 悪質な電話勧誘による 美容器具販売業者
◎ 坂下 (40) 催眠商法による 布団販売業者
◎ 柳沢 (50) 高金利で悪質な取立ての闇金融業者
◎ 丸山洋子 婦警 (32)・・・横浜桜木警察署 生活安全課 婦人警官
『 闇金融、悪質商法などから、24時間、貴女(あなた)を守ります。
“レディガード”
警察では対処してくれない、しつこい勧誘、借金の取立て・・・など
お気軽にご相談ください
1時間 1000円
アサヒカワ警備 』
①振り込め詐欺 かけ子の肩を後ろから叩くのは誰?
ビジネスホテルの一室・・・。
ある若い男が、大げさに泣いたふりをしながら、スマートフォンでどこかに電話している。
目の前の窓際のテーブルの上には電話帳が開いてある。
「交通事故を起こしてしまって、相手の車がどうもヤクザのようなんだよ」
スマートフォンからは、心配そうな女性の声(実は菜月の声)が聞こえてくる。
「わかった。それだけのお金を、今すぐ銀行に振り込めばいいんだね。お前は、怪我はしてないのかい?」
「うん、大丈夫だよ」
「ところで、お前、・・・今、どこから電話かけてきてるんだい?」
「外の公衆電話だよ」
「嘘を言うんじゃないよ、お前がどこから電話してるか、判らないと思っているでしょ」
横浜市内の『アサヒカワ警備』事務所・・・。
パソコン画面に、横浜市内の地図が表示されており、スマホ電話を逆探知した位置が点滅し、次々と詳細地図に変わり、あっという間に市内の某ビジネスホテルの位置が表示される。
ビジネスホテルの一室・・・。
「何を変な事、言ってるんだよ。・・・振込み、早く頼むよ」
部屋のドアがすーっと開く。ドアに背を向け電話している男は、それに気づかない。
男の背後に、いつの間にか、何者かが忍び寄り、ポンポンと肩をたたく。
びっくりして、男は振り返った・・・。
横浜市内のある民家(振り込め詐欺の被害者宅)。
わざと年配の女性風な話し方で、男の電話に答えていた女性・旭川 菜月(31)。
菜月は、『アサヒカワ警備』という立派なワッペンをつけた制服を着ている。
電話に繋がれた小型の逆探知機を操作している屈強そうな男・“レディガードチーム”藤波(40 法務担当)。やはり『アサヒカワ警備』のワッペンをつけた制服を着ている。
その横で、年配の老夫婦が、電話の成り行きを不安そうに見守っている。
菜月は、老夫婦に手でOKサインを出した。
ビジネスホテル表・・・。
先ほどのスマートフォンの男が、手錠をかけられ、警官たちにパトカーに押し込められる。
その様子を満足そうに見ている『アサヒカワ警備』のワッペンをつけた“レディガードチーム”警護担当の駿河(30)と菜月の助手・信濃(25)。
駿河、無線で連絡する。
「ただ今、警察が逮捕、連行していきました」
民家で・・・。
「ご苦労様・・・」と無線に答える菜月。
老夫婦も安堵した顔である。
横浜市内、『アサヒカワ警備』の事務所で・・・。
パソコン画面の地図の前で、駿河からの無線を受ける事務員( レディガードチーム 情報分析担当)の山田さくら(28)。
「お疲れ様でした・・・」
民家の玄関で・・・。
既に、夜である。
「これからも、何か心配なことがあれば、些細なことでもご連絡ください」と、老夫婦に挨拶する菜月と藤波(レディガードチーム 法務担当)。
「悪質業者から24時間、貴女(あなた)をお守りします」
翌朝・・・。
菜月の住むマンションの一室。
玄関で,慌しく娘の美菜(6)の保育園の準備をする菜月。眠そうである。
その時、キッチンで電話が鳴る。
美菜のお弁当箱におかずを詰めていた菜月の母親・茂子(75)が、電話に出た。
「もしもし、・・・え? 痩せる美容器具? お宅は、どちらさんですか?」
菜月は、かばんに弁当箱を入れながら、暫く、茂子の電話のやりとりを聞いていたが、不審に思い、母親から受話器を奪い取った。
「美容器具なんて、要りません。セールスはお断りします!」
と、言うや否や、電話をがちゃんと切ってしまった。
「相手を怒らせるといけないよ・・・、夏雄さん(菜月の夫)の時みたいなトラブルにでもなったら、どうするんだい」
「あの人は、意志が弱かっただけよ」
同じ頃・・・。
横浜市の社会保険事務所。
所員の水谷房美(24)は、年金に関する様々な電話の問い合わせに、てんてこ舞いしていた。
コロナ禍以降、自宅での業務を推奨され、業務用スマホでも年金の相談を受け付けることが増えた。
相手先が不明の電話番号でも、業務時間中は、業務用スマホにかかってきた電話には出るようにと、上司からは言われていた。
電話に出ないと、後から苦情が来る。
房美を地獄におとしめた一本の電話は、年金事務所での忙しい最中に、房美の業務用スマートフォンにかかってきた。
番号をよく確かめないで、房美は電話に出た。
「水谷房美さんですね・・・三日間ですぐ痩せる美容器具を、ただ今、無料でお試しいただくキャンペーンを行っております。実は、水谷さんは特別に選ばれまして・・・」
それは、痩せるための美容器具の悪質な勧誘であった。
勧誘の男は、丁寧な言葉ながらも電話でしつこく食い下がってきた。
房美は、勧誘の電話を無理やり切った。
しかし・・・、電話を切られたことに腹を立てた勧誘の男は、すぐに、房美に電話してきた。
「勝手に電話を切らないでよ。カタログだけでも受け取ってくれてもいいでしょ!」
相手の男は、今度はすごんだ。房美は怖くなった。
房美は、早く電話を切りたくて、思わず、自宅の住所の郵便番号を電話の相手にしゃべってしまった・・・。
その日の午後、横浜、みなとみらい『アサヒカワ警備』事務所で。
でっぷりと太った年配の婦人が、美容器具の電話勧誘被害の相談に来ている。泣きそうな婦人の相談に、優しく対応している社長で相談員の菜月。
「今週に入って、同じご相談が三件もありました。恐らく、同じ業者だと思われます。『購入の意志が無い』と言う旨の書面を添付された上で、料金着払いで、業者に早急に送り返してください。
業者から再び電話がかかってきた時は、簡単な電話の操作で、すぐに弊社の専用電話に転送できます。
我々“レディガード”は、悪質業者から24時間、貴女(あなた)をお守りします」
『消費税込みで50万円・・・』と、請求書、振込用紙の付いた『必ず痩せる美容器具』が、(社会保険事務所職員の)水谷房美の住むマンションに送りつけられてきたのは、次の日の朝だった。
中身は、そんなに大きくない電動ベルト式の商品だった。
「カタログだけのはずなのに・・・」
房美は、途方にくれた。
その日、美容器具の会社に電話したが、担当者不在と言われ電話をたらい回しにされただけだった。
その日以降も、房美は気になっていたものの、多忙を極めた為、送りつけられた『必ず痩せる美容器具』をマンションの玄関脇に置いたまま、何日も過ぎてしまった。
二週間経ったころ、房美の職場に、美容器具会社から封書が来た。
内容証明付きだった。
美容器具の請求書に、以下の手紙が添えられていた。
「今後も、支払われない場合は、地方裁判所に訴えます・・・・」
と書かれていた。
その次の日曜日、美容器具会社の社員を名乗る男が、不意に、房美のマンションの部屋まで、代金を取り立てに来た!
ドア越しに、払う払わないで、押し問答が続いた。
ドア越しに久保田と名乗ったその男(30)は、最初、房美の職場に電話してきた男と同じ声だった・・・。
房美は、恐怖のあまりパニック状態になった。
そして、男にドア越しに応対するのをやめ、とうとう110番した。
数時間後、警官が、房美の部屋にやってくる少し前まで、久保田は房美の部屋の表に居座っていた・・・!
次の日の朝、恐る恐る自宅を出た房美は、久保田がいつ自分の後をつけてくるかわからない・・・と、怯えながら、警察に向かった。
横浜の“みなとみらい”に近い『横浜桜木警察署』で、房美は、美容器具の悪質販売者・久保田の取立てや脅しから、何とか自分を守ってほしいと訴えた。
生活安全課『悪質商法被害者相談窓口』相談員の丸山婦人警官(32)は、親身になって房美の訴えを聞いたが、
「現段階では、その美容器具業者の脅しなどを証明できるものがないと、彼を逮捕することはできません」
と、言った。
丸山婦人警官は、再度、久保田が脅しなどの行為に出た際には、久保田を拘束、逮捕することは可能だが、警察は、24時間、ボディーガードのように房美を警護することはできない、とも言った。
送られてきた美容器具については、房美が購入を承諾していない事を裁判で証明するしか方法はない、とも言った。
これについても現段階で警察が介入する事はできない、と丸山婦警は答えた。
警察に行けばなんとかしてくれると思っていた房美は、目の前が真っ暗になった。
絶望した気持ちで警察署を後にした房美、帰りの駅ホームで、ある張り紙が目に付いた。
『 闇金融、悪質商法などから、24時間、貴女(あなた)を守ります。
“レディガード” 』
食い入るように、房美は張り紙を見、連絡先をスマホのカメラで撮った・・・。
『警察で対処してくれない、犯罪まがいのしつこい勧誘、取立てへの対応。
気軽にご相談ください。
1時間 1000円
“レディガード” アサヒカワ警備 』
房美はその足で、横浜“みなとみらい”の高層ビルにある『アサヒカワ警備』を訪れた。
社長であり相談員の旭川菜月は、ストーカーまがいの押売り被害の相談に来た房美に対し、温かく丁寧に応じた・・・。
「ご安心ください。今日から三日間、あなたの出勤途中に、男性の私服ガードマンをひとりつけます。
そして菜月は悪質勧誘者撃退のシステム、料金などを説明した・・・。
「お客様のお仕事中、ご自宅滞在中は、そのガードマンが近くの路上の車の中で待機しています。
ガードマンのスマートフォンにご連絡いただければ、すぐに駆けつけるシステムになっています。
もし、あなたの携帯電話や職場に電話がかかってきた場合は、こちらの携帯電話番号にかけ直すよう、相手におっしゃって下さい。
この番号に一旦かけさせさえすれば、たとえ、発信番号が非表示でも、わが社独自の逆探知システムで、即座に、相手がどこから電話をかけたかが、判るようになっています・・・」
そして、相談員の菜月は、法律的にどう対処すれば良いかや、司法書士、弁護士などを紹介することなど、具体的な今後の解決方法を、房美にわかりやすく説明してくれた。
菜月の話を聞くうちに、房美は、急に気が楽になった。
「なぜ、ここまでしていただけるのに、こんなにお安い料金システムなんですか?」
菜月は、笑顔で答えた。
「わが『アサヒカワ警備』は、昨年、発足したばかりです。
皆様に信用していただくため、わが社の実績と信頼を得るため、しばらくは、この料金システムで、精一杯、しかも誠実に、やらせていただきます。私の家族も、実は、かつて悪質な勧誘にひっかかり、悪質商法の被害者になった苦しい経験があります。
怖いときに、具体的に常に自分を守ってくれる公の機関は、まだ日本にはありません。
こういったことに、警察は、物理的に対処しきれないのです。
だから私は『アサヒカワ警備』 “レディガードチーム”を立ち上げたのです。
警察や裁判所とわが社との大きな違いは、あなた自身が被害者になる前に、あなたを悪質業者からお守りすることです」
窓から海が見渡せる清潔で広い事務所の中では、事務員らしい若い女性と、頼りがいのある屈強な4~5人の男たちが、やさしい笑顔を房美に投げかけていた。
次の日。
美容器具の悪質勧誘者・久保田から、房美の業務用のスマホではなく、職場(社会保険事務所)の固定電話に電話がかかってきた・・・。
房美は、菜月から渡された電話番号のメモを見つけ出して、「自分のプライベート用の携帯電話番号だから、この番号にかけ直してほしい」と、いぶかる久保田になんとか伝えた。
そしてスマートフォンで、職場の前の路上の車中で待機している私服ガードマン・駿河(レディガード 警護担当)に久保田からの電話のことを伝えた。
約五分後、『アサヒカワ警備』の事務所の特別電話に久保田から電話があった。
事務員であり情報分析担当の山田さくら(28)が電話に出る。
同時に録音機のスイッチを押す。
「もしもし・・・」
さくらは、電話に出ながら、菜月に目で合図する。
電話の逆探知装置がたちまち作動し、パソコン画面の地図の一部が点滅を始める。
菜月は地図を凝視する。
さくらは、房美に似た声色、しゃべり方、たどたどしさで、特別電話で久保田に答える。
電話してきた久保田はまんまと騙され、“美容器具の代金の支払い遅れで利息分が幾らつくだの、今週中に代金の支払いがなされない場合には、実家の両親や親類さらに職場宛に、地方裁判所からの支払い督促状のコピーを送りつけるだの・・・”と、脅しを始めた。
さくらの手元のパソコンで久保田の話の内容のキーワードが表示され、
『悪質業者リスト 脅し電話マニュアル』のキーワード一覧に照らしあわされる。
久保田の話し方、イントネーション、声紋等もたちまち分析され、パソコンの『悪質業者リスト』から、久保田の所属する通信販売会社の名前、住所、販売員などが検索される。
そして販売員リストから久保田の本名や年齢なども検索がなされた。
パソコンの地図には久保田の電話が逆探知され、横浜・伊勢崎町のカラオケ店からスマートフォンが発信されていることが表示される。
顔写真入りの『悪質勧誘犯罪者リスト』めくっていた菜月は、さくらがパソコンで割り出した久保田の顔写真を、自分のタブレット端末に表示させながら、ビルの地下駐車場で待機中の、助手で見習いの私服ガードマン・信濃(25)に電話した。
「伊勢崎町のカラオケ店に、これから直行します。車を用意して頂戴」
電話録音機と直結したパソコンの画面には、久保田の電話内容が分析され、
“特定商取引法第6条違反”という文字が赤く点滅していた・・・。
「カラオケ店内で電話中の久保田が確認できても、すぐに拘束したりしないようにね。
所轄の警察にすぐ電話し、警察に久保田の犯行現場を押さえさせるのよ。
久保田の電話での威嚇は、もう十分に犯罪になっているわ」
菜月は、助手で見習いガードマンの信濃の運転する車で、横浜中華街を抜けながら、カラオケ店へと向かった。
伊勢崎町のカラオケ店では、美容器具の悪質勧誘者・久保田が個室でスマートフォンで会話を続けていた。
相手が『アサヒカワ警備』の事務員・さくらとは知らず、かなり興奮し、威嚇的な言葉を続けていた。
手元には『マッチングアプリ登録者名簿・女性』と電話番号がずらりと掲載されたリストが散乱していた。
そしてそれぞれの名前にアポイント可、不可などというチェックが記入されていた。
「お前の親の住所も電話番号もわかっているって、言ってるだろう!」
その時、何者かが、そっと個室の入り口を開け、背後に侵入してきたことに、美容器具の悪質勧誘者・久保田は気づかなかった・・・。
黒いスニーカーを履いたその足元がゆっくり近づく。
そして、茶色い皮手袋をはめたその何者かの手が、久保田の肩を後ろからポンポンと叩いた。
ぎょっとして久保田は振り返った。
たちまち、久保田の顔が驚愕の表情に変わった!!
約十分後・・・、菜月の車がカラオケ店の前に到着した。
菜月は、助手の信濃を車に残して、カラオケ店に入った・・・。
「待ち合わせで・・・」と、うまく店内に入った菜月は、そして、歌う人影が見えない部屋に行き当たった。
ドア越しにさりげなく耳を当てた。すりガラス越しに中を覗いて見た。
とたんに菜月の顔色が変わった。菜月はドアを開け部屋の中に入った!
部屋の中には、顔面を血だらけにした美容器具の悪質勧誘者・久保田が、スマートフォンを握り締めたまま、床に突っ伏し死んでいた・・・!!
②振り込め詐欺師が殺された 犯人は菜月の夫?
ちょうどそこに、若い女性店員が通りかかった。店員は、部屋の中を見て叫び声をあげ、更に菜月を見て、大声をあげて逃げていった・・・。
鈍器で頭部を殴られて死んだらしい美容器具の悪質勧誘者・久保田の遺体の傍らには、顔写真入りの『悪質業者リスト』がわざとらしく置いてあった。それは『アサヒカワ警備』で菜月達が見ていたのと同じ物だった。
ずらりと並んだ顔写真の中の、久保田の顔写真に×点がつけられていた。
間もなく神奈川県警・捜査一課(殺人担当)が到着、カラオケ店は立ち入り禁止になり、鏡野警部(50)の指揮のもと、実況見分が行われた。
久保田殺害時の直接の目撃者もおらず、受付の店員も、菜月の他には怪しい人物に気がつかなかったと答えた。
菜月と助手の信濃(25)は、久保田の殺人事件の重要参考人として、横浜桜木署に連行された。
殺人現場の遺留品として、遺体の傍に置かれていた顔写真入りの『悪質業者リスト』が押収された。
殺された久保田の顔写真に大きく×印が付いていたが、別の男の顔写真は大きな丸で囲まれていた。
催眠商法による悪質な羽毛布団販売業者・坂下(40)である。
そのころ・・・、その坂下は、川崎市郊外に新規開店した大型スーパーの傍で、チラシを配っていた。
“先着50名様、簡易モップを、無料で差し上げます 場所:○○公民館”
数時間後、その小さな公民館に続々と近所の老人たちが集った。
皆、入り口で、若い男に簡易モップをもらっていた。
そして、公民館の奥では、坂下が、老人たちを前に声を張り上げ“よく眠れる枕”の安売り?をしていた。
老人たちはわれ先にと、手を上げて枕に群がっていた。坂下は、次に大きな羽毛布団を取り出してきた。
「皆さん、体に良くない布団で毎日寝ていて、重い病気になって入院したら、結局、何百万円もかかるんです。月々1万円で健康になれたら、結局、どちらが安いですか?」
聞いている老人たちの目は、何かにとりつかれたようになっている。
窓のカーテンは全て閉められ、会場には音楽まで流れている。
部屋の入り口のドアを塞ぐように、坂下の部下の男が立っていた・・・。
一方・・・、
美容器具販売業者・久保田殺人事件の重要参考人として、横浜桜木署に連行された菜月と助手の信濃は、鏡野警部(50)から執拗な取調べを受けていた。
「なぜ、殺人の直後に、あなたは殺人現場に立っていたんですか?」
菜月は、自身の職業の説明を含め、必要最小限度の話をした。
事務所に戻る車の中で,運転している助手の信濃(25)が、不安そうに菜月に言った。
「遺体の傍に落ちていた『悪質業者リスト』、あれはうちの事務所が作ったものですよね。うちの事務所の人しか持っていない筈なのに・・・まさか、うちの事務所の誰かが(殺人犯)?」
「実は、あのリストは、五年前に失踪した私の夫が作ったものなの。
夫は『悪質業者被害者の会』というのを主催していたんだけど」
「まさか・・・菜月さんのご主人が、久保田を?」
「そんな事は、考えたくないけど」
「ご主人は、なぜ、行方不明に・・・?」
菜月の脳裏に、五年前の思い出がフラッシュのように蘇った・・・。
菜月の自宅(当時は一戸建て)。玄関の外で、ドアを叩きながら大声で怒鳴る金融業者の男(柳沢)。手には借用証が握り締められている。ドア越しに咳き込みながら苦しそうに応対する菜月の夫・旭川夏雄(当時35)。
奥の部屋で、泣き叫ぶ赤ん坊の美菜(娘)をあやしながら、うろたえている菜月。玄関表から立ち去る金融業者の男。あたりには、夏雄を中傷するビラがばら撒かれていた。
・・・そんな五年前のことを思い返した菜月は、思わず、こぶしを握り締めていた。
菜月は,夜遅く、横浜市郊外の住宅地の保育園に、一人娘の美菜(6)を迎えに行った。既に美菜は眠っていた。
車でマンションの自宅に戻った菜月。自宅では、菜月の母・茂子(75)が、心配そうに娘と孫を出迎えた。
美菜を布団に寝かせた菜月は、クローゼットの奥から、一枚の写真を取り出し、じっと見詰めた。
五年前に撮った家族三人の写真。
夫の夏雄の笑顔が写っている。
・・・部屋に茂子が入ってきた。
「菜月、この間、うちに電話してきたあの変な美容器具の勧誘業者、殺されたんだって?」
菜月は、写真を見ながら言った。
「母さん、あの人(夫の夏雄)見つかるかもしれない・・・」
③催眠商法 高額羽毛布団を購入させられたのは詐欺師の妻?
その次の日、古ぼけた小さな平屋の建物の玄関で・・・。
玄関には、包装されたままの50万円の羽毛布団が積んである。
すっかり怯え切った老婆・田中まつ(80)に、羽毛布団販売業者・坂下(40)は怒鳴っていた。
「一度、契約書にサインしたものは、今更解約できないよ!」
まつの横にいた娘・武子(55)が、坂下を睨みつけた。
「こんな年寄りをうまく騙して・・・。八日以内なら、解約できるんでしょ!」
「でも・・・、解約金がかかってしまいますよ。・・・半額の25万円。」
恐怖の為、いてもたってもいられなくなった武子は、最寄りの横浜桜木警察署に相談に行った。
相談員の婦人警官・丸山婦警の対応は、相変わらず、頼りにならないものだった。
そして、途方にくれて警察署を出た後、駅ホームの『アサヒカワ警備』の広告を見つけた。
「解約金など、一切、支払う必要はありません」
『アサヒカワ警備』の事務所で、武子の相談を受けた菜月は、きっぱりと答えた。
「明日の午後に、お宅にもう一度やってくると言ったのですね。
ご安心ください。
その時間までに、我々がお宅に控えさせていただき、彼らが来たら、我々が対処させていただきます・・・で、その業者の名前は?」
「ええっと、確か・・・“坂下”と言っていました」
菜月は手元の『悪質業者リスト』をめくった・・・。
そして、悪質な羽毛布団販売業者・坂下の写真を見つけて、はっとした!
“この写真、確か、この間、美容器具の悪質勧誘者・久保田の遺体の横に置いてあったリストに丸印がつけてあった。
ということは、殺人犯は、次は羽毛布団販売業者・坂下”を殺そうとしているのか?
菜月は、部下の警備員・駿河に、坂下の所在を調べて行動をマークするように指示した。
横浜の桜木町にある小さな雑居ビルの一室。
羽毛布団や、簡易モップが積み上げられた小さな雑然とした事務所。
坂下の部下の若い男が、契約書の整理をしている。
そこへ、ドアを開けて坂下が帰ってきた。
「お帰りなさい、社長。・・・お留守中に、速達で、羽毛布団購入の契約書が届きましたよ。昨日の公民館の会場で、サインをしなかったからって。社長のしゃべりが余程効いたのか、50万円の布団を5セットも欲しいって、書いてありますよ」
坂下は、速達で届いたというその契約書を、興味深そうに見た。・・・が、そのとたん、顔色が変わった。
「これを送ってきたのは、昨日のあの公民館に来てたやつか?」
「ええ。その女から、たった今、電話があって、とりあえず、今月分を現金で渡したいからって。伊勢崎町の×××という喫茶店で待ってますって」
坂下は、突然、その契約書を床に叩き付け、立ち上がった。
「この契約者の名前は、俺の死んだ女房の名前だ・・・。俺と同じ名前の印鑑が押してある。住所は、俺の自宅の住所だ。電話番号も、俺の自宅の番号だ。代金引き落としの銀行口座番号も俺のだ・・・。
そいつは、今、その喫茶店にいるって言ったんだな!」
「はい・・・」
怒りに身を振るわせた坂下は、自動車のキーを握り締め、出て行った。
雑居ビルの小さな地下駐車場。
エレベーターで降りてきた坂下が、車に乗り込み、無人の駐車場地下出口から出ようとすると、一台のワゴン車が出口に停まっていた。
ワゴン車が邪魔で車を出せない。
ジャンパーを着た運転手が乗っているのが後ろから見える(顔は見えない)が、いっこうに動こうとしない。
たまりかねた坂下は、車から降り、ワゴン車の運転席に近づいた・・・。
ワゴン車のバックミラーには、近づく坂下の姿が写っている。
運転席の人物の足元(黒いスニーカー)が微かに動き、茶色い手袋の手元が、ギアをニュートラルからパーキングに動かした。
「おい、早く、この車どかせろ!」
車の外から窓越しに、坂下が運転者に怒鳴った。
やや間があってから、運転席のウインドウがゆっくりと開いた・・・。
それから約一時間後・・・。
菜月は、田中まつ(80)の自宅で、坂下の脅しの来襲に備え、部下の信濃とともに電話の逆探知機を取り付けたり、玄関の天井の隅に 超小型カメラを取り付けていた。
そのとき菜月のスマートフォンへ事務所のさくらから電話が入った。
「坂下が、地下駐車場で撲殺されていた!?」
④冷蔵室に閉じ込められたのは 闇金業者?
菜月の脳裏に、『悪質業者リスト』の、丸で囲まれた羽毛布団販売業者・坂下の写真が浮かんだ・・・。
菜月が現場に到着したときは、その雑居ビルの周りを数台のパトカーが取り囲み、神奈川県警の鑑識課員たちが、殺人事件の実況見分を行っていた。
地下駐車場の出口で、顔中血だらけで倒れている、羽毛布団販売業者・坂下の死体が発見されたのである・・・!
羽毛布団販売業者・坂下の死体の第一発見者は、菜月の部下で『アサヒカワ警備』のガードマン・駿河だった。
坂下の動きを見張ろうとして発見した。
坂下の遺体のそばには、やはり、わざとらしく写真入りの『悪質業者リスト』と題された紙が置いてあった。
リストの坂下の顔写真に大きく×印がつけられていた。
そして・・・、次の標的なのであろうか?
闇金融業者・柳沢(50)の顔写真は、大きく丸で囲まれていた・・・。
神奈川県警・捜査一課の鏡野警部は、部下の捜査員から、実況見分の報告を受けた。
「前回と同じ『悪質業者リスト』が転がってました。殺され方も同じです。鈍器で頭部を殴られたようです。凶器はまだ見つかっていません・・・美容器具販売業者・久保田殺しと、同一人物の犯行かと思われます」
報告を聞きながら、鏡野警部は、過去の『訪問販売および電話勧誘販売等における刑事事件簿』という、5年前の分厚い文書の、あるページに見入っていた。
それは「横浜市○○区 高利金融(闇金融)被害事件」と題され、被害者の欄には、“ 旭川夏雄 35歳 ”と 記されていた。
また、鏡野のデスクの上には、“旭川菜月”の経歴が記された、捜査用の人物照会の書類も置かれていた。菜月の顔写真が大きく貼られ、そして、その経歴欄の中には、
“ 神奈川県警 電話連絡部 緊急電話課 巡査・・・
○○年 3月 辞職 ”
と、記された部分があった。
菜月は、坂下が殺された地下駐車場から『アサヒカワ警備』の事務所に車で向かう途中、娘の美菜を、一旦、保育園に迎えに行った。
今日は土曜日だった。
美菜は「今日はお遊戯会だったのに、なぜ参観に来てくれなかったの」と泣いて訴えた。あっ、そうだった。菜月は、坂下の殺人事件などで頭が一杯で、すっかり忘れていた。
「今日は、お父さんが参観に来ている子もいっぱいいた。今度の運動会には、私もお父さんに来て欲しい。私にも、お父さんいるんだよね?」
方、新聞、ニュースなどの報道機関は、悪質な美容器具販売業者・久保田と羽毛布団販売業者・坂下の連続殺人事件を大きく取り上げていた。
翌日、神奈川県警・捜査一課の鏡野警部が、捜査員を伴って『アサヒカワ警備』の事務所にやってきた。
鏡野は、任意で取調べをしたいと、菜月に申し出た。
「二つの殺人事件の、第一発見者が、いずれもこちらの事務所の方です。
そして、凶器こそ発見されていないものの、殺人現場に共通する物証があります。
某メーカーの女性用らしきスニーカーの足跡、そして、殺人現場に落ちていた『悪質業者リスト』です。
このリストは、こちらの事務所で業務用に極秘に作成されたらしいですね。
旭川(菜月)さん、失礼ですが、まず、あなたの靴のサイズを測らせていただきます・・・」
結局、二つの殺人現場に残されたスニーカーの足跡は、『アサヒカワ警備』の誰の足のサイズとも一致しなかった・・・。
鏡野警部は、更に、菜月に詰め寄った。
「二つの殺人現場に、残されていた『悪質業者リスト』・・・そのリストの柳沢という闇金融業の男の写真に○印がついています。前の殺人事件のときもそうだったが、次はこいつを殺してやるぞ・・・という我々警察への警告なんでしょうか?
旭川さん、あなたのご主人は、今から五年前にかなり大きな闇金融の被害に遭われていますね。
あなた自身は、この柳沢という男はご存知ですか?」
菜月の脳裏に、柳沢の思い出がフラッシュのように蘇った・・・。
五年前、菜月の自宅。玄関の外でドアを叩きながら大声で怒鳴る柳沢。手には借用証が握り締められている。ドア越しに苦しそうに応対する菜月の夫・旭川夏雄(当時35)。
テーブルの上の『破産認定』の紙・・・一戸建ての家の中、家具の差し押さえがなされるのを、呆然と眺める菜月。
・・・そんな五年前のことを思い返していた菜月に、私服ガードマン・藤波(40法務担当)が声をかけた。
「あなたのご主人は、人に復讐するような人じゃなかった」
ちょうどその頃・・・。
道路わきに停車した高級外国車の中で、スマートフォンでしゃべり続けるサングラスの男・闇金融業者の柳沢(50)である。
「あなたのマイナンバー個人カードか運転免許のコピーをいただくだけで、その場で、現金をお貸しします。・・・ええ、他のサラ金などの借金を、いったん、うちが全部まとめて、あなたの代わりに返済しますよ」
語り口はやさしいが、サングラスの奥に輝く目つきは鋭い。
どこかの公衆電話ボックス・・・。
柳沢と電話している人物の、黒いスニーカーの足元が見える。
茶色の皮手袋の手には、小さなチラシが握られている。
“ 電話一本、即キャッシングOK! 無審査。担保、保証人 一切不要! と、大きく書いてあった。
事務所に押しかける報道陣たちを、うまくあしらい追い返した事務員のさくら(28)が、菜月に言った。
「実は、事務所の地下駐車場入り口で殺された美容器具業者・久保田からの被害相談に来た、水谷房美さん(24)に、その後、連絡が取れないんです」
その時、事務所の電話が鳴った。菜月あての電話だった。
「もしもし、・・・房美さん! 今、どこにいるの?」
それは、久保田が殺害されて以来、消息を絶っていた水谷房美からの電話だった・・・。
横浜の元町の喫茶店で、闇金融業者の柳沢(50)は、OL水谷房美と対面していた。
柳沢は、ふたつの殺人現場に、残されていた『悪質業者リスト』の写真に、○印がついていた男である。連続殺人犯の次の標的かもしれない・・・・!
柳沢は、OLの房美から手渡された現金封筒の中身を確認して、静かに言った。
「これだと、利息分が足りないね」
そのとき、柳沢のスマートフォンが鳴った。別の債務者かららしかった。
柳沢は、周りもはばからずいきなり怒鳴りだした。
「職場に電話するな、だと?・・・金を借りといて、なんだその言い草は!今度、金を返さなかったら、家に火をつけるぞ!田舎の親たちにもそう言っておけ!」
店内の客たちは、驚いて柳沢を見た。
房美との話を終え喫茶店から出た柳沢が、コインパーキングを目指し、舗道を歩いてると、ガラスが割れる大きな音がした。
パーキングに停車中の柳沢の高級外車のフロントガラスが粉々に割れている。
鉄アレーが運転席に転がっており、更に写真入りの紙が落ちている。それは例の『悪質業者リスト』であった。
ずらりと並んだ顔写真の中の柳沢の写真が、大きな丸印で囲まれマジックで“ オマエヲ コロス ”と書かれていた。
怒りに燃えた柳沢は、ちらほらと駐車場に集ってきた通行人に怒鳴った。「誰だ? こんなことをしたのは!」
ふと、車の上を見上げると、駐車場に隣接したスーパーマーケットのビルの窓が開いて、小型のビデオカメラの先がこちらの方に向いていた!
柳沢は、野次馬をかきわけビルの中に駆けていった。
「おい!さっきここのトイレから出てきたやつは、どいつだ?」柳沢に怒鳴られても、近くの売り場にいた女性店員たちは、皆、ポカンとしていた。
そして、柳沢の後ろを通りかかった老婆が、柳沢の肩をポンポンと叩いた。「あんた、背中に何か付いてるよ・・・」
柳沢の背中には、“オマエヲ コロス”と大きく書かれた紙がいつの間にか貼られていた!
激昂する柳沢の姿を、遠くから、何者がじっと見つめ、ビデオカメラで撮影していた。
その足元は黒いスニーカーで、手には茶皮の手袋がはめられていた。
菜月は、助手の『アサヒカワ警備』私服ガードマン・信濃(25)を伴い、車で、横浜の歓楽街の喫茶店に向かっていた。道路は大渋滞だった。
「警察が房美さんを取り調べたりする前に、私は、房美さんに直接、話を聞きたい。とにかく房美さんに早く会って、その金融業者から守ってあげないと・・・」
バックミラーを見ると、警察車両と思しき車が後を付けてくるのが見えた。
冷静さを取り戻し、スーパーマーケットのビルから出てきた柳沢。
不意にスマートフォンのメール音が鳴った。
携帯の画面に“さっきのコインパーキング裏の、自動販売機の前に来てね”という文が表示されていた・・・発信元は『恋人紹介○○○』となっていた。
やってきた闇金融業者の柳沢は、用心し、遠くからパーキング裏の自動販売機を見た。
誰もいない。隣は廃業した牛乳販売店の古びた建物がある。
すると一瞬、販売店の奥でキラリと光るものがあった。
よく見ると、倉庫のドアの隙間から、ビデオカメラの先がこちらを向いていた。
走ってきた柳沢が、巨大なドアを開けると、中は真っ暗で人影は見えなかった。
が、広い倉庫の中央に、家庭用ビデオカメラが置かれ勝手に再生されていた。
柳沢は、中へ入り、ビデオカメラを手に取った。
さっき喫茶店を出てからコインパーキングに行くまでの、柳沢の映像などが映っていた・・・。
その時、黒いスニーカーの足が、冷蔵倉庫のドアに近づき、茶色の皮手袋が、外からバタンと冷蔵倉庫のドアを閉め、鍵をかけた。
柳沢は何者かに、倉庫に閉じ込められた・・・!
⑤闇金業者を殺そうとしたのは、訪問販売の被害女性?
菜月の部下で『アサヒカワ警備』“レディガード”の警護担当・駿河(30)が、バイクで喫茶店に到着したときは、既に水谷房美の姿は無かった。
警察の尾行をかわした菜月たちは、近くのコインパーキングで人だかりがしているのを発見した。
鉄アレーを落とされた柳沢の高級車を警官が調べていた。
房美の姿が見えない、と部下の駿河から連絡を受けた菜月。
しかし、その直後に、パーキング裏にある、廃業した牛乳販売店の前を、房美らしき女性が通り過ぎるのが見えた。
菜月と信濃(25)は、牛乳販売店の前に駆けつけたが、房美の姿を見失った。
その時、店の巨大な冷蔵倉庫の中から錆びたドアを必死で叩く音が聞こえた。
冷蔵倉庫はいつの間にか電源が入り、ドアの隙間からは冷気が漏れ、扉の表の冷蔵庫内温度計は-20℃を指していた!
菜月と信濃は扉を開けようとしたが、だめだった。
菜月はすぐ110番したが、その間に、信濃がなんとか鍵を壊しドアを開けた。
そして、中から、半狂乱になった柳沢が出てきた!
「柳沢・・・」
柳沢の顔を見た菜月は、絶句した・・・。
そして、部下の駿河に電話し、付近にいると思われる水谷房美を大至急探すように指示した。
「大丈夫ですか?・・・いったい、なんでこんなところに閉じ込められたんですか?」
信濃の問いかけに答える余裕も無く、呼吸困難になった柳沢は、体を震わせながらその場に倒れ気を失った。
間もなく救急車が到着、いつの間にか周りに人だかりが出来ていた。
「やはり、闇金融の柳沢が狙われましたね。水谷房美と今まで喫茶店で接触していたはずでは?」
菜月は、担架に乗せられた柳沢を睨み付け、じっと見ていた。
そして、ふと、何かに気がついたかのように、この廃業した牛乳販売店を見回した。何かの“匂い”を感じたようだった。
そして、間もなく、鏡野警部はじめ、県警の捜査陣が到着した。
「第一発見者は、やはり旭川菜月さん、あなたですか?」
鏡野警部は、菜月の顔を見るなり言った。鏡野警部は、殺人未遂事件として捜査員に現場の実況見分を指示した。
月と信濃は、またもや警察署に連行され事情聴取された。
「あなたが依頼を受けた仕事の加害者側が、これで連続して三人も狙われました。殺人犯は、あなた方と関係が無いはずがない」
「私たちは、犯人に協力などしていません・・・、ただ、犯人は私をよく知っているようです」
「犯人は、あなたへ警備を依頼したうちの誰かなんじゃないですか?
美容器具販売業者の久保田と、布団販売業者の坂下、彼らが殺される数時間前の、それぞれのスマートフォンの交信記録に共通の番号があった。
それは、OLの水谷房美の番号であることがわかりました。
水谷房美は、柳沢が冷蔵倉庫に閉じ込められる直前まで、喫茶店で彼と会っていた。
彼女が今どこにいるのか、あなたは知っているんでしょ?」
「わかりません。私たちも必死に探しているんです・・・」
長時間、事情聴取され、菜月と助手の信濃(25)は、車で『アサヒカワ警備』の事務所に向った。
水谷房美の行方は、結局わからないままだった。
菜月は、何事かを考え込んでいた。運転する助手の信濃がポツリと言った。
「菜月さんが、この仕事を始めたのは、やはり失踪したご主人の事が原因なんですか?」
菜月はそれには答えなかった。
「私の夫はね、失踪した後も、毎年、私の誕生日になると、どこかからプレゼントを送ってきてくれるの。皮の手袋だったり、スニーカーだったり。香水だったり。
差し出し人の住所はいつも出鱈目で、手紙も何もついてないんだけど、とにかくあの人は、どこかで元気でやってるんだなって、プレゼントを開けるたびにほっとするの・・・。もうすぐ、私の誕生日なのよ」
「じゃあ、今年も、誕生日には、ご主人から何か届くんですね」
菜月は、急に何かを思い出した。
「ねえ、布団販売業者の坂下が殺された現場には、警察犬は来たのかしら?」
「警察犬? さあ?」
『アサヒカワ警備』の事務所に戻った菜月と信濃。
「警察犬なんか、現場にいませんでしたよ・・・」
と、“レディガードチーム”警護担当の駿河(30)は答えた。
坂下がビルの地下駐車場で撲殺死体で発見されたとき、“レディガードチーム”警護担当の駿河は、その現場に駆けつけていたのだ。
「カラオケ店の美容器具会社の久保田が殺された部屋も、さっき闇金融の柳沢が襲われた冷蔵倉庫の前も、同じ“匂い”がしたのよ・・・気のせいかもしれないけど」
救急車で病院に運ばれた闇金融業者柳沢は、軽い凍傷にかかっていたものの、命に別状はなかった。
その病室の様子を窓外からじっと見詰める何者かの姿があった。
手には茶色の皮手袋、足には黒いスニーカーを履いていた!
その夜も、菜月は深夜に帰宅した。娘の美菜の寝顔を見ながら、菜月はクローゼットの奥から、例の写真を取り出した。それは、五年前に撮った家族三人の写真だった。しばらく、夫の顔をじっと見詰めていた。菜月は写真をしまい、引き出しから小さな香水の小瓶を取り出した。そして、手に数滴たらし、何かをじっと思い出すように、その香りを嗅いだ・・・
。
⑥襲われた悪質業者たち 事件現場のそばに なぜいつも菜月が?
次の日の早朝、
菜月は、横浜桜木警察署の生活安全課(悪質商法被害者相談窓口)に出向き、担当の丸山婦警に訴えた。
「殺された美容器具販売業者の久保田、布団販売業者の坂下、そして倉庫に閉じ込められた柳沢の三人とも、うちの事務所に被害対策の依頼がありました。ただ、管轄の警察署はここです。
執拗にこちらに被害の相談に来ている人物が、既に何人かピックアップされているはずです。それらの人物を教えてくれとは言いません。ただ、ご担当のあなたなら、犯人らしき人物に心当たりがあるはずです。
殺人犯は、闇金融業者の柳沢をも、今にも殺そうと狙っているんです。
犯人探しは警察の仕事ですが、今はそんなこと言っている余裕は無いんです。何としても次の殺人を阻止したい。犯人らしき人物の居所が分かるなら、早く手を打たないと・・・・」
しかし、相変わらずどこか頼りなさそうに、丸山婦警は答えた。
「心当たり・・・と言われても、こちらに相談に見える方は、皆さんごくごく普通の方々です。先の連続殺人は、素人の仕業とは思えません。
お気持ちは分かりますが、先の殺人事件の件は、やはり県警の担当課にお願いします」
一方、柳沢の入院した病院で・・・。
看護師が、闇金融業・柳沢の病室に伝えに来た。
「柳沢さん、お電話ですよ。事務所の上司の方とおっしゃる方から。ナースセンターの前の電話へどうぞ」
何者かに怯えるようにベッドに横たわっていた柳沢は、吾に返ったように起き上がった。
電話に出た柳沢・・・、突然、耳が割れるほど大きな声が電話から鳴り響いた。
「今度、金を返さなかったら、家に火をつけるぞ! 田舎の親たちにもそう言っておけ!」
それは、紛れもなく柳沢自身の声だった。
「もしもし、誰だ!」
柳沢は驚いて受話器に話しかけたが、テープに録音されたらしき自分(柳沢)の声が、一方的に流れ続けただけだった。
「おい、誰だ!」
いったい、何者の仕業なのか? 次第に柳沢の受話器を持つ手が震えだし、柳沢は怯えて電話を切った。
何者かから逃げるように、病室に戻った柳沢。ベッドのふとんをめくり、寝転がろうとしたとたん、目に入ったものに、更に驚いた!ふとんをめくると、小さなチラシが置かれていたのだ。
“ 電話一本、即キャッシングOK! 無審査。担保、保証人 一切不要!・・・
それは、闇金融業者の柳沢が、ふだん、駅のトイレや電話ボックスなどに、ばら撒いている闇金融の宣伝チラシだった。
そして、チラシの真ん中に、『オマエヲ コロス』と、大きくマジックで書かれていた。
それを見た柳沢は、唇をがたがたと震わせ、包帯を腕に巻いた入院着のまま、病室から駆け出していった・・・!
⑦何者かに脅されて助けを求める 闇金業者
通行人が振り返る中、柳沢は近所の交番に駆け込んだ。
「た、助けてくれ! 殺される」
「まあ、落ち着いて。あんたの名前は? 住所は? 電話番号は? 勤め先は?」
警官の質問に対する柳沢の答えは不明瞭だった。
柳沢は、興奮したまま外へ飛び出した。
入院着を着たまま道路をさまよい、赤信号の前で停まった柳沢。
その前に、すーっと一台のワゴン車が停まり、ドアが開いた。
その姿は見えなかったが、車の中の人物が柳沢に何か言った。
柳沢は、誰かに助けられた思いで、吸い込まれるように、そのワゴン車に乗った・・・。
ちょうど、病院近辺で、柳沢の動きを見張っていた菜月の部下の駿河(『アサヒカワ警備』警護担当)が、その様子を偶然見ていた。
ワゴン車と対向車線を走っていた車の中から、無線で菜月に連絡した。
「病院から行方不明になっていた柳沢が、今、見つかりました。後を追います」
連絡を受けた菜月は、とりあえず、ワゴン車が柳沢をピックアップしたあたり(横浜の本牧方向)に向かった。
ワゴン車の運転席は、外からはよく見えなかった。
運転席の女性は帽子を深くかぶっていた。
後部座席の柳沢はやっと落ち着いて、運転席の女性に話しかけた。
「うちの社長が俺のことを呼んでいるって、いったい何の用なんだ?・・・大体お前はいったい誰なんだ?」
運転席の女は、無言のままだった。
横浜市内の高速道路を経て、ワゴン車は横浜の埠頭に着いた。柳沢は不安そうに、窓の外を見回した。
「おい、うちの社長はどこにいるんだ?」
運転席の女性はその質問に答えず、ゆっくりと帽子を脱いだ。
その女性は(行方不明中のOL)水谷房美だった・・・!
ワゴン車を追っていた菜月の部下・駿河が無線で菜月に連絡した。
「ワゴン車は、今、横浜の子安埠頭に入っていきました」
「わかった。すぐ行きます。異変があったらすぐ連絡して」
菜月は自分で車を運転していた。
帽子を脱いだ(行方不明中のOL)房美は、後部座席の柳沢をしっかりと見据えた。
「お、お前は・・・」
柳沢は、房美のことを思い出したかのように、驚いた。
「あなたの(闇金融の)事務所の社長さんていう方から、私に何度も電話があって、今日中に14万円をあなたに返さないと、田舎の実家に火をつけるって言うんです」
房美は、急にぶるぶると震えだし、助手席においてあった金属バットに目をやった。
「でも、今日中というのは、どうしても無理です・・・」
と、その時、突然、運転席のドアが外から開き、鏡野警部が現れた。
「おい、ここで何をしている?」
いつの間にか、数台のパトカーがワゴン車を取り囲むように停まっていた。パトカーから警官たちが降りてきた。
「水谷房美だね・・・ずっと行方不明だったね。ずいぶん探したよ」
鏡野警部は、後部座席の包帯を巻いた入院着の柳沢と、助手席の金属バットをちらりと見て、運転席の房美に言った。
「略取誘拐と殺人未遂の現行犯だな。・・・病院からこの柳沢がいなくなったと、さっき通報があったんだ。先に殺された美容器具販売業者の久保田と布団販売業者の坂下、二人の殺害の容疑も含めて話を聞きたい・・・署まで来てもらおう」
「待ってください!」
ちょうど現場に到着した菜月が、そこへ現れた。
⑧真犯人が現れ、またもや闇金業者が襲われる!
ちょうど現場に到着した菜月が、そこへ現れた。
「彼女は、現段階では逮捕されるような事は何もしていません。ここに証拠があります」
菜月は、ワゴン車が埠頭に到着してから、(アサヒカワ警備の)駿河が遠くから撮影し続けた、デジタルビデオカメラを、鏡野警部に示した。
「房美さん、あなたは連続殺人事件の犯人じゃない。この闇金業者・柳沢に対しても、恨みは持っているけど、殺人事件の報道を真似て、今回初めて、仕返ししようとしただけでしょ。
だいたい、あなたに殺人なんてできる訳がない!」
房美はうつむいたまま涙を流していた。菜月は鏡野警部に言った。
「警部さん。柳沢のような悪質業者を野放しにしておいて、本来の被害者であるこの女性を逮捕するというのは、そもそもおかしなことです。
この柳沢こそ逮捕されるべきです。
逮捕されるべき彼の言動は、全てうちの事務所が証拠を握っています。
警部さん、柳沢を野放しにするより、逮捕して留置場に入れたほうが、彼は安全ですよ」
菜月は続いて(闇金融業者の)柳沢に言った。
「柳沢さん、私は殺人犯の気持ちがわかります。犯人は、あなたへの復讐というより、あなたを殺しでもしないと、いつまでもあなたから脅し続けられるという恐怖を取り除く為に、どうしようもなくてあなたを狙っているんです・・・あなたは、誰に狙われているのか心当たりはないのですか?」
柳沢は、菜月の問いに答えることも出来ないほど、既に精神的に衰弱していた。
結局、水谷房美は逮捕されたものの、証拠不十分で不起訴になり、後日、釈放された。
柳沢は、一連の闇金融に関する法外な利息と、悪質な取立て行為に関しての罪で逮捕された。
そして神奈川県警の留置所に収監された。
連続殺人の犯人も、柳沢を冷蔵倉庫に閉じ込めた犯人も、わからないままだった。
マスコミに取り上げられた為か、『アサヒカワ警備』は、悪質業者に対する対策への依頼が殺到。
菜月はこれまで以上に忙しくなった。
柳沢の逮捕のせいもあり、菜月は連続殺人事件の件からは、しばらく離れた。
しかし、鏡野警部は、連続殺人事件の重要参考人として再び菜月をマークし始めていた。
菜月が久しぶりに休日を取った日のことだった・・・。
娘の美菜を保育園に連れて行く前、菜月は慌しく娘の髪を留めてやっていた。
「ママ、今日、ママのお誕生日だね。おめでとう。
今日、保育園から帰ってきたら、プレゼントあげるから、楽しみにしていてね」
「ありがとう・・・」
美菜がぼそっと菜月に言った。
「ねえ、ママ、来週の運動会・・・パパ、見に来てくれるかなあ? パパは、いつになったら帰ってきてくれるの?私のパパはどんなパパなの?」
菜月は、美菜の子供にしては少し地味な“髪留め”をじっと見ながらやさしく答えた。
「さあ、いつかな・・・でも、今度の運動会は無理だろうね」
そして、その日の昼過ぎ、今年も、菜月宛に小さな郵便物が届いた。差出人は不明だった。
菜月はその包みを物思いにふけって眺めた後、ゆっくりと開けた。
ところが、中から出てきたのは、失踪した夫のスケジュール手帳だった。
昨年のものだった。
中には、夫と菜月と生まれたばかりの美菜の三人の写真が入っていた。
そして、更に封筒の中には一枚の便箋が折りたたんであった。
菜月は、便箋を開いて愕然とした。便箋を持つ手が震えた。
中には、印刷文字でこう書かれていた。
“あなたのご主人は、一年前に、病気でお亡くなりになりました・・・”
その日、ちょうど、逮捕された闇金融業者・柳沢の裁判が、横浜の某地方裁判所で開かれていた。
超高金利による貸付と脅迫まがいの取り立てが罪に問われたが、柳沢は、30万円の罰金刑を言い渡されただけだった。
別居中だという柳沢の妻が、その罰金を裁判所に支払いに来た。
50歳になる柳沢にしては幼い息子を連れていた。身なりの質素な親子は、納入を終えるとすぐ帰って行った。
罰金が支払われた柳沢は、即日釈放になり、留置所を出ることになった。
出迎える者など誰もおらず、とぼとぼと一人で当てもなく歩いて帰った。
約一時間後、一台の車が、留置所の前に停まった。
ドアが開き降りてきた人物は、黒いスニーカーを履き、茶色の皮手袋をしていた。
サングラスをかけたその女性は、留置所の守衛に、「釈放された柳沢はどこへ帰って行ったのか?」と聞いた。
守衛は「そんなことには答えられないし、自分にはわからない」と答えた。女性は再び車に乗り込み、サングラスをはずし、発車させた。
その女性は、なんと菜月だった!
そして、いつの間にか、菜月の運転する車の後を、鏡野警部が運転する覆面パトカーが尾行していた。
横浜の繁華街をとぼとぼと歩いていた柳沢。
タクシーを拾おうとして、財布の中を見てあきらめた。
タバコを買える程度の金しか持ち合わせていない。
その時、柳沢のスマートフォンが鳴った。非通知発信だった。
柳沢は恐る恐る電話に出た。
「あの・・・、お金を返したいんですけど、・・・ただし、今日は、利息分だけで勘弁してください」女性の声だった。
柳沢は、一瞬、何事か考えた上で「わかった・・・」と答えた。
既に陽は暮れていた。
夜・・・。
山下公園の端のベンチで、ほとんど現金を持っていない柳沢は、行く当てもなく、電話の女性をずっと待っていた。
車道に近いその辺りは、カップルが時折通り過ぎるだけだった。
公園脇の車道に、菜月の車が停まった。
車の中から、遠くに柳沢の姿が見える。
カップルが通り過ぎるのを見計らって、黒いスニーカーで茶色い皮手袋をした女が、車から降りた。・・・その女は菜月だった!
⑨菜月の夫
そして、菜月がそうっと柳沢に近づきかけたとき、後ろから、鏡野警部が菜月の前に立ちはだかった。
「旭川菜月さん、何をしようとしていますか!」
数名の警官が、鏡野の後に続いてきた。
「警部さん、失踪した私の夫は死んでいたことが判りました。
夫は、あの柳沢に、随分悪質な借金をさせられたんです。残された私と娘は、その後も随分苦しめられました」
闇金融業の柳沢は、まだ遠くの菜月や警官たちに気づいていなかった。
「私の夫には、失踪した後、愛人が出来たようです・・・。
夫は朴訥とした人でね。女性にもてないタイプで、もし私以外の女の人にプレゼントを贈ったとしたら、恐らく、私に贈ってくれたものと同じ物なのよ。だって、あの人は、どんな店で女の人へのプレゼントを買ったらいいのか、何を贈ったらいいのか、わからない人なんだもの。
その女性が、私に、夫の死を知らせてくれました。
私宛にわざわざ夫の遺品を郵送してくれたんです・・・。
その女性は、夫が以前、私にくれたのと、やっぱり同じ香水をつけ、同じスニーカーを履き、同じ皮手袋をしているようでした。
その女性が誰かわからなかったんですけど、これまでの殺人現場には、実は、それらの形跡がありました・・・」
菜月の脳裏に、これまでの殺人現場のことが蘇った・・・。
美容器具販売業者の久保田が殺されたカラオケ店で、香水の匂いに気づく菜月。
柳沢が閉じ込められた、牛乳販売店の冷蔵倉庫の前で、香水の匂いに気づく菜月。
布団販売業者の坂下が殺された地下駐車場に残された、スニーカーの足跡。
そして、カラオケ店、冷蔵倉庫前に残された同じ足跡などの殺人犯の物証が、菜月の脳裏にフラッシュのように蘇った。
「殺人犯は、それらの物証をあえて残すことで、私にメッセージを送り続けてきたのかもしれません。
私は、久保田、坂下を殺し、柳沢を殺そうとしている人物が誰なのかわかりました」
ベンチに座る柳沢の背後から、別の何者かがそっと近づいていた!
足には菜月と同じ黒いスニーカーを履き、菜月と同じ茶色の皮の手袋をはめ、その手には金づちが握り締められていた!
菜月は、遠くのベンチの柳沢を見て、とっさに携帯無線で仲間に連絡した。「藤波さん、駿河さん、信濃君、柳沢から目を離さないで・・・」
金づちを握り締め、覆面をかぶったその人物が、背後から柳沢を襲おうとした時、物陰に潜んでいた菜月の部下・駿河(30)が、その人物をタックルした!
異変に気づいた菜月と、鏡野たちが、ベンチに向かった!
驚いた柳沢は、ベンチから走って逃げようとしたが、タックルされた覆面の人物は、拳銃を取り出し柳沢に向けた。
「撃たないで!」
やってきた菜月が覆面の人物に叫んだ。
菜月は、覆面の人物に言った。
「夫の遺品を送ってくれたのはあなたですね・・・。
あなたが誰なのか、わかっています。なぜなら、あなたは娘と同じ“髪留め”をしていたからです。娘の“髪留め”は、かつて、夫が私に贈ってくれたものです・・・。
夫は、何から何まで、私にくれたのと同じ物しか、あなたにプレゼントできなかったのね」
拳銃を柳沢に向けたまま、その人物は、ゆっくりと覆面を脱いだ。
「丸山巡査!」
鏡野警部たちは驚いた。柳沢を撃ち殺そうとした覆面の人物は、何と、横浜桜木署の『悪質商法被害者相談窓口』担当の、あの丸山婦人警官だったのである!
菜月の脳裏に、横浜桜木署に菜月が出向き、丸山婦警にいろんなことを訴えたときの、丸山婦警の髪についていた“髪留め”のことが思い返された。
「五年前に失踪した夫が、まさか、あなたと一緒に暮らしていたとは知りませんでした。
それぞれの殺人現場に残されていた『悪質業者リスト』・・・あれは、私が昨年、事務所を立ち上げたときに、既に失踪していた夫が、どこかからか送ってくれたものだったんです。
住所も書いてなかったし、どうやって手に入れたのか知りませんでしたが、どこかで無事に生きているんだろうと思っていました。
あのリストを参考にしているうちに、信憑性の高いものであることが分かりました。
もしあのリストを作成した人物が殺人犯だとしたら・・・。
ひょっとしたら夫が一連の殺人事件の犯人では?という思いが、何度か私の脳裏をかすめました。
でも、あのリストを作成したのは、丸山さん、あなただったのですね」
丸山婦警は、拳銃を柳沢に向けたまま静かに菜月に話した。
「あなた(菜月)のご主人は、五年前に、私のところに闇金融の被害の件で相談に来られました。
正直でとてもやさしい方で、この闇金業者・柳沢に騙されて、法外な利息の借金をさせられたまま、苦しみぬいた挙句、去年、脳梗塞で亡くなったんです。
最後は、本当に哀れでした・・・。
執拗な借金の取立ては、彼の死後は、私に向けられました。
どこまでも私を追い詰めてくるので、私は、毎日、気が狂いそうなくらい怖いんです。
警官の私ですらこうなんです。
私には、警察も法律も限界があることがわかるんです。
この恐怖から開放されるためには、もう、この柳沢を殺すしかありません。私は、警察官として、これまで様々な悪質商法や闇金融の被害の相談を受けながら、何も出来ないできたことが、本当に情けなく悔しくてなりませんでした。
このような男たちは、捕まえても、結局、軽い処罰で済まされて、すぐ野放しにされ、そしてまた同じような事をして、多くの正直な気の弱い人たちを苦しめていくんです・・・」
丸山婦警は、柳沢に向けた拳銃をぐっと握り締めた。今度は、菜月が丸山婦警に言った。
「丸山巡査、この柳沢のお陰で、私たち家族も、地獄の苦しみを味わわされ、引き裂かれました。
私だって、この人は憎いです。怖いです・・・。
でも、この柳沢にも家族がいるんです。
人を騙してお金を儲けていたのも、その家族のためだったのかもしれません。
柳沢があなたに今ここで、銃で撃たれて死ねば、彼の幼い息子さんは、お父さんがいないまま、ずっと生きていく事になるのです・・・。
私は、柳沢の息子さんを、私の娘と同じ目にあわせたくありません。
丸山さん、銃を降ろしてください 」
丸山婦警は、暫く柳沢を睨みつけていたが、涙を流しながら静かに拳銃を下ろした。
そして、大人しく、鏡野警部に逮捕された・・・。
丸山婦警は、美容器具販売業者の久保田殺し、羽毛布団販売業者の坂下殺し、及び、闇金融業者の柳沢への殺人未遂・・・の罪を認めた。
一連の柳沢への脅迫まがいの行為も、全て自分のしたことだと告白した。
一連の犯行には、OLの水谷房美を含む複数の協力者の関与が噂され、警察も事情聴取を行ったが、結局、証拠不十分で逮捕には至らなかった・・・。
『アサヒカワ警備』 レディガードチームは、その実績が益々評判になり、盛況になった。
ただし、菜月は、丸山婦警の逮捕後、ひと月ほど休暇を取った。
休暇中のある日曜日・・・、
菜月の一人娘・美菜の保育園の運動会が開かれた。
美菜は、なぜか父親のことは口にしなくなっていた。
その日は『アサヒカワ警備』の全従業員が、仕事を休んで美菜の応援に来た。
大勢の大人たちの声援を受け、美菜はとてもはしゃいでいた・・・。
そして、父親参加の親子二人三脚競争になった時、観客席にいた菜月の部下の信濃(25)を引っ張ってきて、無理やり自分と二人三脚に参加させ、何と優勝してしまった・・・。
そんな娘の楽しそうな姿を、菜月は笑いながら見ていた・・・。
(おわり)
